第24話 有効な策

「えっ!? パンテーラ王国の第二王子!?」


 アゼリーの誕生日パーティーの参列者リストを見て、イレーヌは悲鳴に近い叫び声をあげてしまった。

 そんなイレーヌを見て、アゼリーは不思議そうに首を傾げる。


「そんなに驚くことかしら? 確かに彼がくるのは初めてだけど、毎年、パンテーラ王国の誰かはきていたのよ?」


 自分の誕生日パーティーに向けて、アゼリーは最近なにかと忙しくしている。しかし、無駄遣いはしない方向で、という話を聞いていたから、あまり気にしていなかった。

 だから今日まで、パンテーラ王国の第二王子がくることを知らなかったのだ。


 パンテーラ王国といえば、ティーグル王国の隣国である。交流はあるが、それほど深い付き合いをしているわけではない。

 そしてイレーヌにとって、パンテーラ王国は憎き仇だ。


 なぜなら、未来でティーグル王国の反体制派と繋がり、国に攻め入ってきたのがパンテーラ王国軍だからだ。

 しかも当時の司令官が、今度アゼリーの誕生日パーティーに参加するという第二王子である。


 目を閉じれば、今でも鮮明に第二王子……フェデリコの姿を思い出せる。

 そして同時に思い出すのは、血まみれのオリヴィエ。


 フェデリコは、オリヴィエを殺した男だ。





「セシリア、どうしたらいいと思う!?」

「どう、とは?」

「どうすれば、フェデリコ王子……いえ、パンテーラ王国と良好な関係を築けるのかしら!?」


 仕事終わりに部屋へやってきたセシリアに対し、イレーヌはいきなりそう尋ねた。

 あまりの剣幕に驚いたのか、セシリアの顔が若干引きつっている。


「どうしたんですか、殿下。パンテーラ王国とは現在も関係は良好ですよ? だから、王妃様の誕生日パーティーに第二王子がやってくるんでしょう」

「そ、それはそうかもしれないけど……」


 だって、未来では攻めてきてたのよ!? とは言えない。

 しかしイレーヌとしては、取り除ける不安は全て取り除いておきたいのだ。


 仮に国内の反体制派が再び革命を起こそうとしたとしても、パンテーラ王国が手を貸さなければ、革命は失敗するかもしれない。

 そのため国内での好感度を高めるのと同じくらい、パンテーラ王国との交友を深めておくことも大切なのだ。


 反体制派と王家を比べた時に、王家の味方になってもらわないといけないもの。


「さ、さらに関係を深めた方がいいんじゃないかと思ったの。ほら、隣国のわりには付き合いが浅いでしょう?」

「……そうですかねぇ」

「そうよ!」


 言われてみれば……とセシリアは頷いた。


「お願い、セシリア。なにかいいアイディアはないかしら? 貴女だけが頼りなの!」


 がしっ、とセシリアの両手を握り、上目遣いでお願いする。セシリアならきっと、いいアイディアを思いついてくれるはずだ。


「1つ、有効な策があります」

「本当!?」

「ええ。古来より繰り返されてきた策です。これをすれば、間違いなくパンテーラ王国との縁は深まるでしょうね。でも……」

「お願い、セシリア。教えて!」


 セシリアはしばしの間黙りこんでいたが、イレーヌの圧に負けて口を開いた。ただし、目を合わせないように、目線を外したまま。


「……結婚です」

「……え?」

「家同士の繋がりを最も深めるのが結婚でしょう。それに、殿下の結婚相手として、パンテーラ王国の第二王子なら申し分ないのでは?」


 無言になったイレーヌを見て、セシリアは溜息を吐いた。

 室内に、気まずい沈黙が広がる。


 わたくしとフェデリコ王子が結婚?

 わたくしの目の前でオリヴィエを殺し、わたくしを処刑台へ連れていったあの男と、わたくしが?


 あり得ない。

 だがしかし、セシリアが言う通り、結婚ほどパンテーラ王国との関係を深める方法はないだろう。


「……とりあえず、フェデリコ王子の情報を集めてみましょうか?」


 セシリアの実家は裕福な商家で、多くの取引先を有している。そのためセシリアは独自の情報網を持っているのだ。


「……頼めるかしら」

「はい、もちろんです、殿下」


 フェデリコのことはよく知らない。彼と顔を合わせる前に、できるだけ情報を集めておくべきだろう。


「イレーヌ殿下」

「なにかしら?」

「先程は結婚などと言いましたが、それはあくまでも文官としての意見です。殿下の友人としては、好きでもない殿方との結婚はおすすめいたしません」

「……ありがとう」


 身分の高い女性が、自らの意志で結婚相手を選ぶことができるケースは稀だ。

 大半が家のために政略結婚をする。当たり前のことだ。


 セシリアの言う通り、条件だけを考えれば、フェデリコ王子との結婚は悪くないのよね。

 さすがに結婚すれば、わたくしを裏切るようなことはないでしょうし。

 だけど……。


 こんな時、どうするのが正解なのだろう。分からなくなって、イレーヌは床にしゃがみ込んでしまった。

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