淡墨の深層 第八章 純愛…だったんだね…

 新宿西口……四井ビル、ロワイヤルホストでの……

 あやさんからの『尋問』は続く。


「他にはぁ? 二人でどんなトコ、行ったの?」

「それが……あんまりこれと言って……無かったなぁ」

「無かったって?」

「二次会の後、夜中の街中を歩いたり……歩き疲れたら、こうしたお店入ったり……そのまま眠っちゃったことも、多かった」


「眠るんなら……ほら、あの……ホテルとかは?」

「・・・・・・」


 即答できずに……俯いて、沈黙してしまった僕だった。


「入ったんだ?」


 再度顔を起こし、あやさんの瞳へと視線を向け……

 首を一度だけ……左右へゆっくりと回した。

 それから答える僕。


「そうやって歩いてて一度……歌舞伎町のホテル街に迷い込んだことはあったけど……」

「それで?」

「二人ともまだ……そこまでの関係になるには、お互いの事情が……その……」

「ふ~ん……」


 今度は、その『事情』のことを訊かれるかと思いきや……


「もしかして……プラトニックだったの?」


 何も答えずにあやさんの瞳を見たまま……やはり一度だけ、首をゆっくりと……今度は縦に。


「最後まで?」


 再度……頷く僕。


「その……事情って?」


 ああ……やっぱり訊かれるのか。


「あとからね……8月、最後に逢った夜に明かしてもらえたんだけど……6月……初めて三笠に行った日……つまり二人が『始まった』日の前日から? あ、いや……ホントはそのもっと前からか。その『事情』とやらは、既に決まっていたらしいです。みおさんのお母さんが呼吸器系の疾患で、空気の綺麗な長野県の病院へ転院させるって……」

「ちょっと待って! れいさぁ……『遠距離恋愛になるのはお互いに嫌だから別れた』ってだけ……この前、教えてくれたよね?」

「うん」

「まさかとは思うけど……お引越しが? 最初からお別れが決まっていたから……関係がそれ以上深くならないようにしていたってこと?」


 あやさん……素晴らしい洞察力ですよ。


「まあ要するに、そんな様なことを……最後の夜に本人も言ってたし、お互いにそうだったことも……確かめ合いました」

「じゃあ……最後まで、キスもしないまま?」

「うん。最後の夜……不忍池の畔で、一度だけ抱きしめ合って……それでお別れでした」

「うわぁ……切ないね。れいはそれでよかったの?」

「よかったも何も……お互いそんな事情じゃ、仕方ないかなぁって……」


 そう言ったあとで……「しまった」と思った。

 言葉のチョイスを……誤ったか……。


 その後悔の通り、食いついて来るあやさん。


「お互いって……そう言えば、キミの側の事情って何よ?」

「それは……」

「それは……?」

「それだけは……言えないから……勘弁して下さい」

「えぇー⁉ 一部だけでも?」

「・・・・・・」

「どうやらダメ……みたいね?」


 あやさんはそのまま諦めてくれそうな空気になったにも拘らず……

 僕はまた余計な補足をしてしまった。


「みおさんとそうしていた頃は……その事情がまだ……」

「まだ……?」

「でも今は……今はその事情も、一応ひと段落で……もう気にしなくていいことに、取りあえずはなっている……とだけは言えます。だからそれは……あやさんも気にしないで」


 気にするもしないも何も……

 未成年である当事者達の手を離れて……

 オトナの都合で……法律だか何だかの向こう側で処理されて……

 今後は……僕には知らされもしないのだろう。


 そして、この時点での僕は……

 この8年後に突如……再度その事情に関わらざるを得なくなることなど……

 勿論、知るべくもなかった。


 いずれにせよ……

 せっかくあやさんを好きになった、こんな素敵な秋の夜……

 もう、考えたくもなかった。


「信じていい?」

「信じて下さい」


「わかった。じゃあそれはいいとして……結局、いつも夜中に二人で散歩して、ファミレスとかで居眠りしてただけってこと?」


 ・・・・・・『だけ』って、あやさん……言い方……。


 確かに……

 みおさんとの『始まり』であった戦艦三笠と……

 最後の夜……

 上野へ呼び出されて、高級鰻店でごちそうになり……不忍池公園で最後に一度だけ抱きしめ合って……そのままお別れした夜……

 確かに、それら以外は……

 言われてみれば、その通りかもしれなかったが……

 そんな言われ方をされて、ちょっとムッとしてしまったのか……

 直ぐに顔に出る僕の態度は……あやさんへと、ダイレクトに伝わってしまった。


「あ、ごめん! 訂正! だからその……純愛……だったんだね?」


 『純愛』の定義がハッキリしないのだが……

 肯定も否定もできないまま、話は進んでゆく。


「あぁ……でも一度ね……ちょっと刺激的なことはありました」

「なになに?」

「早朝ね……歌舞伎町のドーナツショップから出てきて、みおさんと駅に向かっていたら……」

「うんうん」

「警察に捕まった」

「はあ?」


 呆れ顔の……あや捜査官による『取調べ』は続く。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る