#65 朧気

 達海が目覚めると、視界には見知った天井が映った。何度もここを訪れたことがある。カフェ陰陽の二階だ。 


「レイは!?」


 達海は飛び起きた。


「達海少年! 無事だったか!」

「よかった。もう目覚めないかと思ったよ」


 達海がぼやける視界で辺りを見渡すと、マッチョとアクタが布団の横で心配そうに、こちらのことを見ていた。


「俺は……どうしてここに……」


 達海はそう言いながらメガネを探した。しかし、近くに自分のメガネは置かれてはいなかった。

 そうか、あの時、笑顔ピエロに頭を何度も叩きつけられた時に壊れてしまったんだったか。…………あれ? 

 メガネをかけていないにも関わらず、なぜか達海の視界は次第に鮮明になっていった。


「帰りが遅い君たちを心配して春明が探しに行ったんだよ。数時間後、血相を変えた春明がぐったりとした君を抱えて帰ってきたんだ。春明の式神の虎には同じく、ぐったりとしたレイを連れてね。一体、君たちに何があったんだい?」


「ピエロに襲われて……」


 アクタからの問いかけに、微かに痛む頭を抑えながら達海は答えた。


「ピエロだと!?」


 マッチョとアクタは驚き顔をみせた。


「それよりもレイは!?」


「春明の部屋にいるよ。動けるかい? 達海」


 

 達海はマッチョに支えられながら春明の部屋を訪れた。


「入るよ、春明」


 アクタが一声かけてから、達海が部屋のドアを開いた。


「天池!! 目が覚めたのか!」


 春明とお嬢が座る横には、レイが春明の布団に寝かされていた。


「達海さん! もう一日以上眠ったままだったのですわよ! 一体、何があったんですの!?」


 お嬢が達海に心配の声をかける。しかし、お嬢の言葉は達海の耳には届かなかった。ゆっくりとレイの近くに歩いて行き、彼女の顔のすぐ横に座り込んだ。


「よかった……。よかった無事で…………」


 達海はその場で泣き崩れてしまった。


「まだ無事とは決まった訳じゃねーけどな。レイはまだ目覚めていない。時々うなされもしている。一体何があったんだ? あんなところで何をしていた? 天池」


「ピエロに襲われたんです……春明さんがピエロから助けてくれた訳じゃないんですか?」


 達海は涙を擦りながら春明に問いかけた。


「ピエロだと!? 俺が洞窟の最深部に行った時にはもう、あんたら二人が倒れているだけだったぞ」


「え? そうなんですか?」


 達海はそう言って驚いたように目を見開いた。


 

 達海はピエロに連れられて洞窟に行ったこと、そこで自分とレイがピエロから攻撃を受けたこと、笑顔ピエロに頭を何度も叩きつけられてそこからの意識がないことを話した。もちろん、ピエロが言っていた『春明が皆を欺いている』ということは話さなかった。話せなかった。

 達海はその出来事がすでに昨日のことで、自分が一日中眠ったままだったと知り、驚いた。



「どうしてピエロなんかに、のこのことついて行っちまったんだ!」


 春明は少し怒りながら達海に問いかけた。


「俺だって、罠だと思いました。でも、あいつはレイの生前について何か知っているようだった。どうしても知りたかったんです。あいつが何を知っているのか……」


 達海は春明から目を逸らして歯を食いしばった。なぜ、あの時もっとレイのことを強く止めなかったのか、と達海は後悔した。もし、このままレイが目覚めなかったら……


「達海?……」


 声のした方を皆んなが一斉に見た。レイが目覚めたのだ。


「レイさん!!」


 涙ぐんだお嬢が、ゆっくりと起き上がったレイに抱きついた。


「あはは、苦しいよお嬢。でも、どうして私はここに……」


「ピエロに連れられて洞窟に入って行ったんだろう? 達海から聞いたよ。春明が君たちのことを連れ帰ってきたんだ」


 困惑の表情でいるレイに、アクタが教えてあげた。


「……そうだ。私、自分の過去を思い出せるかもしれないって思って。だけど、気持ち悪くなって帰ろうとしたらピエロに止められて、……何かを言わて…………気がついたら達海に抱きかかえられていたような……よく覚えていないや」


 レイは困ったような笑顔を見せた。


「俺、レイのこと抱きかかえたっけ?」


 達海が頬を人差し指で掻きながら、はにかむように笑った。


「あれ……違ったかな」


「どうやら二人とも記憶が混同しているようだな!」


 ハハハ! とマッチョが豪快に笑う。

 そんなやり取りをを見て春明は頭を抱えた。


「今回は無事だったからまあいいが、本当に気をつけてくれよ。あいつは……ピエロはやばいくらいに危険なんだからな」


「次は絶対に勝手について行ったりしないです。皆んなの助けを求めますから」


 達海が皆んなに笑顔を向ける。レイも「絶対にそうする! 今回は勝手について行っちゃってごめんなさい」と、頭を下げた。


 ショタと祖父じいさんの時のように、また誰かを失わずに済んでよかった。春明は、そう安堵すると同時に疑問が一つ残り、もやもやとした気分になっていた。洞窟内に酷く争った痕跡が残っていたからだ。何か強い力と力がぶつかり合ったような……。一方がピエロだとすればもう一方は何者なのだろうか。レイと天池のことを助けてくれたのだろうか……。


「なあ、レイ、天池」


「なんですか? 春明さん」


「誰かがあんたらを助けに来てくれたとか……わからないよな」


「俺もそのことを不思議に思っていました。……そういえば、意識を失う直前に誰かに話しかけられたような……いえ、気のせいだったかもしれません」


 達海は洞窟内での出来事を思い起こそうと顎に手を添えた。しかし、ピエロに頭を叩きつけられてからの記憶はやはり思い出すことができなかった。ただ、どこか懐かしい気持ちになったような……


「違うよ、達海が助けてくれたんだよ!」


「俺は助けてないよ。……何もできなかったんだ」


「えーーー」


 レイは納得しない様子でその場に項垂れた。



 結局、誰が達海とレイを助けたのかは解らぬまま、この事件は幕を閉じた。しかし、安心はしていられない。ピエロがすぐに攻撃を仕掛けてくるかもしれないからだ。

 レイの生前について少しではあるが一歩近づいたことは達海にとって嬉しくもあり、何か不安でもあった。それに、春明とレイがGH創設に深く関わっているとはどういうことなのだろうか。ピエロについても何かが引っ掛かる。そんな複雑な感情が達海の中で渦巻いた。




 洞窟の最深部では、着物を着たおかっぱ頭の女の幽霊が叫んでいた。


「おい早く出て来いピエロ!! 壁面がボロボロじゃないか。一体何があったんだ! おいピエロ! …………ピエロ?」


 着物の女の幽霊からの問いかけから、数秒後、不気味な嗤い声が洞窟内に響き渡った。


 ケタケタケタ。

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