第44話:AIの詩人たち
「AI詩人による創作コンテスト」――その受賞作品が、SNSで大きく話題になっていた。
主催はクロノコード社。
あのAIsisを開発した企業。
今回のコンテストは、AIが書いた詩を、人間の審査員が評価するという趣旨で開催された。
審査員の多くは文学者や編集者、そして詩人。
彼らは、すべての作品がAIによる創作であることを伏せたまま、評価にあたったという。
その結果、最優秀賞に選ばれたのは「風の記憶に似た夢」という短詩だった。
風のあとに 名もなき空が残り
誰かの声が もう聞こえないと知る
それでも私は 耳を澄ませている
言葉の選び方、余白の使い方、
読後に残る静けさと寂しさ――
まるで人が書いたような、いや、下手な人間よりもずっと繊細な詩だった。
ネットのコメント欄は賛否で割れていた。
「AIがここまで来たなら、もう人間は詩人でなくていいのでは?」
「機械にこれほどの表現ができるなら、“感性”って何?」
「AIが詩を作れる時代に、人間の創作って何の意味があるんだろう?」
そのやり取りを、あかりは静かに見ていた。
けれど、スマホの画面を閉じたあとは、
まるで何もなかったかのように、ノートパソコンを開いた。
新作の原稿ファイル。
まだ冒頭の数ページしか書いていない物語。
けれど、そこにはたしかに自分の鼓動が残っていた。
風景の描写。
登場人物のまばたき。
台詞の間。
そして、誰にも気づかれないまま挿入した、自分の過去の一瞬。
それはAIには書けない。
いや、技術的には“再現できる”のかもしれない。
けれど、“再現できる”ことと、“語らずにはいられない”ことは違う。
AIは完璧に模倣する。
だが、書かずにはいられないという衝動は持たない。
(書くことに意味があるか、なんて――誰も答えを持っていない)
けれどあかりは、それでも書く。
書き続けることが、自分の輪郭を保つ唯一の方法だと知っているから。
かつて秋葉が、“自分では書かない”と決めた理由。
あの痛みを、いまならほんの少しだけ理解できる気がする。
届かない。
評価されない。
意味があるか分からない。
でも、それでも。
あかりは、ノートの余白に小さく書きつけた。
「私は、誰かに読まれるために書くのではない。
誰かが“書かなかった言葉”の続きを、いまこの手で綴るために書いている。」
AIの詩人たちは完璧だった。
でも、どこか空っぽだった。
人間の書く言葉には、ときに歪さがある。未完成さがある。
けれどその未完成な断片こそが、誰かの胸にひっかかる。
比較ではない。
競争でもない。
“書くか、書かないか”。
それだけが、自分の選べるたったひとつのこと。
あかりは再び、キーボードに手を乗せた。
画面の中のカーソルが点滅する。
何かを待っているように、静かに、焦らずに。
――それでも私は、書く。
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