淡墨の深層 第二十九章 『別れる』という意味?

 僕にはシンとの同居を、早急に解消して欲しい……

 シンに振り回されている僕に……そんな優柔不断な僕に、間接的にでも振り回されるのはもう耐えられない……

 そうした本音を、遂に爆発させたあやさんだった。


「れい……」

「はい……」

「もう時間も遅いし、シンを今夜中に追い出せとまでは言わない」

「うん」

「でも……『いついつまでには出て行く』くらい、アイツに約束させるのよ」

「わかり……ました」

「大丈夫? アイツにちゃんと伝えられる?」

「うん……多分」

「多分って! キミは……もぉ! だったらねぇ! この前は冗談で言ったけど……アイツが出て行くまでは、本当にかまってあげないからね!」

「え⁉」

「れいも……暫くはウチのアパートへ来ないで!」

「そんな……」


 それって……一時的であれ、一旦……


『別れる』……


 という意味?


 ただ、それを……

 あやさんへ直接は、訊けなかった。

 怖くて……訊けなかったんだ。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 あやさんから言われた通り……

 そのまま青龍をあとにし、アパートへと向かった。

 すっかり醒めてしまったのは、酔いだけではなく……

 あれだけ収まらなかった、シンの嘘への怒りもだった。


 アパートへの帰路……僕の心の中を占めていたのは、あやさんから言われた……


 『別れ』……


 を、意味するかのような言葉。


 即ち、アパートからシンを追い出すまでは……

 あやさんには、逢ってももらえない。あやさんのアパートも出禁。


 確かに……自分の優柔不断ぶりは、僕自身も自覚していた。

 故に……あやさんも勿論それは判っていて……

 そこまで厳しくしなければ……もしもここで僕を甘やかしたら……シンを追い出す件は、またも有耶無耶にされるのだろうと……

 そんな判断に拠り、敢えて今回は厳しい態度に出たのだろうと……

 そこまでは、僕にだって判っていた。


 ただ、問題は……シンにどう伝えたらいいのか?

 取り敢えずは、その夜判明したばかりの……

 シンが作詞作曲したと言っていた曲が、実は浜田昭吾の曲だったという嘘。

 それを、先ずはこちらの『武器』として使うとしよう。


 それには……証拠の確保。

 あやさんへの想いが心を占めていたが故に……

 シンを問い詰める準備は、怠らなかった僕だった。

 即ち……夜中でも開いている、レンタルショップでの……

 浜田昭吾の、歌詞の確認。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 アパートへ到着……玄関からは灯りが漏れている。

 今夜は居るんだな。


「ただいま」

「おお、おかえり」


 その夜のシンは、飲んでいない様子だった。


「メシは?」

「いや、まだ……」

「だろうと思って……コンビニ弁当だけど、これ」

「いつも悪いな……ありがとう」

「仕事……見つかった?」

「いや……全然まだ」

「じゃあ、僕も明日は休みだし……これも買って来たから、一緒に飲むか」

「おお! スコッチじゃん。ありがたく頂くよ!」

「カティーサークなら、そんなに高くないからさ」


 あやさんと『同棲ごっこ』をした頃には、ワイングラスさえ無かった経験もあり……

 その後に買ってあったロックグラスへ氷を入れ、スコッチを注いだ。


「れい、ありがとな! じゃ! 取り敢えず乾杯!」

「ああ……乾杯」


 ロックだったが、一口目を僕はグイッと飲んだ。


「あ~、うんめ~!」

「そうか? 良かったな」


 そう言う僕を、シンは怪訝そうな顔で見ながら……


「れい……なんか今夜、テンション低くねぇか?」


 それは……お前が原因で僕は……

 あやさんから『別れ』を告げられるかもしれないからなんだよ!


 それでも……本題を中々話し出せない僕だったが……

 その間シンはカティサークをお代わりし、弁当も食べ終えたようだった。


 よし……いよいよだな。


 僕は覚悟を決めて、話を始めることにしたんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る