第38話 心の刃
「リッスの戦士たちは強大な魔物を倒すために身体を晒し、巨大な剣の一撃に全てを、命と魂をかけるのですじゃ。
一太刀が通れば勝ち。通らねば死。次に待つ戦士がその魂を引き継ぎ一撃を加える。そういう戦い方をするのじゃ」
「……それは、ずっと続いてきているんだよね。なら、その戦い方を否定するのは過去の想いを踏みにじることになるね」
「マスター……私は理解ができませんが、人間がそういう想いを大切にすることは知りました」
「師匠のおっしゃる通り、彼らは何よりこの戦い方に強い誇りを持っています。
その刹那を人生の舞台と考えておりますじゃ」
「……難しいなぁ、俺は被害なんて無い方が良いって思うけど、そういう話じゃないんだよね」
それからタクは悩み込んでしまった。こうなると長いことを知っている二人はそっとしておくことにして、タクがリッスの穴を見たいと言い出したのは3日後だった。
街を出てゴーレムで一時間ほど移動するとリッスの大穴を囲む人類の防壁が見えてくる。すでにタクはこの規模を超えるものを作り出しているが、その壁が多くの人々の願いと想いを受けて必死に作られていることはひと目見て理解し、タクはそのつくり手たちに心から尊敬の念を胸に抱いた。
「あれが、戦士たちの場ですじゃ」
「なるほど、わざと壁を開いて魔物をあそこに集中させているんだね」
「そしてその隙間の前が戦いの場、彼らの晴れ舞台ですじゃ」
「おびただしい正気の流れが穴にむかっているのですが……それが魔物発生の原因なのでは?」
「どういうことエリシュ?」
「魔物が上がってきた場で殺された魔物たちの瘴気が再び穴に流れ込んでしまっています。穴の中はかなり濃厚な瘴気が溜まっているのではないかと思います。原因として考えられるのが……」
「上空に魔物を飛ばせないための結界、だね」
「その通りです、穴に向けて重力的な流れが起きて、大気も穴に向かって集められてしまっています」
「……結果として、無限に魔物を生んでいる坩堝を作っている可能性があるのか」
「なんということじゃ……」
「これぐらいの改良であれば、気が付かれずに行えて戦いには直接影響も与えなそうですね」
「ああ、もちろん確認してからだけどね」
それからタク達は正当な陸路から中央の穴に一番近い街へと向かう。
街を守る防壁は厚みを増し、歴史を刻んでいる。穴に向かって吹く乾いた風がタクたちの頬をかすめていく。周囲は荒れた土の土地で農作物には向かなそうに見える。
そんな厳しい土地で魔物から人類を護るために暮らしている。
街に入るとこの国に来て久しぶりの若い男性を見ることになる。皆ヒゲを蓄えて身体が分厚い、大剣を振るう上半身だけでなく、それを支える下半身も鍛え抜いていることが服の上からでもわかる。
そして、街の雰囲気は他の街と異なり緊張感がある。それは武人ではないタクにでもわかるほどだった。見慣れない3人をそれとなく意識しており、なにか行動を起こせば即座に対応できるような常に戦場にいるかのような気配がある。
「……想像以上だった」
「私はすこし不快です」
「常在戦場、それが彼らの生き方なのですじゃ、どうかご容赦を」
「とりあえず、ギルドへ向かおう」
冒険者ギルドで登録を行う。国際指名手配とかはやはり行われていなかったようでホッとする。エリシュもギルド職員に緊張や妙な感情の動きもないと太鼓判を押してもらえた。
それから冒険者を通して現状の街の情報を集めていく。
「穴の外の魔物は冒険者ギルドの管轄なんだね」
「この地の戦士たちの命題は穴から出て狭間を抜けようとする魔物を打つこと、あの穴に仕掛けられた結界に反応しないような小物に命は掛けない、ということですじゃ」
「ふうん、そこはすこし意外だね」
「自分たちの生き様に酔ってるように感じます」
「お二人共外ではそのような話はしてはいかんですじゃ!
男たちに追い出されますじゃ」
「ちょっと印象が変わってきたなぁ」
「戦士でない国民の声も聞きたいですね」
それからタク達は冒険者として依頼をこなしながら街での情報収集を続けていく、すると、意外な結果になった。
「国柄冒険者が少ないのと、想像以上にこの国の人、特に女性や子ども関係で困っていることが多すぎる……」
「……外の国で聞く話と、随分と違うのじゃ……」
「俺達は戦ってやってるんだから、って、特権的に利用されている気がする」
「実際に戦っているのは立場が下の者達、国の偉い人間たちの家族はただ身体を鍛えて筋肉自慢をして贅沢な生活を送っているだけですね」
国の実情が見えてきて、タクはすこし頭にきていた。
「とりあえず、穴の実働を担っている人たちと話がしたいね」
「そうですね、本当の前線で立つ人たちに話を聞かねば判断はできません」
冒険者としての積み重なった依頼をこなしていく中で、その機会は思ったよりもすぐに訪れた。
「補給物資の運搬護衛、いいね。これは受けよう」
「しかし、物資の量と準備に渡される金額が折り合ってないのじゃ」
「国境沿いの街でならなんとかって金額ですな」
「まぁ、国内で賄える金額にしてあるだけまだマシでしょ、ま、物資は全部余裕で賄えるから向かおうか、遂に狭間の戦士たちに会えるね」
こうしてタク達は穴を護る本物の戦士たちの元へと向かうことになるのであった。
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