第14話 領地拡大
弟と合流した叔父が、あっけにとられている。
戦闘らしい戦闘もないまま、敵兵が皆投降し、縄で縛られているからだ。
「重治、これはいったいどういう…」
と叔父が言いかけたところで、
「叔父上、自身にはまだ為すべきことが残っております。しばらくこの場を離れますので、逃げた残党への対応も含め、重矩(弟)と共に周辺の警戒をお願いしとうございます。」
とマサヒロは質問を遮った。
全部を説明すると時間がかかってしまうし、話したところで理解されまい。
実際、すぐにやらなければならないことがある。
「わかった…。」
「重矩、後は任せたぞ。」
「ははっ。」
弟と目を交わし、次の段取りを示し合わせると、叔父から、
「お前、鎧と兜は?」
と想定内の質問が飛んできた。
"重いから脱ぎ捨てた"と言うとまた殺されかねないので、
「これより行う策において、非常に重要な役割を担っておりますゆえ、一度脱いだのでございます。」
と返しておいた。
嘘ではない。事実、この鎧と兜は、確かに重要な役割を果たす。
意味が分からず、さらなる問いを発しようとする叔父を無視して、
「佐吉、行くぞ。」
とマサヒロは捕らえた敵兵と佐吉、そして三十名ほどの兵を連れ、そそくさとその場を去った。
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マサヒロと佐吉が向かったのは、攻めてきた敵の集落である。
夕暮れが近づく頃、その集落が視界に入ってきた。
「佐吉、手筈通りだ。あとは頼んだぞ。」
「ははっ。」
「それと、一つ言い忘れていたが、今すぐ自身の鎧と兜を付けろ。」
「……重治様、それはさすがに……」
普段は絶対服従で一切口答えしない佐吉であったが、こればかりは躊躇した。
重治の鎧と兜は、非常に高価で特別なものであり、一般の兵が身に着けることは許されぬ。それはすなわち、大将の権威の象徴である。
「佐吉、お主はこれよりわが軍の先頭に立ち、敵の集落に我が軍の勝利を伝えに行く。その際、そのような兜をつけぬ簡素な鎧姿では説得力に欠ける。敵集落を従わせるには、威厳が必要だ。そのための鎧と兜だ。これは命令である。」
「……承知いたしました。」
マサヒロは、脱ぎ捨てた鎧と兜を同行している兵にあらかじめ持ってこさせており、佐吉はそれを身につけた。
その姿は、誰が見ても立派な一軍の将であった。
刀を渡した時以上に、佐吉の顔つきが精悍になり、将来性を感じさせる武将の品格すら漂わせている。
「佐吉、よく似合っておるぞ。これで万事抜かりなく進む。自信を持って役目を果たせ。」
「ははっ、ありがたき幸せにございます。」
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マサヒロと佐吉の一行は、敵集落に入った。
成人男性のほとんどはすでに捕らえられており、力仕事のできる者は集落に残っていない。砦もなければ、外に人影も見当たらない。だが、家々からは人の気配がする。
恐らく、我々に怯え、家に閉じこもっているのだろう。
そんな中、佐吉が大声を張り上げた。
「我らは、おぬしらが攻めてきた集落の者である。戦は我らの勝利に終わった。仕掛けたのはおぬしらゆえ、いたしかたなく大将の首は取ったが、これ以上の戦は望んでおらぬ。
兵にとられた男たちもここにいるが、ほぼ無事である。我らは乱暴はせぬ。また、おぬしらが飢えていることも承知しておる。ゆえに、米を持ってきた。
我が竹中家の軍門に下るならば、米を分け与える。まずは話をしたい。誰でもよい、出てきてはくれぬか。」
だが、誰も出てこない。
無理もない。敵国の将らしき者が突然やってきて、米を分け与えるので軍門に下れと告げられても、戸惑うのは当然である。
「焦らずともよい。我らは、ここで粥を作っておく。」
誰も出てこぬことを確認した後、佐吉は部下に命じ、粥を炊かせ始めた。
やがて、その匂いが立ち込めると、飢えた人々の焦燥が肌で感じ取れるほど、集落全体がざわつき始めた。
その時を見計らい、佐吉は捕らえていた敵兵の一人を呼び出した。
兵は震えていた。殺されると思ったのだろう。
「安心せよ、命は取らぬ。ただし、頼みがある。この握り飯を持って、話が分かる者に届け、われと話をするよう伝えてくれ。」
縄を解かれたその兵は、うなずくと握り飯を手に集落へ走っていった。
しばらくして、骨と皮ばかりの年老いた男が、その兵に背負われて現れた。
声も出ぬ様子で、兵に耳打ちし、その兵が佐吉に内容を伝える。
「……本当に、軍門に下れば、乱暴せず、集落の皆に飯を食わせてくださるのですか?」
「約束する。事実、今、我等はおぬしらに乱暴を働いておらぬではないか。
飯を目の前に、腹の減っている皆を待たせておくのは、罪深きことだぞ。粥を共に食べようぞ、と皆に伝えよ。」
それを聞いて、老いた男も兵も涙を流し始めた。よほど飢えがきつかったのであろう。
その兵は声を張り上げた。
「おおい、出てきても大丈夫だ! 粥があるぞ!」
まず数人が、おそるおそる家から出てきた。皆、痩せ細っている。
「よう出てきたな。こっちへ来い。空腹でいきなり米は腹を壊す。まずは粥からだ。ゆっくり食せ。」
佐吉の穏やかな声に促され、人々は次第に外へと出てきた。やがて、粥鍋の前には人だかりができた。
「焦るな。粥は十分にある。並ぶがよい。」
佐吉は自ら器を手に粥をよそい、一人ひとりに渡していった。
ひと通り渡し終えると、捕らえていた兵たちの元へ向かい、こう告げた。
「すまぬな、お前たちへの粥が後回しになって。まずは、女・子ども・年寄りが優先だ。」
「見ての通り、我らは乱暴はせぬ。我が軍に下るならば、お前たちの家族と集落に米を与えるが、どうだ?」
しばらくして、一人の兵が言った。
「いくら待てども、国からの援助はなかった。我らは見捨てられたのだ。ならば、米を与えてくれるお方の軍門に下ったほうが、はるかにましじゃ!」
すると他の者たちも口々に、
「そうじゃ、そうじゃ。」
と同調した。
佐吉は機を逃さず、
「では、我が軍門に下るか?」
「……下ります。」
「よし。二言はないな? ならば、今一度、はっきりと言え。」
「我ら一同、竹中家の軍門に下ります!」
「分かった。では、まずは腹を満そうぞ。」
佐吉は一人ずつ順に兵を解放し、その兵と共に粥を持って家族の元へ向かった。
いっぺんに解放すれば暴徒化の恐れがある。だからこそ、一軒一軒、談笑しながら懐柔する作戦である。
集落の全家族をまわるのに一昼夜かかったが、それでも、時間をかけた甲斐はあり、人々は佐吉に親しみを抱き始めていた。
なお、マサヒロはこの集落で一切何もしていない。ただ佐吉の傍で、彼の行動を見守っていただけである。
自身で懐柔せず、佐吉に全てやらせたのには理由がある。
懐柔するには、親近感が何よりも重要であり、自身のような色白で何を考えているか分からない“坊ちゃん風情”よりも、彼らと同じように日に焼けた庶民的雰囲気をまとい、なおかつ鎧と兜を着た立派な姿の佐吉の方が適任と判断したからだ。
この判断は見事に的中し、佐吉による懐柔は成功。竹中家は一兵も失うことなく、敵の集落を領地に加えることに成功した。
つまり、攻め込まれた側であるにもかかわらず、血を一滴も流さず領地を増やしたのだ。
これこそが、マサヒロがこれまでの"いくさ"の概念を変え、後に「軍神」と呼ばれるようになる所以である。
ここまで見届けたマサヒロは、もう大丈夫だと判断し、佐吉にこう伝えた。
「わしは戻る。」
「では、自身も――」
「駄目だ。お前はここに残れ。」
「……?」
「佐吉、この意味は分かるな?」
それはすなわち、この集落の運営を任せる、すなわち佐吉を“集落の長”とする、という意味である。
佐吉は目を丸くし、感極まった様子でマサヒロに手を合わせた。
「やめろ、それは!」
マサヒロが真剣な表情で怒ると、佐吉は慌てて手を下げたが、その顔には嬉しさがにじんでいた。
マサヒロが去ろうとしたとき、佐吉が尋ねた。
「あの……鎧は……?」
「くだらぬことを聞くな。お前はこれから、ここを治める身だぞ!」
そう言い残し、マサヒロは集落を後にした。
背後では、佐吉が再び手を合わせて自身を拝んでいる気配がした。
マサヒロは、それに気づきながらも、今度は何も言わず、背中で静かに笑った。
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