第5話 ルクヴェスの過去

父親は名誉ある立派な軍人だった。


頭が良く博学だった父は、任務を終えて帰宅すると、うんと甘やかしてくれる、そんな人だった。困っている人がいたらすぐに手を差し伸べる、まるで太陽のような人だった。

父の部屋は大きな本棚がいくつも並んでいて、大きな書斎があり、紙のにおいがした。そんな賢明で優しい父が大好きだった。

けれど父はクロ−フィとの戦争の末、敢なく戦死してしまった。


父親の急死に気を病んでいた母は、その後また起こった戦争に巻き込まれて死んでしまった。俺たちを庇って。


その後、幼かった俺たちは生活に困って親族を訪ねたが、俺たちが親族に引き取られる事はなかった。というより、引き取ることができなかった。

故郷は戦火の海に晒され、街は壊滅状態。とてもじゃないが、子どもを養う余裕なんてなかった。


再び戦火に晒されたある日。

俺たちは急いで故郷から抜け出した。こんな戦争なんてないところへ逃げたかった。俺とルヴィはひたすら真っ直ぐ走り続けた。背後から聞こえる悲鳴、忽ち響く銃声に耳を塞いでひたすら走った。


逃げていた途中、対戦国のクローフィ軍の兵士に見つかった。その後の記憶は朧げだ。






「働けッ!貴様らは奴隷なのだぞッ!私の言うことだけを聞けばいいんだ!!」


子どもたちは毎朝、こんな罵声で飛び起きる。急いで身支度を済ませ屋敷の主に整列し跪く。


そんな罵声を横目に、ルクヴェスとルルヴィはクローフィの兵士に半ば無理やり連れていかれ、大広間に辿り着いた。そこには少し年上の優しそうな少年と少女が、まるで二人を待っていたかのように笑顔で出迎えた。


彼らに挨拶され、ルクヴェスは少年に、ルルヴィは少女について行くように指示された。


廊下に並ぶ自分らと然程年齢の変わらない青少年、そして少女たち。恐らく同じように親が死に、身寄りのない子どもが売られ、ここに来ている。

理由もなくただストレスをぶつけるために、暴力をされる少年、家事や掃除、世話をする少女。そして貴族に気に入られた子どもは…。


「今日からお前は来なくて良い」

「はい、かしこまりました。デュロ様」

「シサ。お前は、私の言うことを聞く好い子だった。八年間ご苦労だった」

「はい。こちらこそありがとうございました」


その少年は一つお辞儀をすると、ルクヴェスににこっと笑って部屋を出た。

目の前の貴族と二人きりになったルクヴェスは、何をしたらいいのか分からず、呆然としているとデュロが口を開いた。


「シサの代わりにしっかり働くんだ。わかったな?」

「あの、ぼくは何をしたらいいんでしょうか」

「なんだ、何も聞いておらんのか。なら、今聞いてきなさい。シサは食堂にいる筈だ」

「わかりました」


ルクヴェスは部屋を出て食堂へ歩いていくと、先程の少年がこちらの姿に気づき、再びにこっと笑った。


「あれ?デュロ様のそばにいなくていいの?」

「や、その事で聞きたいんだ。ぼくは何をしたら良いのかな…って」

「ああ、そういう事か。君は今日からデュロ様の身の回りのお世話をするんだよ」

「世話…?でも、そういうのした事ないし…」

「あはは、大丈夫だよ。世話といっても大方の事はメイドや少女がしてくれる。君は、デュロ様の望みのままに、身を委ねれば良いんだ」


ルクヴェスはいまいちピンと来ない様子で首を傾げると、シサはクスッと笑って耳元で話した。


「つまり、愛人の代わりって事」


シサはルクヴェスの頭を優しく撫でて、”頑張って”と呟いた。

言いたい事はたくさんある。しかし、それよりも気になる事があった。


「待って…あんたはこれから…どこに行くんだ?」

「僕はこれから最後の晩餐をするんだよ」

「最後の…?」

「そ、僕は用済みだし、食事が済んだら…処刑されるんだ」


少し俯いてから、もう一度ルクヴェスを見つめる。その真面目な表情に呆気に取られてしまった。死を前にして、怖くないのか。やり残したことはないのか…。そんなことを考えていると、シサはルクヴェスの鼻を摘んで、茶化す。


「デュロ様は幼くて顔立ちの良い少年が好きみたいだから、きっと君の事も気に入ってくれると思うよ」


シサはそう言って手を振ると、食堂へ姿を消した。






再びデュロの部屋に戻り、扉をノックする。名乗るよう追求された為、言われた通り名乗ると鍵が開き、二人のメイドに迎えられた。

軽くシャワーを浴びたあと、全身を黒の服に着替え、香水を振りかけられる。長い髪は赤いリボンで一纏めに結かれた。

中へ入ると、豪勢なソファにもたれかかるデュロの姿があった。ソファの前でお辞儀をすると、膝をつくように言われたため、膝を折り再びお辞儀をした。


「物覚えが早くて気に入った。シサほどではないが、良いだろう」

「…ありがとう、ございます」


その大きな手に撫でられ、ねっとりとした視線を誤魔化す様に、ルクヴェスは目を瞑った。






あれから数週間が経った。

ルクヴェスはデュロの欲望に忠実に従い続けた。他の子どもに比べ、食事は主に甘い果実を与えられ、高価な服を着た。そして犬のようにデュロの好みに躾られた。

食事が終わると必ず湯浴みをする。ずっと変わらず黒い衣装と年齢にそぐわない装飾品、そして嫌と言うほど香水を振りかけられる。きっと身体に染み付いているだろう。


そういえば、大人があまりいない気がする。今髪を梳かし、服を着せるメイドも、自分と然程年齢が変わらない。焦点が合わず、無言で仕事をこなす姿はまるで操り人形のようだった。


また、嫌な一日が始まる…。

だが、これも生きるためだ。


眉を潜めて一つ溜息を吐き、頬を軽く二回叩く。全ての支度が終えた後、バスローブを身にまとったデュロの前に差し出された。デュロの前で膝をつき一礼すると、気を良くした彼の大きな手に撫でられた。

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