第9話 試験再開

『ルクくん、起きて。もうお昼前よ』


優しい母の声がする。母は肩を揺さぶって俺を起こそうとしていた。


『ん、もう起きたよ。…どうしたの?』


俺はそう聞いていた。母は笑って手を差し伸べている。


『父さんがね、帰ってくるのよ』


その言葉で飛び起き、いそいで身支度を整えた。あれは幼い頃の記憶だ。

昔から断片的に夢で見る。幼い俺はうきうきした気持ちを隠しきれないまま、ダイニングチェアに座っていた。父さんは昔から家に帰ってくることが少ないため、帰ってくる日がいつも楽しみだった。

父は軍人で、いつもは戦場へ赴き、指揮をしているのだと、聞いたことがある。

軍人だからといって、厳しく怖い…なんて事はなく、父はいつでも優しかった。


『ただいま』


父の声がした。幼い俺は慌てて玄関へ走っていった。勢いのまま、父に抱きつくと、父は抱えてにこ、と微笑んだ。


『父さん!おかえり…!』


頭をめいっぱい撫でられ、嬉しそうに笑っていた。






「起きろ。…おい、聞いてるのか。起きろッ!」


パシンと頭上から音が鳴る。

何となく頭が痛い。父はそんな乱暴じゃないのに…。


「あれ」

「あれ、ではないだろう。試験中に眠るとはいい度胸だな」


目の前にいたのは黒髪の男性だった。なんだ、夢だったのか…。ルクヴェスは重たげな瞼を擦って大きな欠伸をした。


「とっとと支度しろ。…全く、魔導院生候補として自覚が足らんぞ」


その男性は生徒の前に立つとその大きな声で一喝した。自ずと背筋が立つ。

思考がハッキリしてきた頃、その男性を見ると、自分とエイルを魔導院に連れてきてくれたジアだった。ジアは先頭に立って子どもたちを誘導しながら、これから第二次試験が行われるのだと説明し会場へ向かって行った。

試験の内容は体力測定だった。全ての項目が終わる頃には皆、地面に倒れ込んだ。

ジアは彼らを見つめ、”ここで暫く待機だ”とだけ告げ、転移魔法でどこかへ行ってしまった。


「疲れた…」


ルクヴェスがぐったりしていると、心配そうに声を掛ける者がいた。


「大丈夫?」

「?...大丈夫。少し疲れただけ」

「そっか。それなら良かった」


見上げると、そこには雀色の髪をした少女がこちらをじっと見つめていた。未だ見つめる彼女を不思議に思いながら、ルクヴェスは思わず聞いた。


「あんたは大丈夫か?」

「んー、疲れてちょっと眠くなってきちゃった」

「だよな。俺もちょっと眠い」


二人でクスクス笑っていると、少女は思い出した様に水色の瞳を見開く。


「あ、自己紹介まだだったね。わたしはメノウ。メノウ・イスターチスっていうんだ!よろしくね!」

「おれはルクヴェス。よろしくなメノウ」

「ルクヴェス…じゃあ、ルクくんって呼んでも良い?」

「別に構わない」


快く了承してくれたことに、メノウは嬉しそうに微笑み、隣に座った。

見回すと、地面にぐったり倒れ込むエイルの隣にツンツン誂う青髪の少年がいた。どうやら新たに友人ができたようだ。”止めてくださいノイノイ〜”なんて初対面の相手にあだ名を付けて、じゃれている姿を見て、静かに呟く。


「あいつ、簡単に色んな友達作るな…」

「あの子はノイズくんっていうんだよ!すごく元気な子だった。ルクくんはあんまり人と話すの好きじゃない?」

「…別にやじゃない。けど、あんまり輪の中に入るのは得意じゃないだけだ」

「わかるかも!わたしもお話好きだけど、輪に飛び込むのはまだ怖いなー」

「…あんた、ナチュラルに俺に話かけてきたし、話すの大丈夫なんだと思ってたけど」


首を傾げるルクヴェスに、メノウはクスクス笑ってしまう。


「だって…っ、あなたまるで屍みたいな倒れ方してたんだもん」

「っ、うるせ!」


そんな談話を繰り広げていると、ヒスイが扉を二度ノックした後、室内に入った。彼が入ってきたのを他の子ども達も気付いた様で、さっきまでの気楽な空気から一変、張り詰めた空気に覆い尽くされる。集まろうとする彼らにヒスイはそのままでいいよ、と優しく一言告げて静止した。


「みんな二次試験、お疲れ様。疲れが溜まってるだろうけど、次の試験で最後だから頑張ってね。さて、最終試験の内容だけど…」


次はどんな試験が待っているのだろう。ルクヴェスはじっとヒスイを見つめ、次の言葉を待つ。すると、彼は懐から丸い透明の水晶玉を取り出した。


「この水晶に触れてもらって、少し僕とお話しよう」

「…は?」「え、それだけ?」

「うん。一人十分くらいで終わるからもう少し辛抱してね。終わった子たちは順に今日の試験終了だから、各自の部屋に戻って良いよ」


さっき迄の試験とは異なる呆気ない試験内容に、周りの子どもたちは驚きを隠せないでいた。ヒスイはパチンッと指を鳴らすと、彼の目の前に占い館の様なテントを設置した。ルナは魔術を見て、驚きながら声を上げる。


「すごい!占い師さんみたい!」

「ふふ、見かけだけだけどね」

「でも兄ちゃん仮面付けてるし、なんかうさん臭い占い師みたいだな!」

「壺を高値で売るやつですね~!」

「んー、何か褒められてる気がしないな〜」


ノイズとエイルが話す様子を見て、周りの子どもたちも緊張が解けたのか、クスクス笑っている。さて、と手を叩きヒスイはテントの中に入る。


「順番は君たちにお任せするよ。それじゃあ、僕は中で待っているね」


それから随時、子どもたちは一人ずつテントの中に入り、出てくる度に次の子が入るのを何度か繰り返した。

遂にルクヴェスの番となり、テントの中に入っていく。対面の椅子の間には丸いテーブルが置かれており、その上に水晶がひとつ置いてあるだけの簡易的な造りだった。


「いらっしゃい。それじゃ進めようか」


さあ座って、とヒスイはルクヴェスを椅子へ誘導した後、目の前の水晶に触れるように伝える。ルクヴェスは頷くと目を瞑り柔く触れた。すると水晶は透明から黄色く光り、中心が光輝いていた。

しかし、ほんの数秒で光を失い、透明に戻ってしまった。


「え…」

「なるほどねえ…」

「俺、なんか悪かったのか?」

「いや、とても綺麗だなって思ってね」

「なんだそれ」


ルクヴェスは呆れたような表情でヒスイを見遣る。ヒスイはどこか懐かしむように水晶玉に触れていた。

こうして問題なく三次試験は終了したのだった。

子どもたち全員の試験を終えたヒスイに、タイミングよくジアが顔を出した。


「終わったか」

「うん、無事終了したよ。ジアもお疲れ様」


転移魔術を唱え、片付けを進めている中、ジアは小さな声でヒスイに問いかけた。


「彼らはどうだった」

「ルクヴェスくんとエイルくんのことかい?二人とも魔属性持ちで身体能力も特段問題なかったよ」

「…そうか」


あまり表情が変わらない事で知られているジアだが、長い付き合いのヒスイにとって、彼が安堵しているとすぐにわかった。


「ふふ」

「何だ」

「あなたの反応がまるで父親のようで、微笑ましく感じただけだよ」

「…何だと?」

「いや、寧ろお母さんかな?」

「斬られたいのか」


不機嫌そうな彼にヒスイはまあまあ、とジアを宥めた。ジアなりに二人を心配していたのだろう。

片付けが終わり、ヒスイは書類を手に取った。


「後は学園長が決めることだからね。…けれど、きっと彼らなら乗り越えられるはずだ」

「…そうだな」


時計を見てみると、集合の時刻が迫っていた。二人はこの場を後にし、教師が集まる会議室へ向かった。






「あ、お疲れ様」

「あんたは…」


部屋を出て廊下を歩いていると、メノウとノアがこちらに向かって歩いていた。

先に終えていた二人は、廊下にある絵画を見て話をしていたようだ。それはルクヴェスが一次試験を終えたあと、気になって見ていた黄金の鶏の絵画だった。


「何でか分からないけど、見ちゃうんだよね」

「黄金の鶏なんて、実際いるのかな?」

「まさか、いるわけないだろ」


三人が廊下で談話していると、彼らに割り込むように”コケー!”と大きな鳴き声が木霊した。声のする方へ振り向くと、何と話題になっていた黄金の鶏が目の前にいた。


「「「…いた!」」」


三人をじっと見つめ、鶏はその後中央にある庭園に駆け出す。


「あ、待って!」

「え、ちょっとまさか捕まえるの?!」

「いいな、絶対捕まえる」


メノウが走り、ルクヴェスは面白そうとついて行く。ノアは困惑しつつも好奇心が勝り、二人の後を追いかけた。

学院内の庭園には見たことのない花や果実がたくさんあった。入り組んだ道を挟み、翼を広げながら走る黄金の鶏はとても速く、気が付くと既に見失ってしまった。


「あれ、どこに行ったんだろう…」

「あんた、走るの早いな…」

「え、そう?」

「はっ…はっ…ボクからしたら…二人とも早いよ」


遅れて着いたノアは、息を切らしてようやく二人に追いついたようだった。ノアは疲労のあまり鶏がいないのを確認すると、庭の上に仰向けで倒れた。釣られるようにメノウも楽しそうに仰向けに横になり、ルクヴェスも同じ態勢で空を見上げる。

すると不意にメノウが不安げな声で呟いた。


「…試験、受かってるかなぁ」

「不安なのか?」

「そりゃあそうだよ。全力で取り組んだけど…やっぱり受からなかったら悲しいもん」

「ふーん、ボクにはよく分からないなぁ」

「ノアくんは自信あるの?」

「勿論。やることはしたんだし、受かってる筈だよ。もし受からなかったとしても、チャンスがないわけじゃない。また努力すればいいんだ。ルクは?」

「なるようになる」

「ふふ、なにそれ」


あはは、と笑う二人に、ルクヴェスもまた釣られるようにへらりと笑った。


「あんな変わった黄金の鶏を見れたんだし、きっと受かってるはずだ」

「それって神頼み?…けどそうだよね!何か自信湧いてきた!」

「もし合格したら、ボクたち同期生だね。その時は、二人ともよろしくね」

「ああ」「うん!」


ここでの生活はどうなるんだろう…。不安はあるが、今日出会った人たちと一緒に学べると思うと、少し楽しみになってきた。とはいえ、ゆっくりはしていられない。自分にはやるべきことがあるのだから。


ルヴィもどこかでこの空を眺めているのだろうか。いいや、きっとそのはずだ。

心配が晴れるとともに今日の試験が終わった実感から緊張が解れていった。草木の風が靡く音を聞いているうちに三人はいつの間にか眠ってしまった。






寝息を立てる三人に、ついさっきまで追いかけていた黄金の鶏が、草陰から顔をのぞかせ、ゆっくり近寄った。次の瞬間、姿が変化し、顔の整ったキトンを纏う金髪の男が現れ、彼らを見下ろしていた。


「やはり元気な子どもは良いのう。これから先、どうなることか。いやはやこの子たちの今後が楽しみだ」


金髪の男はそのまま指を鳴らすと、三人を瞬間移動魔法で各自の部屋のベッドに移動させた。起こさないように魔法で布団を掛け、ひと仕事終えて背伸びをしていると、背後からヴィクトンが声をかける。


「ここにいらしたのですね。もう時期会議のお時間ですよ、学園長」

「うむ!今行くぞ」


金髪の男…学園長は、大きなテーブルを囲む部屋に向かう。そこにはジアやヒスイ、エルピスなどが既に座り、入ってきた彼をじっと静かに見つめている。一際豪華な椅子に座った学園長はニヤリと笑みを浮かべた。


「それでは決めるとするか。今期の入学合格者を!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る