第26話 僕の夏休み
それから数日、セレスはデュークと会っていた。
居場所が大体わかってからは、一人で中庭に行き、二人きりで話しているという。
「私とクリスが羨ましいって言っていたの」
「羨ましい?」
その日、夕食後に現れたセレスは、ベッドに座ってデュークと話したことについて言い出した。
僕が聞いてもいいのだろうかと思いつつ、セレスの話に耳を傾ける。
デュークが人を羨むなんて。
他人に対して、そんな感情があるようには思えない。
第一、僕とセレスがデュークより優れているところなんてあるとは思えない。
「デュークには、お兄さんが二人いて、私たちのように双子なんだって」
「そう、なんだ」
実は、デュークに兄弟がいることは、ゲームのデータ上は知っていた。
二人の兄の下に生まれ、第三王子であることはわかっていても、その兄二人が双子だとはデータになかった。
僕とセレスを羨むということは、二人の仲が悪いのか。
王位継承権1位と2位ということもあって、ライバルのような関係なのかもしれない。
本人から聞いたわけではないから、ただの憶測にすぎないが。
いつか、デューク本人から聞いてみたい。
兄弟のこと、祖国であるアルヴェスト国のこと。
フォーシュリンド王国に留学することにした理由。
聞きたいことは沢山ある。
だが、セレスに話しても、僕に話してくれないだろう。
僕に対する好感度は、低いどころかマイナスに違いない。
嫌われている自覚ある。
心を許していない相手に、自身についてデュークが話すとは思えない。
僕は、セレスと話すデュークの姿を思い返した。
二人で話す時の柔らかな表情、自然でリラックスした態度。
初めてセレスと中庭で引き合わせた時のデュークが、今でも目に焼き付いて離れない。
あそこまでとは言わない。
一クラスメイトとしてでもいいから、もう少し打ち解けられたら。
だがそれは、デュークだけの問題じゃない。
僕自身も、デュークに対しては身構えてしまう。
少し近付いただけで、挙動不審になるくらいには。
「そろそろ帰るね」
セレスがベッドから立ち上がって、僕は我に返った。
ついデュークのことを考えてしまって、後半は話を聞いていなかった。
「送るよ」
「うん、ありがと」
僕は、セレスを寮まで送り届け、自分の部屋に帰った。
寮の入り口付近にいた先輩に挨拶をし、軋む廊下を歩いていると、向かい側からフレディが歩いてきた。
フレディは僕に気付いていないようで、いつもとは違い猫背で歩いている。そして、誰とも視線を交えないまま、部屋に入ろうとしていた。
僕は、フレディに近寄り、さりげなさを装って声を掛ける。
「今お風呂から上がったのか?」
「そう……だ」
答える声には覇気がなく、目もとろんとしている。
今にも寝てしまうんじゃないかと思うほどに眠そうだ。
これは、引き留めて悪いことをしてしまった。
「おやすみ、フレディ」
「うん、またな、クリス」
フレディは部屋に入り、静かにドアを閉めた。
僕はその姿が気になったが、今は寝させたほうがいいだろうと、自分の部屋に入った。
そうして、夏休みに入ってから一週間。
ちょうど折り返し地点になった。
ここのところ僕は、朝早く修練場に行っていた。
人の少ない時間を狙い、朝食前に一度、攻撃魔法のおさらいをする。
水から始まり、火に移り、風を使う練習もした。
人が混んでくる頃に朝食を摂りに行き、食べ終わったら図書室に行く。
午前中は大抵そこで時間切れとなる。
午後も修練場にいて、今度は空を旋回する練習をする。
ファルコ・クラッセのメンバーが現れても、僕は降りずに自分の練習を続けた。
今はまだ、試合形式で練習する時じゃない。
実力がみんなよりはるかに劣る僕では、足を引っ張ることになるだけだ。
僕はそう思って、昼間は一人で自主練習を続けた。
放課後は、遅い時間にイェレミーが現れて、僕の特訓に付き合ってくれている。
イェレミーには、水と風の応用練習を見てもらっていた。
言葉の通り、ただ見るだけだ。
だが、一人ではしないようにとオーベリン先生にきつく言われていたため、そこにいてくれるだけで助かる。
むしろ、時間を無駄にさせているんじゃないかと心配になったくらいだが、イェレミーは必ず現れた。
そんな折、しばらく姿を見せなかったベアトリスが、午後の練習に姿を現した。
「この間は、ごめんなさい」
何を謝られたのかわかり、僕はすぐに否定した。
「ベアトリスさんが謝ることなんて。むしろ僕の方が──」
「あの後、殿下と話しました。私が軽率でした」
僕の言葉を遮る形で、ベアトリスは言った。
「本当に、ごめんなさい」
そして、僕から離れてセレスの方に向かう。
僕は、その後ろ姿にかける言葉がなかった。
僕は今日も、夜遅くまでイェレミーの前で練習をし、寮に戻ってすぐ大浴場に向かった。
氷の練習は、まだ失敗しても怪我をするほどではないが、火の練習ではたまに火傷を負った。練習中は気付かないことが多くて、お風呂に入る時に火傷に滲みて判明することが多々あった。
今日は背中だ。
ひりひりと痛む背中に顔を顰めながら、お湯をかけて洗い流し、湯船に入るのを我慢して脱衣所に行った。
「よう、クリス」
声を掛けられてよく見れば、脱衣所に置かれたベンチにフレディが座っていた。
脚や腕に貼ったテーピングのようなものをぐるぐると巻き取っているところだった。
あちこち擦過傷ができていて、剣術の訓練の激しさを物語っている。
それでも、先週よりは元気そうだ。
目に光があるし、ちゃんと視線が合う。
「フレディは、明日は休みか?」
日曜日を迎えると言うことで聞いてみると、フレディは「いいや」と手を振って否定する。
「明日から、騎士団の先輩方も参加するんだ」
騎士団の先輩。
もしかしたらと思ったところで、フレディは続ける。
「その中には、多分クラウディオもいる」
クラウディオというのは、フレディの兄だ。
フレディの5つ上で、魔法学院の卒業生でもある。
彼は、21歳という若さで、騎士団の中隊の隊長を務めている。
「まあ、何事も経験だ。ちょっと揉まれてくるさ」
無理に作った笑みを見て、僕は胸が苦しくなった。
「怪我に気を付けて」
「ああ、ありがとう、クリス」
フレディは風呂場の中へ入っていき、僕も湯冷めする前に脱衣所を出た。
みんなそれぞれの思いがある。
僕も、自分に嘘をつかずに過ごしたい。
人間関係に怯えても仕方がない。
明日は必ず自分から声を掛けよう。
僕は髪を拭きながら、そう心に誓い、どうやって話しかけるかシミュレーションを始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます