淡墨の深層 第九章 私がはっきり言ってもいい?

 あやさんへは……「警察に捕まった」とだけ答えてしまった僕だったが……

 さすがに、誤解させてしまったかもしれない。


「だって……二人で歩いてただけでしょう? それでいきなり……何の容疑で捕まるのよ?」

「傷害」

「なにそれ!?」


 あ……またも言葉が足りなかったか。それとも即答し過ぎ……?


「いや、て言うか……最初は少年課の補導チームだと思ってたんだ。ほら……僕まだ19……そん時は18か。早朝の新宿……月曜日だったし」


 今度は余計な説明を付け過ぎたか?


「でも傷害事件なら、少年課じゃないでしょ!」

「うん。捜査課の刑事さん達だった。早朝に歌舞伎町で傷害事件があって……逃走した犯人の風貌が、ロック少年風だったんだって」

「あぁ、それで職質かぁ」

「身分証を見せろとか、実家に電話しろとか……言われるままに従ったけど……最後、刑事さんが鞄の中を見せろって言った時に……」

「みおさんがキレた?」


 ・・・・・・さすがあやさん……よくおわかりで。


「見てたですか?」

「そんなはずないでしょ!(笑)」

「だってあやさん……当たり過ぎ」

「いや、まぁだいたいそんな展開かなーって」

「キレたっていうか、その……僕を庇おうとしたら、女性刑事に威圧的に言われて……」

「『出てくんな』みたいな?」

「そんなトコ……だから、逆にみおさん……『私がこの子の保護者として責任持つ!』って言い放って……『いったい何を調べたいのか、なんの目的で職質なのか』って、刑事さん達に食って掛かったんだ」

「ひぇー、みおさんつおー! しかも保護者って」

「そしたら……まぁまぁ落ち着いて、みたいな空気になって……『傷害事件でロック少年風』とかの事情も、それでやっと教えてくれて……直ぐに開放されました」

「良かったじゃない。みおさんのお陰だね」

「そうだけど……」

「……?」

「結局みおさんは大人で、僕は未成年……子どもなんだって、強調されたような気がして」

「それは……仕方ないんじゃない? 実際今だって、私は成人だけど、キミはまだ未成年……って、強調するつもりはないけどさ」

「!!」


 あやさんからのその言葉に、固まってしまった僕だった。


「どうしたの?」

「みおさんからもそのあと……似たようなことは……言われました」


 その時……否……『その時も』素直になれなかった僕の態度で……

 あやさんは、またも何かに気付いたようだった。


「れいは……ちょっと素直じゃないよー」

「えっ⁉」


 連続的に言われてしまった『似たようなこと』……否、実質『同じこと』に……

 逆に僕は、素直になれたのかもしれない。


 即ち……

 僕自身の心の奥を、次々と見抜いてくれるあやさんを……

 どんどん好きになってゆく気持ちにだけは……

 素直になれていた。


「あやさん……」

「なぁに?」

「それもさぁ……『素直になれ』って、全く同じだった。みおさんからも、言われたんだ」

「あ~ら、やっぱり」

「その時一緒に言われた……『キミは全然わかってない』ともね」

「そう……」

「それが……今でもはっきりしないんだ。僕はいったい何が……『わかってない』だったのかな?」


 その時……一瞬だったが、あやさんの瞳が鋭く煌いた。

 まるであの時の……みおさんの瞳のように……。


「はっきりしないの?」

「うん」

「じゃあ……私がはっきり言ってもいい?」


 その時……あやさんにはもう、その『はっきり』が、わかっているような口ぶりだったが…

 なればこそ、聞くのが恐い部分はあった。

 しかし、その時こそが……正に『素直』になるべき状況だったんだ。


 そんな逡巡する僕の回答を待つまでもなく……

 『はっきり』と話し始めたあやさん。


「最後までプラトニックで終わったって……言ったよね?」

「言った……です」

「だけど……もっと素直に甘えて欲しい……もっともっと『好きだ』って気持ちを見せて欲しいって……みおさん、そう思ってたんじゃないの?」

「そう……だったのかな」

「ちょっとくらいベタベタしたって良かったんじゃない? どうせ終わりが見えてる恋路だったんだから」

「でも……僕もだけど、みおさんも遠距離恋愛はしたくないって……」

「それは!」


 僕の台詞を遮るようなあやさんの声に……

 黙り込んでしまった僕。




 そんなあやさんの『お説教』は……続く。


「女はね、自分が傷つきたくなければ何だって言うわよ。キミはそれを鵜呑みにして……みおさん、結構古風なトコあるみたいだし、れいがそれを乗り越えてくるのを……待っていたんじゃないの?」


 ひときわ大きな声で被せて来たあやさんの言葉の続きは……

 妙に説得力があった。


 それは……

 『みおさん本人が……「先細りになるような明日が見えているような恋を……始める勇気は……私には無かった」と、はっきり言った』という、僕側の『証言』を……

 頭に浮かべたと同時に引っ込めさせる……そんな、説得力だった。

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