第8話 入学試験

「おはよう!少年!」

「うわぁ!?ルーク~っ!し、知らないおじさんが入ってきました~!」


翌日、朝早くにエイルの部屋に入ってきたのはターバンを頭に巻いた小柄な男だった。

褐色が良く、インディアン風な服装を身に纏い、小柄にも関わらず全体的に筋肉がついているのがわかる。

男はエイルが飛び起きたのを確認すると、隣のベッドで丸まっているルクヴェスに向かい、布団を引き剥がそうと試みた。


「起きろ少年!」

「…うるさ」


目覚めの悪いルクヴェスは、一言呟くとそのまま布団に深く包まる。しかし、男は気にせず彼の布団を元気に剥ぎ取った。


「シャキッとしろ!今日は試験日だぞ!」

「わかってるって…」

「お、起きたか少年!まずは腹ごしらえだ。下を降りてみろ!たくさんの朝食が用意されているぞ!しっかり食事を摂らないと、試験中に倒れてしまう!健全な身体作りには食事からだからな!」


では!と男はそのまま部屋を後にした。二人で彼の背中を見つめてみると、隣の部屋も同じ様にモーニングコールをしているようで、少年の悲鳴が廊下に轟いた。


「あの人、一体なんだったんでしょう…。」

「さあな。魔導院内にいるんだし、悪い人じゃねえだろ。ふぁ~ぁ…ねむ…。とりあえず支度するか…」

「そうですね!エイルくんお腹空きました~」


ベットから起き上がり、着替えをリュックから取り出した。

今日は試験だ。とはいえ試験の内容を全く聞いていない。一体何をするのだろう?

寝起きで余り働かない頭を回転させながら、ルクヴェスはシャツのボタンに手を掛けたその時ーー。


「キャーーー!!」


ルクヴェスの部屋からいくつか離れた、とある部屋から突然女の子の悲鳴が聞こえた。急いで向かってみると、既に人だかりになっており、少し遅れてエイルも着いたようで、ルクヴェスに近寄る。


「何かあったんですか?」

「そうみたいだ。…でもここからじゃ見えない」


人混みをかき分け、ようやく部屋の前に辿り着くと、目の前には半泣きで床にへたり込んでいる少女がいた。褪せた赤のセミロングを頭の上で左右にハーフアップにし、それをお団子にして結いている。少女の年齢はさほど離れていないように感じた。その少女は先程自分たちの部屋に訪れた褐色の男に文句を言っている。


「もー!ノックもせずに勝手に入ってくるってどういうこと!?」

「お、落ち着け、俺は別に何もしていないだろ?」

「人の部屋に入ってきたじゃん!!」

「う…そ、それはそうだが、これは先生からの応援というか…」

「そもそもわたし、あなたのこと知らないし!いいからさっさと出てってよ!!」


女の子は褐色の男の頬をペシン!と勢いよく叩き、男は”痛ァッ!!”と大声で悲鳴を上げていた。


「何の騒ぎだい?」


落ち着いた声のする方へ顔を向けると、昨日会ったヒスイがこの騒ぎに駆けつけていた。仮面のせいで表情は分からないが、心做しか少し声が低い気がする。彼の気配を感じ取った褐色の男はビクッと肩を震わせ、ゆっくりと振り向いた。


「ヒスイ?!いや、これは別に…」

「エルピス…まさか君、小さな女の子が好きなのかい?」

「ち、違うぞ!これは誤解だ!!」


褐色の男…エルピスは、ヒスイに誤解を解こうと足掻く。ヒスイが黙って静観し、暫くエルピスと冷戦状態になっていたが、途端にいつもの調子に戻りポンッと手を叩いた。


「さて、君たち。朝食は用意されているから早めに取っておいで。二時間後に試験を始めるから準備も忘れないように」


”さ、行くよエルピス”と首根っこを掴んだまま引き摺り、二人は廊下の先へ姿を消した。騒動が落ち着き、子どもたちは大人しく下の階に降り、食事を摂るのだった。






食事を終えたあと、ルクヴェスとエイルは人の流れに身を任せ、そのまま歩いていった。するといつの間にか、魔導院の入口に辿り着いていた。


時計の針が頂を差し、大きなチャイムが鳴り響く。

その音とともに、目の前に大きな机、そしていくつかの武器が現れた。転送魔術に驚き、ふと前を見るといつの間にか、身長が高く細身で緑がかったクリーム色の長い髪を一纏めにした、白衣姿の男がひとつ咳払いをして出迎えていた。


「うわっ、いつの間にいたんだよ」

「先程からいましたよ。まあ…いいでしょう」


一歩前に出ると、生徒たちの視線をひと集めにした男は試験の説明を始めた。


「皆さん初めまして。そしてイディナローク魔導院へようこそ。私はヴィクトン・ラプランシュと申します。以後お見知り置きを。私は最初の試験監督を一任されましたので、まずは試験内容からお話します。皆さんよく聞いて試験に望んでくださいね」


第一次試験の内容は、彼の目の前に置かれた武器を一つ選び、用意されている木人を殴るという至極単純なものだった。淡々と一通りの流れを説明している彼を横目に周りを見てみると、ルクヴェスとエイルの他に四、五十人の子どもたちが体育座りをして説明を受けていた。この中から一体何人が合格するのだろう。


「それでは、始めてください」


皆が恐る恐る武器選びを始め、そしてヴィクトンの前に向かい淡々と木人を殴る。その後、二つに別れた通路をそれぞれの子どもたちが指示を受けながら歩いて行った。ある者は短剣を、そしてある者は弓を…。

半分ほど挑み終えた頃、無表情だったヴィクトンが感心するように微笑む。


「皆さん、まだ身体が小さいのに力が強くて素晴らしいですね」

「先生ー!次私ー!!」

「はいどうぞ」


元気よく手を挙げたのは、早朝エルピスに驚かされて泣いていた赤髪の少女だった。少女は天球儀を手に持ってヴィクトンの前にやってきた。


「ルナ・ツヴァルトです!えっと、これどうやって殴ればいいかな?」

「そうですね、天球儀を回してみたらどうです?」

「うん!分かった!」


ルナは天球儀を勢いよく回した。すると木人は忽ち白く光りだした。提案した当人は予想外の反応にじっと木人を見つめ、拍手をした。


「ほう、本当に光るとは素晴らしいですね。こちらへどうぞ」

「え、知らなかったの?!ま、まぁいっか…」


首を傾げながらもルナは先へ進んでいった。

その頃、ルクヴェスとエイルは武器探しに必死だった。


「んー…何か良い武器ないかな…」

「ルーク〜!これ見てください!」


エイルに呼ばれて彼を見ると、彼の身長より一回り、否二回りほど大きい鎌を持ち上げて誇らしげに胸を張っていた。


「見てください!エイルくんこんな大きい鎌も持てちゃうんですよ〜」

「おお、すごいな」

「でっしょ〜?エイルくん実はすごいんです!」

「この武器を選ぶとはいいセンスですね。さあ、早く木人を叩いてご覧なさい」

「え?」


いつの間にか背後に立っていたヴィクトンがエイルの手を引いていた。エイルは未だ武器選びにしっくり来ていないのかいやー、と反抗していたが、そのままずりずりと連れて行かれ、木人の前に立っていた。エイルは大鎌を両手で抱え、恐る恐る見上げると、にっこりと笑うヴィクトンと目が合い、どっと冷や汗が溢れ出す。


「何か?」

「い、いえ、何でもありませんよ?」

「そうですか。なら、早く叩いてご覧なさい」

「は、は〜い…」


エイルはゆっくり大鎌を振り上げ、時間を掛けながら木人を思いっきり叩いた。一回振り下ろしただけで、疲れてしまったエイルは鎌を地面に置き、その場に座り込んでしまった。


「うぇーん、エイルくん疲れました〜」

「まだ試験は始まったばかりですよ。ほら、座っていないで先に進んでください」

「お、おにいさん辛辣~…」


よいしょっ、ともう一度鎌を持ち上げたエイルはそれを引き摺りながら”ルークー!お先に行ってますねー!”と手を振りながら大声で伝えた。


「エイル、合格してるといいな。…さて、どれにしよう」


エイルの大鎌はとても大きく重そうだった。試しに彼のように重量のある大剣を手に取ってみるが、筋力が足りておらず、振り回すことは疎か持ち上げることもままならなかった。大剣を元に戻し、他の武器を…と思った時、横から声を掛けられた。


「君もまだ決められてないの?」

「ああ…色々ありすぎて決まらないんだ」

「そうだよね。みんな早々に持っていっちゃうから数に限りがあるし」


視線を向けると、そこには黒髪の少年が先程ルクヴェスが手に取っていた大剣を見つめていた。紅と蒼の左右異なる色の瞳は、ルクヴェスがこちらを見ているのに気づき、にこっと微笑む。


「いきなり声をかけてごめんね。悩んでいるように見えたから気になっちゃって」

「別に…。あんたはもう決まったのか?」

「うん、今決めたよ。君もいい武器が見つかるといいね」


そう言うと黒髪の少年は刃先に銃が付いた大きな剣を肩に担いで、木人の前に向かって歩いていった。


「ノア・アカツキです」

「はい、どうぞ」


剣を両手で持ち、勢いよく振り下ろす。ヴィクトンは頷いたあと先へ進むように告げ、ノアは先に進んで行った。彼の後ろ姿をぼーっと眺めていたが、刻一刻と迫る時間に焦り、目の前の残った目の前の武器をもう一度よく観察した。

剣身がとても細く軽そうな剣と、反対に大きく重量級の大剣。

選ぶなら前者だろう。ルクヴェスは手に取って持ち上げようとした。だが、思いの外重く目を見開いた。


「おっも…!」

「おや、決めましたか?ほら、木人を叩いてご覧なさい」


またもや背後に立っていたヴィクトンに急かされ、ルクヴェスは木人の前に行く。


「ってか、この剣細すぎるだろ!どうやって殴るんだよ…」

「上から振り下ろせばいいじゃないですか。剣術の基本でしょう」

「わかってるけど…!」


ふんっ、と勢いよく振りかざし木人に当てた。すると剣はルクヴェスの手を簡単にすり抜け、その反動で宙を舞い、ルクヴェスは手の痛みに絶叫した。


「いってえええええ!!」

「あらあら、武器が飛んでいってしまいましたね。扱いには十分気をつけるように、とあれほど注意したというのに…。ふむ…まあいいでしょう。次の試験に望んでください。」

「ちょっと待てよ。少し休憩くらい」

「休憩はありません。ほら、座り込んでいるとお尻に根が生えますよ。早く先へ進みなさい」

「……ちくしょ」


ルクヴェスはふす、と機嫌を損ね、飛んでいった剣を拾いに行った。ヴィクトンを横切る寸で、なにか思い出したようにルクヴェスに声を掛ける。


「あぁ、そこの坊っちゃん」

「俺か?」

「その剣の名はレイピアと言います。もし試験に合格したら、しっかり武器を理解して使ってくださいね。剣士は剣術からですよ」

「…?ああ分かった」


あまりピンと来ないが故に曖昧に答え、次の試験に臨むべく先へ進んだ。

魔導院の中に入ると、先程の教師よりも若い女性教師が笑顔で出迎えていた。


「こんにちは!第一試験突破おめでとう!貴方は…右に曲がって真っ直ぐ進んでね!」

「あ、ああ」


廊下を歩きながら左右を見渡すと、誰か分からないが偉そうな長髪の男の肖像画、そして花や景色の絵画がいくつも飾られていた。

どの作品も綺麗だが、唯一違和感を感じた作品の前でルクヴェスは立ち止まってそれを眺めた。


「…何だこれ」


さっきまで見ていたどの絵画より、一際大きな額縁に飾られたそれは、黄金のトサカと蒼い瞳を持つ鶏だった。まるで見られているかのような威圧的な顔に眉を潜め先に進む。

そろそろ休みたい…。そんなことを思っていると聞き慣れた声で呼ばれた。


「ルークー!!良かった!受かったんですね!」


道の先を見ると、エイルが手を振って出迎えていた。相手の顔を見て、ルクヴェスも口角を上げる。


「ルークは何の武器にしたんですか?」

「これ」

「何ですか?やけに細い剣ですね~」

「”レイピア”って言うらしい。どうやって使うかわかんないけど、今度本読んでみる」

「へー、何かルークらしいですね!見てください!エイルくんの武器!」


自信満々に大鎌を持ち上げるエイルにルクヴェスは、はいはい、と適当に返しながら近くにあった一人用ソファに座って話を聞いていた。

周りを見ると、三分の一程生徒が減っている。きっと脱落者が出たのだろう。ルクヴェスは合格したらしく、ほっと一息吐いた。

先ほどあった赤髪の少女や黒髪の少年も合格したのだろうか。ふと彼らの顔が思い浮かんだが、日頃の疲れのせいか酷い眠気が襲ってきた。少しくらい休んでもいいだろう。ルクヴェスはゆっくり瞳を閉じ、身体を預けたーー。

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