淡墨の深層 第二十八章 とっとと追い出して!

「な! あやさん……この曲って……」

「え? あ、有線放送?」


 それには答えず、独り言のように続けてしまった僕……


「この曲……アイツ……」

「アイツって……浜田昭吾が、どうかした?」


 その歌声が浜田昭吾であることは、僕にも判っていた。だからこそ……


「アイツだよ! 曲を作ったとか言って……歌詞もそのまんま、浜田昭吾の曲だったんだ!」

「それってまさか……シンのこと? さっき、結構いい曲作って来るって言ってた……」


 それはシンが……


「曲を作った。歌詞もできてる……聴いてくれ」


 そう言って、歌詞も僕に書き留めさせた……あの夜の曲だった。


「アイツ……僕が浜田昭吾には詳しくないとわかっていて、騙しやがって!」

「れい、落ち着いて……ね?」


 あやさんは宥めてくれるが、僕の怒りは収まらなかった。


「あやさん、ごめん! 今夜、やっぱり行けない!」

「え?」

「直ぐに部屋へ戻って、アイツを問い詰めてやる!」


 そう言って、すぐさま立ち上がろうとした僕へあやさんは……


「ちょっと……待ちなさい!」


 と……僕の革ジャンの裾を引っ張り……


「いいから! 一旦、座りなさい!」


 そう言われて、再度座った僕だったが……

 声のトーンが上がってしまい、周囲からは「またこの二人か」のような視線を感じ……


「あ……度々すみません。また……バンドメンバーの話です」


 周囲にはそれで納得してもらい、あやさんの方へ向き直ると……


「れい……アイツに騙されたんだね。悔しいよね」

「あやさん……」


 その時のあやさんの、僕の気持ちへ寄り添ってくれるような言葉に……

 僕はもう、泣きそうだった。


 但し……


 『優しいあやさん』だったのは……


 ソコまでだった。

 

「曲のことは、嘘をついたシンが一方的に悪いよ。アイツにそのことを伝えて……バンドも解散するの?」


 解散もなにも……未だ僕とシン、即ちギターとヴォーカルの二人だけで……ベーシストもドラマーも、肝心のキーボードも決まっておらず……バンドとしての体を成していないじゃないか。

 ただその点は、あやさんも充分に理解しているらしく……


「もうバンドメンバーじゃなくなるなら、同居させてあげる理由も無くなるよね?」

「それは……そうかもしれないけど……」


 この台詞の後のあやさんは……

 この時『怒りが収まらなかった』僕以上に……

 温度が上がって行くのだった。


「けどなぁに? メンバーじゃなくても、もう友達だから追い出せないとか言い出すの?」

「いや……僕だってアイツの振る舞いには怒ってるよ! 曲の件以外でも」

「だったら! もうおいてあげる理由なんか無いでしょ⁉」


 あやさんの……言う通りだと思った。

 思ったがしかし……

 未だ仕事にも就けておらず、追い出されたら宿無しとなるシンに対して……

 僕はそこまで『非情』になれるのだろうか?


 そんな僕の迷いは、あやさんには既にお見通しだったらしく……


「自信が……無いのね?」

「え?」

「シンにハッキリと、出て行くように伝える……自信が無いんでしょ?」


 その通りだったが……否、その通りだったからこそ……

 答えられなかった。


「僕……どうしたら……?」


 その時、一層厳しい瞳で僕を睨み付けたあやさんからは……


「いい加減にしてよ……」



「え……?」


「キミはわかってないよ……私が……私がキミを、どんだけ好きなのか……理解してる⁉ アイツに……アイツに振り回されるのは、もうイヤ!」

「あやさん……」

「もっとハッキリ言う! アイツに振り回されてるれいに……そんな優柔不断なキミに振り回されてる私って、いったいなんなの?」

「!!」


「今夜だってそう……一緒に私の部屋へ帰って、明日まで二人きりって……さっき、せっかくそう決まった途端に浜田昭吾……シンの嘘が判って、キミは部屋へ帰るとか言い出すし……」

「それは……」

「だったらもう、帰ればいいじゃない! 帰ってアイツに、浜田昭吾の曲だったって伝えて……とっとと追い出して!!」


 こんなに怒っているあやさんは……

 シンと同居することになった件を初めてあやさんへ伝えた、あの時以来だった。

 そしてあの時最後に、戯れに言われた……「罰として、しばらくかまってあげない」が……

 この夜から、本当に具現化してしまうとは……

 それは……あの日シンの伯父さんから言われた……


「アンタも……こんなヤツを匿っていたら、ロクなことにならないぞ!」


 あの『忠告』が、現実のものとなってしまうだなんて……

 想定外だったんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る