#64 それは天使のような—弐—
「天池とレイの奴、少し遅いな」
カフェ陰陽では、帰りが遅い達海とレイの事を春明が心配していた。
「レイの事ですから寄り道しているだけじゃないですの?」
「だといいんだがな」
春明が窓から外を見上げると、ポツポツと雨が降り始めていた。
ピリリリリ
突然、春明のスマホから着信音が鳴り響く。
「びっくりした……なんだ、晴明さんからか。…………ん?」
「よくも俺の可愛い可愛いお鼻ちゃんを!!」
達海はポフポフと二度摘んだ赤鼻を指で弾き飛ばした。飛ばされた赤鼻はサーっと消えていく。
「たつ……み?……」
達海は疲弊しきってぐったりとしたレイを、静かに地面に降ろして、ピエロの方へと体ごと向き直った。
ピエロが顔の前に右手をかざし「ジャカジャカジャカ」と、セルフBGMを口づさむ。そしてぱっと顔から手を離して、手のひらをこちらに向けた。
「俺のお鼻ちゃん、華麗に復活!! ところでこれはどう言うことですか。達海ぃー」
怒りの感情をピエロに向けられた達海は静かに彼のことを見つめ返した。
「無視ですか! いいでしょう! それじゃあ、もっと、もっと! 楽しいことしましょ」
ピエロが右方向に体を反らしながらしゃがみ込むと、地面から半円を描くように今度は左側に体を反らせながらしゃがんだ。そのピエロの軌道を辿るように笑顔ピエロ、怒顔ピエロ、泣顔、そして腑抜けた顔の楽顔ピエロが扇状に現れる。その様はまるで某人気アーティストの有名なダンスのようだった。
左下のピエロが地面すれすれに近づけた顔の横で、人差し指を立てて、クイクイとその指を横に振ってみせる。
「さあ、俺の可愛い道化たち。やってしまえ」
その瞬間、笑顔ピエロ、怒顔ピエロ、泣顔ピエロ、楽顔ピエロは達海に向かって走り出した。不気味で気持ちの悪い走り方で、しかも恐ろしく、奇怪な声をあげながら。
「あははははははははは!」
「きええええええええええ!」
「ぴえーーーーーーーん!」
「すいーーーーすいーーー!」
達海は冷静に腕を体の前に構えると、走り込んできたピエロを順に鮮やかに投げ飛ばしていった。
投げ飛ばされたピエロたちはすぐに立ち上がると、四方から達海に向かって同時に突進した。その威力は凄まじく、達海を中心に土埃が舞う。
「流石にここまでやれば死んじゃったんじゃないでしょうか…………おやおや?」
土埃が晴れていくと、ピエロは目の前の光景を疑った。達海はそこに立っていた。腕を頭の前方と後方に構えて、ピエロたちの四方からの攻撃を受け止めている。
すると、達海はそのまま体をぐるっと回転させてピエロたちを蹴散らした。
四方に飛ばされたピエロたちが洞窟の壁に叩きつけられた。その衝撃で壁からはパラパラと小石が剥がれ落ちてくる。
「透過できていない、どういうことです!? ……やはり、あなたは」
動揺したピエロに達海がゆっくりと近づいてくる。壁に叩きつけれれた笑顔、怒顔、泣顔、楽顔のピエロたちは先ほどの衝撃で消滅してしまっていた。
「達海ーーーー!!」
ゆっくりと近づいてくる達海に向かってピエロは走り出した。達海とピエロがぶつかり合う。彼らは突きや蹴りといった技を互いに繰り出したり防いだりし合った。それはさながら派手な空手の試合のようである。
「あなたの動きは手に取るようにわかるのです! さあ、もう諦めなさい!」
ピエロの焦ったような声が洞窟内に響き渡る。それでも達海は一言も発することなく、冷静に攻防を続けた。
「おっと!?」
ぐらっとピエロがバランスを崩した瞬間を達海は見逃さなかった。達海から繰り出された綺麗な回し蹴りを喰らったピエロはそのまま後方へと吹っ飛ばされた。
「やはり壁や地面を透過できない…………おや、彼は何処に」
地べたに座り込み、キョロキョロとするピエロの後ろから静かな足音が近づいてくる。
「ひっ」
ピエロはサッと振り返ると仰向けの状態で達海から後ずさった。それでも達海はゆっくりと近づいてくる。
「許してください。お許しを! 遊びのつもりだったのです! ほんのジョークだったのです! 消えたくはない。どうかご慈悲を! ケタケタケタ」
「許す? ……許される訳がないだろう?」
すると、地面にはピエロを中心に五芒星の光輝く円陣が現れた。
達海がピエロの目の前で立ち止まると、彼のことを見下した。
「これは……これはこれはこれは! あなたは危険だ。もっと早くに消しておくべきだった! いや、でも楽しいね、楽しいです! 消えたくない!!」
達海がピエロに右腕を伸ばしていく。
「天の裁きだ……」
ピエロの顔面に達海の手が覆い被せられた。
「ひっ」
「地獄に落ちろ」
達海は目を見開いてそう言うと、ピエロの頭を地面に叩きつけた。その瞬間、五芒星の光はより一層強くなり、そして次第に消えていった。叩きつけた衝撃によって辺りには土埃が舞い上がった。
土埃が晴れると、そこにはピエロの姿はなかった。
「手応え……ない……な」
達海は力が抜けたようにその場に倒れ込む。
洞窟の中には達海とレイが二人。意識を失い倒れている彼らは蝋燭の炎に温かく照らされていた。
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