淡墨の深層 第三十五章 苦手な本当の理由

 ツバキの二次会で隣に座って来たミサコに対して、最初はぶっきら棒な対応をしてしまった僕だったが……

 結局はお互いに『身の上相談会』のようになってしまったお蔭で打ち解けた感じとなり、最後は笑顔で見送ることができた。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 翌日の月曜日からは12月。


 あやさんから店への電話も一切無く……

 その週も僕は、悶々とした気持ちで過ごしていた。


 シンは相変わらず……夜には居たり居なかったりで、仕事が見つかったという話は特に無かった。

 せめてシンが仕事に就けさえすれば……その話を手土産に、あやさんへ電話くらいしても許されたのだろうが……

 それも出来ず仕舞いに終った一週間だった。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 翌週、12月へ入ってから最初の日曜日……

 あやさんは、前週と同じく現れなかった。

 ツバキにも、二次会にも。


 二次会の席では前週に引き続き、隣へ座って来たミサコ。


「ミサコ……今更だけど、先週のことを謝りたくて……」

「え? 先週のって、なんだっけ?」

「せっかくミサコが話しかけてくれたのに、僕……ぶっきらぼうな態度だったから……ごめん!」

「あ~、いいよいいよ! フラれたてほやほやじゃ、落ち込むのわかるよ」

「ほやほやって……いや、だから……まだハッキリそう言われたわけじゃないって……」

「あ、ごめん。私も同じだったわ。ハッキリは言われてないか」

「まだ……会えてないの?」

「うん……そっちは?」

「ダメ……みたい……フッ……」

「もう二週間近くになるのにね……アハ……」


 この時の僕に、あと少しの推理力があれば……

 即ち……ミサコも僕も、何故同じ『二週間近く』だったのか?

 その理由は、以後に判明するのだった。


 そんな風に、お互いに苦笑いを交わしたが……

 そのあとのミサコからの言葉は……僕が、僕自身に対して『警戒心』を持たせるには充分だった。


「そうだ……じゃあ、こうなったらフラれたもん同士で付き合っちゃ……」

「ミサコ!」


 と……僕は彼女の台詞の続きを制し、首を横に振った。


「まだ……そうと決まったわけじゃないから……お互いにさ」

「それは……そうだけど……」

「それに……ミサコには悪いけど、先に言っておく」

「なぁに?」

「僕は元々……基本的に、若い女の子が苦手なんだ」

「若いって……れいだって、まだ19で私と2つしか違わないじゃない」

「そうだね。じゃあ言い換えれば……年下の女の子が、苦手なんだ」


 それには何も答えず……少し哀しそうな瞳で僕を見つめていたミサコだったが……

 その後いつの間にか、二人して飲むペースが上がっていた。


 それからミサコは何かに気付いたらしく……


「あ……そう言うことか!」


 と、余裕ありげな視線で軽く微笑みながら……


「過去に……年下の元カノと何か問題が起きて、それがトラウマになっているのね?」

「!!」


 ミサコ……それって、まゆなとの……どうしてそこまで的確にわかるんだ?

 僕は……顔に取説でも書いてあるのか?


「大当たりって……顔ね」

「・・・・・・」

「何があったのか知りたいって言ったら……教えてもらえるの?」


 ミサコ……それってまゆなの……否……ゆなさんとまゆなとのことを、話せと言うのか?

 それは……それだけは、出来ない。

 同級だった都子との件ならばまだしも……

 みおさんにも……あやさんにも明かしてこなかった『ゆなさんとまゆなとの件』を……

 前週の二次会からの『身の上相談会』で打ち解けただけの、しかも高2のミサコに話せるか!


「ごめん、ミサコ……キミの洞察力にはもう、白旗上げて降参だよ。だけど、具体的なことは話せないんだ……わかってもらえるかな」

「え~? れいの過去、もっと知りたかった~」


 この子……あやさんと同じことを言うんだな。

 もしかしてあやさんと、似たタイプなのか?


「わかったよ……具体的なエピソードは話せないけど、僕がその……年下の子が苦手になった、本当の理由の説明と言うか……」

「それってぇ……毎回こんな顛末~、みたいな?」

「ん!……」


 やっぱり僕の顔には、取説が書いてあるらしい。

 ミサコにはもう、説明なんて要らないのかもしれない。


「その通り。要するにね……年下の子と付き合うと、ロクなことにならない……ならなかったんだ」

「ふ~ん。でもそれって、その子だけのせいじゃないでしょ?」

「!!」




 その通り。

 ソコ……

 正にソコなんだよ、ミサコ……。


「ごめん。言葉が足りなかったよ。決して……その相手のせいにしているわけじゃないんだ。年下や同級の彼女だと何故かいつも、ほぼほぼ決まって……僕自身が! ロクなことをしないんだよ、ロクなことを!」


 ミサコの誘導に拠りこの時点で僕は、冷静さをかなり失っていたのかもしれない。

 それが証拠に……それまでは割とヒソヒソと話していた声が、いつの間にか大きくなっていたんだ。


「ロクなことしないって……れいが?」

「そう! 決まって……後から振り返れば、どう考えてもマトモじゃない判断をしてしまったり……その時点では、その誤りに気付かずに突き進んでしまったり……結果、その彼女も巻き込んでしまって傷付けて……その子だけじゃない! ゆなさんはもっと! ……」

「ゆなさんて?」

「あ……ついその……ごめん、今のは忘れて。……とにかく、ロクな結果にならない……ならなかったんだ! 全部僕のせいで!」


 ここまで話した僕は、かなり飲んでいたせいもあり……

 ミサコの前で……もう、泣きそうだった。


「今のお話だとぉ、れいが傷付けた……んん、じゃなくてその……傷付いた彼女って、二人いるのね? その、さん付けの人は年上みたいだけど」


 ミサコ……もう勘弁してくれよ……ゆなさんの名前は、忘れてって言っただろ?


 この時点で僕の涙腺は……既に限界だった。


「あ……どうしよ私。ごめんごめん、れい……泣かないで」

「ミサコ、ごめん……」

「わかったわ……もういいから、れいの説明はよく解ったからさ。ごめんね」

「ありがとう、う……ミサコ……」

「うん……」


 と……優しく僕の両肩を包んでくれたミサコだったが……


 その次の瞬間だった。

 青龍の玄関が開き……




 あやさんが現れたのは。




 しかも……


 マサヤさんと一緒に、二人で肩を寄せ合って……。

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