第39話:AIと物語のこれから

 「AI時代の作家の役割とは?」


 オンライン創作ワークショップのタイトルが、画面上に表示されていた。

 主催は学生団体、参加者は十代から二十代前半の学生たち。

 あかりは、ゲストのひとりとして招かれていた。


 画面には十数人の顔が並んでいる。

 緊張気味の学生たち、カメラをオフにした参加者、背景をぼかしたまま話すファシリテーター。


 進行役の大学生が質問を投げかけた。


「小説って、もうAIでよくないですか? 物語っぽいものなら簡単に生成できるし。

わざわざ人が何十時間もかけて書く意味って、あるんですかね」


 一瞬、画面の空気が固まった。

 けれど、あかりは動じなかった。

 むしろ、その質問をどこか懐かしいように感じた。


 (かつての自分も、そうだった)


 秋葉の言葉を模倣したAIの文章。

 誰が書いたのかも分からない断章。

 でもそこに、自分の過去と誰かの記憶が重なっていた。


 そのとき、あかりは思い知らされたのだ。

 “物語”とは、言葉の並びではなく、“なぜそれを書くのか”という問いへの応答だということを。


 マイクをオンにし、あかりは静かに語りはじめた。


「たしかに、AIは“物語らしきもの”を、すごくうまく書けます。

私も、AIが生成した文章に驚いたことがあります。

でも、それが“誰かの心に残るか”は、また別の話なんです。」


 画面の向こうで、数人がうなずいたように見えた。


「私、以前あるAI生成の原稿に触れたとき、妙な既視感を覚えました。

それは、ある人がかつて書こうとして、でも最後まで書けなかった物語でした。

AIが残したのは、“言葉の形”だったけれど、

私が感じたのは、“なぜその人が書こうとしたか”という“理由”でした。」


 あかりは、自分が再構成した《風のあとで》のことを思い出す。

 誰にも届かなかったかもしれない言葉。

 書くことに挫折した誰かの想い。

 それを、自分の経験と重ねながら、ようやく言葉に変えていった日々。


「AIは、確かに“書ける”ようになりました。

でも、“なぜそれを書くのか”“誰がそれを書いたのか”という問いには、答えられません。

それを語るのは、人間だけです。」


 参加者のひとりが、マイクをオンにしてつぶやいた。


「……書くって、意味を問われる作業なんですね。

自分の中の理由を、見つける行為なんだ」


 あかりはうなずいた。


「そうです。書くことは、理由を言葉に変えることです。

そして、その言葉が、誰かの記憶や痛みや願いに触れるとき、

初めて“物語”になるんです。」


 しばしの沈黙があった。

 画面越しの沈黙は、たいてい手応えのなさを意味するものだ。

 けれど今は違った。

 その沈黙は、じっくり何かが染み込んでいくような、静かな余白だった。


 やがて、またひとり、画面越しの学生が口を開いた。


「……自分が、なぜ書きたいのかって、考えたことなかったです。

でも、誰かの痛みに触れるために書くって、ちょっとだけ分かった気がします。」


 あかりは、微笑んだ。

 その“ちょっとだけ”が、大切なのだ。


 かつて秋葉が語れなかった言葉。

 あかりが拾い上げた断片。

 そして今日、自分が語った“理由”が、

 また別の誰かに伝わっていく。


 それは、大げさな影響ではない。

 賞を取ることでも、話題になることでもない。


 ただ、「書くことは、誰かのためになり得る」という静かな希望の継承だった。


 AIがいる時代に、なお人が書く理由。

 それは“人が生きているから”に他ならない。


 ワークショップが終わり、画面がオフになったあとも、

 あかりの中には、まだ語り足りない言葉がいくつもあった。


 でも、それはきっと、次の物語に書けばいい。

 語るべきものは、まだたくさんある。

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