02.天使の力を生かしたお仕事
リプリラは自身の足を動かしながら、拠点としているガルゥタルの街へと戻っているところであった。
ガオヴィア王国の西側にある、ガルゥタル辺境伯が統治する辺境の街である。
魔物が存在する世界なので街の守りは堅牢であった。
外壁を築き魔物の侵入を防いでいる。
そのため門が開いている時間帯は決まっているのだ。
街の教会で時刻を知らせる鐘の音が鳴る。
鐘が鳴ってから次の鐘が鳴るまでは一刻、その半分は半刻、更にその半分は四半刻で、一日は一二刻である。
日時計と水時計を併用し、日の出になると朝鐘一つから始まり、朝鐘二つ、朝鐘三つと続き、次は昼鐘一つ、昼鐘二つ、昼鐘三つとなって、夕鐘一つで日没となる。
夜は鳴らさずにその後は、翌日の朝鐘一つとなる昼夜を別々に六等分する不定時法であった。
この世界では、Web小説にあった【賢者である私は、四元素魔法を駆使して魔物を退けます】に出てきていた便利な魔法は存在しない。
だがリプリラは、自分の中に天使の力なるものが備わっていると理解していたのだ。
天使の力とは、天使の根幹となるらしい身体を覆って傷付かなくさせるオーラと、普通に持っていたが堕天使となり飛べなくなった代わりなのか、疲れずに素早く移動できる脚力と心肺能力を補正するオーラであった。
拒絶の意思で接触を弾き返し、阻む意志で内部に衝撃を与えて吹き飛ばす。
普通に走る感覚で最大速度が大幅に増大して疲れ知らずと言う、人間の身体能力を遙かに凌ぐらしいのだ。
転生した自分の存在を強く持ったとき、魂に巣くっていたらしい堕天使が弱ってきているのが分かった。
記憶が漏れ出しているらしく、少しずつ何故こうなったのかを理解していったのだ。
この異世界で何かを遣らかし、堕ちた天使がなぜか違う世界にいた美栞に激突して魂に融合し、抜け出せなくなったようだった。
美栞は気付かなかったが堕ちた天使の影響により、その頃から不幸ばかりが起こっていたのだ。
だが不幸とは周囲から悪運を引き寄せるというもので、それが家族や友人を救ったのだ。
美栞がいなくなったことで、これからは悪運を吸引するようなことはないだろうが穏やかに幸せに過ごして欲しいと願う。
先立つ親不孝者となり友人も悲しませているかもしれないが、そこは許して欲しいとも思うのである。
この身体に、記憶として残っていた人格が薄くなりつつあるようだった。
記憶が無味乾燥な記録となっていく。
コカトリスの鉤爪が迫ってきたときに、ショック死したのは分かっていた。
既に以前のリプリラの心が無いのが影響しているのかもしれなかった。
消えてしまう前に深く感謝を伝える。両親がしてくれたのと同じく輪廻に帰った心に、今度は魔物のいない世界で生まれて幸せになって欲しいと祈るのだった。
△
疲れを感じずに走り続けてガルゥタルの街まで到着すると、何時も利用している宿屋ゴンモラで部屋を取った。
行商人だったことで家がないのである。
母親の記録は、幼い頃に亡くなったと聞かされたのと、二つの銀リングが形見であること以外にはなかった。
元々は家があり、それが切っ掛けで行商人になって無くなったのかもしれないが不明なのである。
だが、娘だが娘とは違うようなと不審がられる心配をしなくても良さそうであった。
疑問を抱かせたまま生活させるのも、本当のことを言うのも憚られるのだ。
街中を歩き商人ギルドの建物に入った。
幾つかある部門の中で、流通部門へと向かう。
「あら、リプリラちゃん。今日は一人なの?」
受付の前に行くと、いつも対応してくれる受付職員であるリニシアに声を掛けられた。
「……魔物の生息エリアとの境界付近で、二匹のコカトリスに襲われて、――父が丸呑みされました」
「えっ、丸呑み! ドルバーさんを?」
笑顔だったのが一瞬にして悲痛な表情に変化した。
周囲からも驚きの視線が突き刺さる。
「リプリラちゃんは? 怪我はないの?」
青い顔をして立ち上がると、覗くように全身を見られる。
周囲は静まり返っていた。
「私は、たいしたことはありません」
「そう。大変な目にあったわね……。一応は聞いておかなければならないんだけど、大丈夫?」
「はい。理解していますから」
魔物に襲われて逃げおおせたならば、その場所は報告しなければならない。
本来は人間が暮らす場所に魔物がいた場合の対処で必要なのだが、魔物の生息エリアとの境界付近と言えども場所の確認は必要なのだった。
北東から北西に繋がる街道の東側だったと話す。
更には一匹が勝手に自滅したら、もう一匹は父親を丸呑みして奥地に逃げていったと説明した。
聞き耳を立てていた者達は気の毒そうな表情で見ていた。
だが危険なエリアでの出来事だったと分かり、安堵の表情も浮かべていた。
そんな場所を通るからだと言う者や、運が悪かったんだなと言う者がいた。
魔物がいそうな場所には近付かない。
それがこの世界での一般的な
「勢いが、余ったのかしらね――?」
リニシアは勝手に自滅した魔物を不思議そうな顔で思案していた。
だが同時にホッとしたような表情もしていた。
どの魔物でも複数で襲い掛かるなら、半数が失われれば残った魔物は奥地に逃げていくのが一般的だと聞かされると、ホッした理由に納得するのだ。
だが同種の魔物の中から個別の見分けは付かない。
逃げられた時点で、父親の遺体を取り戻せる可能性はなくなったのだ。
もっとも偶然に一匹のコカトリスを討伐してしまったが、天使の力があれば問題はないとは思える一方で、魔物と対峙する恐怖心は残っていた。
探すなど、到底不可能であるのだ。
それが商人ギルドの一部門である、魔物部門の登録者である攻伐人になると言う選択はなく、行商人は駄目そうだから採取人になるかと決めた理由でもあった。
魔物は、その種族の生息エリアを出ることはないが、スライムやゴブリン等の下級魔物は人間の生活圏にも大きく食い込んでいる。
コカトリスと、中級魔物であるバジリスクの生息エリアは、人間の住む境界付近までとなっていた。
種族によって能力の上下限値が決まっており、人間が勝手に決めた等級の上級の魔物ほど、能力値は高いらしいのである。
「ところでリプリラちゃんは、これからどうするの?」
唯一の肉親である父親を亡くして、一人でどのように生活していくのかと気遣ってくれた。
この世界では魔物に襲われることが多く、
ここまで心配してくれるのは結構前からの登録者で、身内を失って一人となった女の子だからなのであろう。
「ありがとうございます、リニシアさん」
「あら? 良いのよ」
リニシアに気遣いに礼を言う。
すると照れたような反応が返ってきた。
「子供一人では行商人として遣っていけそうにないので、植物部門に代表登録で移りたいと思っています」
成人は一五歳であった。
登録はどのギルドでも何歳からでも構わない。
しかし代表となる登録者は成人していなければならない。
だが保護者がいなくなった場合に限り、希望するなら成人前でも代表登録が可能となる特例が存在していた。
そうでなければ何時かは金が尽きて、子供が生きていけなくなるからである。
リプリラは考えていたことを端的に伝えた。
するとリニシアが納得の表情で頷くと、柔らかい笑みを
「そう。――行商でも必要になるかもしれないと、時間があれば資料室で勉強していたし、それが良いかもね」
商人ギルドに登録していると、申請さえすればギルド内のどの部門でも無料で閲覧が可能となる。
生業を補助するための資料室であるのだ。
リニシアから部門変更の書類を貰って植物部門に移動する。
顔見知り程度ではあるが、受付職員のラヴェリに行商の生業から希少な植物の露店販売に変更したいと告げた。
この世界の貨幣は、鉄貨、銅貨、銀貨、金貨、白金貨の五種類がある。
それぞれが一〇枚で一つ上の貨幣と同額となる。
宿屋であれば、食事は別料金か朝食付きで銀貨三枚から八枚くらい。
一般的な食事だけなら銅貨七枚から銀貨一枚と銅貨五枚くらいが普通である。
最低でも一日に、銀貨六枚は稼がなければならないのだった。
「露店販売をするのはもしかして、ええっと、――リプリラさん、あなたがするの?」
怪訝な表情をしたラヴェリが書類を確認して、リプリラが行うのかとはっきりと聞き出す。
リプリラはその反応は何なのかと困惑していた。
「はい。……私ですが?」
「年配の女性ならまだしも、若い女の子一人が露店で希少植物を売っていたら、――絡まれる可能性があるわよ?」
「……ああ」
異世界では魔法を使える物語が多く、リプリラには天使のオーラがあるので失念していた。
この世界では魔法は使えないので、攻撃は物理的なものだけになるのだ。
女が腕力で男に適うわけもない。
しかも絡む男は徒党を組んでいる場合が多い。
それを子供の、この華奢な身体で追い払えてしまえば不自然で一杯となってしまうだろう。
天使の力は誰にも知られるわけにはいかない。
利用しようとする者は必ず現われるに決まっている。
見える位置に人がいたならば、力を押さえて気付かれないようにするべきなのだ。
それでも見られて聞かれてしまうことがあるかもしれない。
そのためにも、人との会話も必要最低限にするべきなのかもしれなかった。
「希少な植物だけなら、植物部門でも買い取れるわよ?」
リプリラが黙り込んでいると、ラヴェリが一つの提案をしてくれる。
「ほっ、本当ですか?」
渡りに船とばかりに食い付くと、「でも」と真剣な表情を返された。
「魔物の跋扈する危険な場所にしか自生しない、栽培が出来ない植物だから希少植物なのよ? ――そんな所にまで行って、大丈夫なの?」
目を細めながら当然の心配をされた。
子供を死地に送り込む行為に他ならないのである。
「だっ、大丈夫ですよ? 逃げ足や隠れるのだって得意ですから。――絶対に、絶対に大丈夫です!」
せっかくの提案が無くならないように必死に説得した。
露店が駄目でも、色んな店に売り込みに行けば良い。
だが交渉の時間や気力に、もしかすると他の店でも欲しいなどと言われて面倒になりそうだと改めて気付かされたのだ。
悪目立ちしないためにも全て纏めて植物部門に卸せるなら、それに越したことはなかったのだ。
「ふふっ。分かったわよ。――ああ、そうそう。魔物の素材があったら、魔物部門に持って行ってあげてね」
直ぐ隣なので、流通部門での会話が聞こえていたのだろう。
再びコカトリスの話をされることはなかったが、親切心で教えてくれたようだった。
「……慌てていたので、取って来なかったです」
「あら、勿体ない」
自身の裁量で魔物を討伐し、魔物部門に素材を持ち込んで金を得るのが攻伐人である。
他にもあるが、殆どの者がそうである。だがリプリラは、攻伐人にはなるつもりはないのだ。
素材は魔物を討伐して得られる有用な部位で、殆どの魔物から得られる。
職人ギルドに登録する武器職人や防具職人が製作するときに溶け込ませることで、攻撃力や防御力を底上げした魔剣や魔装を作ることが出来るのだ。
純粋な武器の能力に、魔物の素材としての攻撃力が加わる。
防具も同じで、魔物の素材としての防御力が加わるのだ。
純粋に上級魔物の方が素材の攻撃力や防御力は高いらしいので、上級魔物の素材が特に求められているのだ。
「それなら希少植物の採取中に、もし討伐できてしまったなら卸してあげてね?」
父親を丸呑みされたリプリラが、生きていくために魔物のいる場所に行くと言っている。
それなら運良く討伐できたなら、更に利益を上げて貰いたいと思っているのかもしれない。
それはリプリラを気に掛けているのだろう。
「卸さずに持っているのは、駄目ですか?」
だがリプリラには討伐するつもりはない。
でも同じ商人ギルドなので、そのようなことを言えば差し障りがあるかもしれないのだ。
「どっちでも良いよ。――ううぅぅん。素材以外もあるから、知っておいた方が良いかな?」
スライムの核は収納の箱を作るのに必要なものだが、他のものとは使い方が違うので材料であるらしい。
更には、食用になる魔物の肉が存在するらしいのである。
だが強烈な臭みと不気味な緑色をしているから食べる人はほぼいなく、通常は買い取れないそうだ。
それを聞いたリプリラも食べたいとは思わなかった。
けれど好んで食べる変わった物好きや気にしない者も少数だがいるらしく、タイミングが合えば売れるかもしれないと聞く。
リプリラはやむを得ない場合を除いて、魔物は避けて通るようにするつもりである。
あまり関係ないので分かったと気軽に頷いた。
すると軽そうな返事が気になったのか、「でもリプリラちゃん。絶対に、絶対に無理だけはしないようにね!」とラヴェリに念を押されて注意される。
リプリラは慌てて、何度も何度も真剣な表情で頷いたのだった。
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