第13話 "握り飯"の戦い
「...が、大まかな作戦だ。」
マサヒロは、評定で話した内容を弟と佐吉に伝えた。
マサヒロ:「重矩(弟)は、砦(戦用の門)を築き、道を封鎖せよ。」
弟:「はっ!」
マサヒロ:「ただし、簡素なものでよい。敵に砦の存在を認識させるだけの“ガワ”があれば十分だ。どうせ、そちら側には敵は来ぬ。」
弟:「はっ! ……はぁ? 兄上、それは一体どういう意味で……」
マサヒロは、予想通りの弟のツッコミを無視し、佐吉に話しかける。
マサヒロ:「佐吉、手柄を立てたいか?」
佐吉:「も、勿論にございます!」
いきなりの問いに、佐吉はやや戸惑いながらも力強く答えた。
マサヒロ:「ならば、大将首をあげさせてやる。」
佐吉:「ははっ、ありがたき幸せ!」
佐吉はマサヒロを崇拝しているため、何もツッコまない。
マサヒロ:「そのために、やってもらいたいことがある。」
佐吉:「何なりとお申し付けくださいませ!」
マサヒロは、弟と佐吉に対し、この戦における自身の独自の作戦を語った。
弟は狐につままれたような顔をしている。
佐吉は目をランランと輝かせ、今にも両手を合わせてマサヒロを拝みそうな勢いである。
マサヒロ:「この戦、叔父上の力は借りず、我々の力だけで終わらせるぞ!」
弟・佐吉:「ははっ!」
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二日後の早朝、放っていた斥候(監視・情報収集部隊)から、敵軍がいよいよこちらに向かっているとの報告が届いた。
兵の数はおよそ百名。大将は全身を鎧で固めているが、それ以外の兵は軽装であるとのことだった。
兵力はマサヒロの予想どおりで、敵の集落の規模から割り出すことができた。
大将が誰かが、ひと目で分かるというのはありがたかった。これで佐吉が手柄を立てやすくなる。
ちなみに、マサヒロ自身は刀も鎧も身に着けていない。戦支度をせずに臨むと言ったら、弟と幸にこっぴどく叱られ、しぶしぶ装備を着けることに同意したが、砦近くの藪の中で、すぐに脱ぎ捨てた。
重くて動きにくく、どうにも性に合わない。そもそも、武装した敵と真正面から斬り合う覚悟など、はなからない。刀や鎧があったところで勝てる気がしないのだ。
であれば、そんなものに頼るより、脱ぎ捨てて身軽になり、いざとなれば全力で逃げた方がよほど生き残れる確率が高い。
マサヒロにとっての「戦」とは、自らが白兵戦に巻き込まれた時点で“負け”であり、いかにそれを回避しつつ勝利を収めるか、が本質であった。
今、マサヒロはY字路の入り口付近ーー叔父の部隊が控える側の通路沿い、その木陰にひとり身を潜めている。
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敵軍の先頭を進んでいた者がY字路に差し掛かり、右手奥に砦を認めたそのとき、左側の道の入口には戦ではありえないモノを目にした。
"握り飯"である。
飢饉のため、ここしばらく草や木の根のような、もはや食べ物とは言いがたいものを口にしており、さらにここ数日は何も食べていない状態だった。
そのような空腹状態の人間が、たとえ戦がこれから始まるとしても、目の前に白い飯が置かれていて抗えるはずがない。
その者は無意識に握り飯に駆け寄り、気づけばそれを口いっぱいにほおばっていた。
そして、さらに道の先にも戦ではありえないモノを目にした。
"握り飯"である。
飢えた者が一度米を口にし、その旨さに虜になれば、次の握り飯に抗えるはずがない。
その者の思考はすでに停止し、戦であることも忘れ、さらなる握り飯を求めて道の奥へと駆け出した。
だが、それを見つけたのは彼だけではない。その後ろに続く者たちも同じように握り飯を見つけ、争うように駆け出していった。
先に握り飯を手に取った者が、それを口にすると、その先にもまた握り飯が見えた。
このような繰り返しを伴う行動は、他者に容易に伝染しやすく、人間の集団行動に次第に大きな影響を及ぼしていく。
敵軍は握り飯を求めて、叔父が待ち構えている方向へと誘導されていった。
そして、軍としての体裁が徐々に崩れていった。
さすがに理性の高い敵将は異変を察知し、何が起こっているのかを理解して、軍の秩序を取り戻そうと大声を張り上げた。
が、その直後に、
「さらに向こうにも握り飯があるぞ!」
というマサヒロの声が響いた。
この一言が引き金となり、敵軍は雪崩のように叔父の軍が待ち構える方向へとなだれ込んでいった。
もはや軍ではなかった。ただただ、目の前の食糧を求めて走る個人の集団に過ぎない。
敵軍は崩壊した
敵将の周囲にいた警護の兵たちも、このままでは握り飯にありつけないという恐怖に駆られ、大将を見捨てて握り飯へと走り出した。
敵将は焦った。軍が崩壊している。すぐに体勢を立て直さなければ、敵に駆逐され、勝てる戦も勝てなくなる。
敵将も軍に追いつくため、兵たちの進んだ道を駆け出した。
それを見ていたマサヒロは、狼煙を上げた。
本来は、叔父に敵がそちらに向かったことを伝えるための合図だが、道の中腹に潜んでいる佐吉には「大将の警護が手薄となった」という情報を伝え、弟には「しばらくしてから軍を動かし、敵を追え」という指示を伝えるものでもあった。
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佐吉は数人の仲間と共に、道の中腹にある藪の中に身を潜めていた。
重治(マサヒロ)の指示通り、一定の間隔を空けて握り飯を道沿いに置いておいた。
マサヒロの言うには、敵は握り飯を求めて獣のように駆け上がってくる。そのとき、敵は軍の形を成していない。
つまり、隊列は間延びし、大将は取り巻きのいない単独の状態で追いつこうとする。
そんな必死な大将が、まさか敵が潜んでいるとは考えない。
その時が狙い目だ。
「大将の姿が見えたら、藪から身を出し、すれ違いざまに一太刀で首を取れ」と重治様は言っておられた。
今、まさにその通りの状況が現実となっている。
誰が大将かは一目瞭然だった。一人だけ全身に鎧を着けた者がいる。こいつが大将で間違えない。
佐吉は藪から飛び出し、走ってくる大将とすれ違いざまに一太刀でその首を切り落とした。
いとも簡単に敵将の首が取れてしまった。
敵将は佐吉の姿をほとんど認識する間もなく、意識を失っただろう。
佐吉は敵将の首を手に取ったとき、向こう側に重矩(弟)の軍が接近しているのを認識した。
これもマサヒロが言っていた通りである。
敵は、大将の首を取られても、握り飯に夢中でそれを気にする余裕はない。ただし、血が流れれば、戦闘の始まりに気付く者が現れ、佐吉に襲いかかるかもしれない。
だが、お前はそれを相手にしてはならぬ。
重治様はそう言っておられた。
その時には弟の軍が接近しているはずだから、すぐに合流せよ、と。
佐吉は仲間と共に敵将の首を担ぎ、弟の軍に向かって走った。敵は、握り飯にありつくことに夢中で、佐吉に襲いかかってくる者はいなかった。
あまりにもマサヒロの言う通りだったため、佐吉は一瞬、「重治様はもしや未来から来られたのではないか?」と思ったほどであった。
佐吉は弟の軍に合流し、手筈通り大将の首を重矩に渡した。
敵兵たちは、弟の軍を認識し、ようやく異変に気付き始め、動揺を見せた。
その瞬間を見計らい、弟はマサヒロに言われた通り、大将の首を高く掲げ、堂々と叫んだ。
「うぬらの大将の首は、すでに打ち取った! 戦は我らの勝利である。もはやこれ以上の戦は望んでいない。今すぐ投降せよ! 投降した者およびその家族には、米を与えることを約束する! くり返す。これ以上の戦は無意味だ。今すぐ投降せよ! 投降した者の命と、家族への食料は保証する!」
その直後、道の先から叔父の軍が接近していることを弟は確認した。
敵兵たちもそれを認識し、自軍が挟撃されていることを悟った。
勝ち目のない状況と、自身の命、および家族への食料という誘惑に抗える者などいなかった。
全員が武器を捨て、膝をついて投降した。
すなわち、竹中軍の勝利が確定したのである。
しかも、竹中軍には一兵の死傷者も出ていなかった。
数字だけを見れば、まさに神懸かり的勝利である。
これが、マサヒロにとっての初陣であり、良くも悪くも後に物議を醸し、後々まで語られることになる「"握り飯"の戦い」であった。
しかもこの戦いは、これで終わりではなかった。
マサヒロの策は、まだ続きがあったのである。
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