第22話 久しぶりの休日

「殿下。そろそろ王妃様の誕生日ですね。今年も派手にパーティーを開催するんでしょう?」


 おかしい。

 オリヴィエはただ、いつもの制服で大量のパンを頬張っているだけ。

 それなのになぜか、オリヴィエの背後に薔薇が見える。


「殿下?」

「な、なんでもないわ」

「なんでもない、ではなく……パーティーのことを聞いているんですが」

「え!? あ、そう、そうよ、今年もお母様の誕生日パーティーがあるわ!?」


 パーティーに莫大な費用がかかることは、セシリアから聞いた。しかし、王妃の誕生日パーティーをやめるわけにはいかない。

 国王代理を務めるアゼリーの誕生日は年間で最も大きなパーティーが開かれ、国内外から大勢の客がやってくる。


 彼らに王国の威厳を見せつけるためにも、欠かせない行事なのだ。


「最近、お疲れのようですね。ぼーっとしていることが多いですし、顔も赤い」


 心配そうな表情で、オリヴィエが顔を覗き込んでくる。


 この角度で見ると、鼻のラインが整ってて綺麗……じゃなくて!


 最近、オリヴィエを見るとやたらと顔が赤くなってしまうし、鼓動が速くなってしまう。こんなこと、前はなかったのに。


 どうしてなの?

 そりゃあオリヴィエは格好いい顔をしているし、軟弱な他の男たちと違って実戦で鍛えられた肉体の持ち主だし、今はわたくしにすごく優しくしてくれるし、なにより命を懸けてわたくしを守ってくれた騎士だけれど……!


「殿下?」


 じっと見つめると、困ったような顔をされてしまう。ちょっとくらい、オリヴィエも赤くなってくれたらいいのに。


 そうじゃないと不公平だわ。


「忙しくて疲れているのでしょう。どこかで、お休みをとられたらどうです?」

「……休み?」

「ご友人を招いて茶会を開くとか、観劇に出かけられるとか。どこでも、俺がついていきますよ」


 確かに最近、ほとんど休みはとっていない。好感度を上げるための活動に必死で、勉強をしたり、病院や孤児院を慰問したりと忙しかった


 休むより、とにかく好感度を上げないと。そう思って生きてきたけど……。


「どこでも?」

「ええ。どこだろうと、俺が殿下をお守りします」


 力強い眼差しと言葉。つい、甘えたくなってしまう。


 そろそろ、ちょっとくらい休んでもいいんじゃないかしら?


 他の人に言われたら、休みなんていりませんわ、と強がったかもしれない。しかしオリヴィエは、ワガママ放題だったイレーヌのことすら見捨てなかったのだ。

 1日休んだくらいで、今のイレーヌを見捨てるとは思えない。


 だったら、いいわよね。

 久しぶりの休みはどうしようかしら? お茶会なんてごめんだわ。令嬢たちの相手をするなんて仕事みたいなものよ。

 舞台? はいいけれど……周りの客も貴族が多くて、結局疲れるのよね。


 周囲に『イレーヌ王女』と認識された瞬間、気が休まることはない。


 わたくしがわたくしだってバレないような場所。そんなところ、あるかしら。


「あっ!」


 ひらめいた。休みの日にぴったりで、オリヴィエがいなければいけない場所。


「わたくし、街へ行きたいわ!」

「……街、ですか?」

「ええ。もちろんこっそりね。ほら、普段国民がどんな暮らしをしているか、王女として気になるのは当たり前でしょう?」


 とってつけたような理由を口にする。本当は王女という身分を忘れて、ゆっくりしたいだけだ。


「分かりました。目立たないよう、俺も一応変装しておきます」

「オリヴィエ……!」


 昔は、街へ行きたい、なんて思ったこともなかった。望めばなんだって宮殿に持ってきてもらえたし、わざわざ街を歩くなんて面倒だとしか思わなかったから。

 だが、今は違う。自由に街を歩くことに、憧れを抱いてしまった。


「行きたい店などがあれば考えておいてください。案内しますから」

「オリヴィエは、よく街へ行くの?」

「まあ、たまには。最近はあまり行っていませんが」


 俺も久しぶりです。


 そう呟いたオリヴィエの頬が緩んでいる気がして、なんだか嬉しくなってしまう。


 久しぶりの休日。絶対、楽しい日にしてみせるわ!





「どう? これでわたくし、町娘に見えるかしら?」


 くるっ、と鏡の前で一回転したイレーヌを見て、セシリアは首を傾げた。


「……見えませんね。どこからどう見ても、上流階級の人にしか見えません」


 街にお忍びで出かける。そんなことを相談できるのはセシリアだけだった。そのためイレーヌはセシリアに頼み、一般的な町娘が着るような服を用意してもらったのだ。


「服だけを変えても厳しいです。髪の艶、優雅な所作……まあ、お忍びで出かけている貴族の娘、という設定でいかがでしょう」

「お忍びの王女よりはマシね」


 はい、と頷いたセシリアは眠そうだ。早朝から呼び出してしまって申し訳ない。


 でも仕方ないわ。目立たない朝のうちに、こっそり城を出なきゃいけないんだもの!


 待ち合わせ場所へ向かうと、既にオリヴィエは着ていた。オリヴィエもいつもの制服ではない。腰に帯びている剣も、叙任式であげた立派な物ではなく、訓練用の物だ。


 隊服を着ていないと、余計に身体のたくましさが目立つわね。


「殿下、おはようございます」

「おはよう、オリヴィエ」

「行きましょう。今日はくれぐれも、俺から離れないでくださいね」

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