淡墨の深層 第三十六章 ほら…やっと二人切り…
突如……二次会にだけ現れたあやさんの隣に、寄り添うように歩いていたのは……
ミサコが……彼氏だと言っていた……
マサヤさんだった。
その光景を見て……僕は一瞬で理解できてしまった。
以前からあやさんが言っていた「元カレ」とは、いったい誰のことだったのか。
「今もツバキや二次会に来ており、既に『友達』に戻っている」
と、あやさんは言っていたが……
その元カレが、ツバキメンバーの中のいったい誰なのかは特定されないまま……
僕自身も知ろうともしないままにして来た、あやさんの元カレとは……
マサヤさん……だったのか。
一方……当然僕と同じ光景を見たミサコは……
「やっぱり……そういうことだったのね……」
そう言いながら……
僕の肩を、もう一歩深く包み込んだミサコだった。
彼女のその台詞に妙な違和感を覚えた僕だったが……
僕自身も、目の前のショッキングな状況の整理整頓に思考のリソースが割かれてしまい……
その違和感について、それ以上は考えられなかったんだ。
あやさんとマサヤさんはそのまま店内へと進み、その途中……
ミサコが僕の肩を包み込んでいるのを見つけた様子で、二人して暫くこちらを見据えていたが……
直ぐに気にせぬ素振りで、僕らとは少し離れたお座敷席へと上がって行った。
そこまでを確認したミサコ……
「れい、ごめん……私、もう帰るから……」
「え? ああ……」
「だから……一緒に出てくれる?」
「それ……余計にこじれるんじゃないのか?」
「いいから! 一緒に居てくれるの? くれないの?」
「わ……わかったよ。出るよ」
本来ならば……この段階で僕は『拒否』をしておくべきだったんだ。
然しながら……毎度、こうした『強引さ』に抗えないのは……
もう……僕の『宿命』だったのかもしれない。
お座敷から降り、靴を履いたミサコは……
あれだけ飲んだせいか、どこかふらついていた。
「ほら、危ない!」
と……腕を支えた僕も、かなり飲んではいたが……
ミサコを支えながら、あやさんとマサヤさんの方を振り返ると……
二人は……かなり厳しい視線をこちらへと向けていた。
その
「あやさんだって……
そんなふうに、事態を勝手に解釈してしまっていたんだ。
二人は店の外へ……
「ふら付いてるけど、大丈夫なの?」
「外の冷たい空気で、もう醒めた!」
「親御さんに酒臭いの判っちゃうよ」
「大丈夫よぉ! いつも、帰宅して直ぐに部屋へ直行してるから!」
「でも……誰か出て来たら、会うでしょ?」
「この時間に帰って、出迎えしてもらったことなんて一度も無いもん!」
「そう……ですか……」
もしかしてミサコ……家族から孤立しているのかな? だとしたら……
その時の僕に……「なのであれば、どうにかしてあげたい」なんて……
正に『余計なお世話』な気持ちが、少しでも湧かなかったかと言えば……
それは嘘になる。
「それよりもれい! こっち!」
「え? どっち?」
「こっちよこっち!」
と……今度は僕がミサコに腕を掴まれた。
この子……小柄な割には凄い力だな……。
否、力と言うよりも……何かの意思のままに、躰ごと動かされているような感覚だった。
そして引きずり込まれたのは……
青龍の数軒並びの、店舗とスナックビルの隙間だった。
甘えた瞳を僕に向けながら……
「ほら……やっと二人切り……」
「え⁉」
ビルの『隙間』と言っても真っ暗なわけではなく、ネオンや街灯の光も入り込み……
立ち止まって、見ようと思えば歩道側からでも丸見えな『隙間』だった。
「あの……これ、二人切りって言わな……」
そんな僕の台詞を封じるが如く、細身の躰から全身の体重を込めるように両腕で僕を壁へと押し付けたミサコだった。
しかも……凄い力で……否、今回も力ではない……まるで意思でも持っているかのような『なにか』で。
そして僕に向けた視線を、一瞬鋭く尖らせ……
「ナメないでね、れい……私これでも、合気柔術の段位、持ってるのよ」
それで……だったのか。僕も剣道の段位なら持っていたからわかる。
技術……。
今までのは『
そして直ぐに、再び甘い瞳に戻ったミサコは……
怪しく微笑みながら……
「さっきの泣いていたれい……可愛かったよ」
と……両腕を僕の首の後ろへと回し……
彼女の小さくて可愛い唇を、自らの舌でひと舐めしてから……
僕の唇へと近づけて来たんだ。
え……? 何なんだ……このパターン……あの時と……同じ……
ゆなさんと……距離が出来てしまった……その隙間に……
入り込んで来た……まゆなから……強引にキスを迫られた……エレベーターで……
絶対に……二度と……繰り返してはならない……過ち……。
そんなことを回想している間に……
二つの唇は、完全に重なってしまい……
既に……罪深い音を立て始めていた。
ダメだ……やめるんだ……引き返せ……今すぐに……。
そんな指令が心の中では響き渡っているにも拘らず、躰が言うことをきかない。
それは……僕の首の後ろへと絡められたミサコの腕の……これまた『力』ではない『何か』に拘束されたかのように……唇を離すことを許さなかった。
僕はいつの間にか……ミサコの腰へと腕を回してしまっていた。
但し、その時……
そんな二人の姿を捉えていた目があったことに……
未だ、気付いていない二人だった。
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