第二話 2逃亡/1h

 逃げ出してから数十分経った。今の俺にとっては大衆のど真ん中に立つよりも路地裏の隅に背中をくっつけていたほうがまだよかった。

 自分は臆病なのだろうか。いやそんなことはない。誰だって知らない土地にいきなり飛ばされて怪物に話しかけられたら逃げ出すに決まっている。

 あれは捕食者の目をしていた。彼の前では俺はか弱い兎にすぎない。


 路地裏の冷たい壁のおかげで少しは冷静を取り戻してきた。ゆっくりと思考を再開させる。

まずは得た情報だ。この世界の住人と言葉は通じた。

あのリザードマンは確かに日本語を話していてイントネーションもかわりなかった。...そういえば親切な言葉をかけてくれていた。俺は臆病なのだろうか。

 

 そして重力も地球と遜色ないだろう。脱兎の如く逃げたおかげで...遅かっただろうが、普通に走ることもできた。また、走っているときに気づいたが、俺はいくつかのアイテムをポケットに入れているではないか。


 まずはスマホ。充電は十分にある。そしてワイヤレスイヤホン。こっちは死んでる。あとは花粉症対策のティッシュ...。服装は動きやすい格好をしている。比較的どれもほぼ新品だが、靴擦れしそうだ。


 この中で使えそうなのはやはりスマホだろうか。...やはり俺の異世界生活はスマートフォンとともに歩んでいくことになるのだろうか。

 当然圏外だし、使えることは限られるだろう。

充電は消しておいたほうがいい。電源を消そうとしたその時


「...おいこらてめぇこらおい、こら!おい!」


「ひっ!」


 へ、変な声が出てしまったではないか。突然怒鳴られた俺は振り返る。

 そこには背丈は俺と同じくらいの悪い顔をした男が1人、立っている。人族だ。

短刀をひっさげ、浅布でできた服に身を包んだ小汚い男は、俺が握っているスマホを訝しげに睨みながらこちらの様子を窺っているようだった。


「な、んでしょう?」


 俺は恐る恐る応答する。先程のリザードマンに比べれば、目前には慣れ親しんだ人間の姿があり状況に反して少し安堵感もあった。

 返答はしばらくなかった。こいつは「おい」「こら」「てめぇ」しかしゃべれないのだろうか

数秒の沈黙が続き、小汚い男は口を開いた


「...それなんだ、もしかして英雄達の遺物の一つか?」


...は?何をいっているのかわからなかった。...遺物とはなんだろうか。


「...これはただのスマホだ。ここじゃ何の使い道もない。きっとあんたの探してるものじゃない、から。悪いな」


 男が放つ異質な雰囲気に悪寒が走り、早々に切り上げ、その場を後にしようとする。


「ちょっとまて、”すまほ”なんて聞いたことがねぇな。魔力は感じねぇが薄ら発光してたが、どういう原理だ?よこしな」


 魔力、というワードに心躍らせたのも束の間、スマホにかなり食いついてきたことに面倒ごとの予感を感じる。こいうのは話を聞かないタイプだ。この世界の住人にとってはただの発光する板のはずなのにどうしてそこまで執着するのだろうか。おれなら得体の知れないものを欲しいとは思わない。どうするか


「...」


「よし、光属性魔法!マジカルフラーーーーーッッシュ!」


「はっ!?」


 決め台詞とともに、スマホのフラッシュ機能で相手を目眩すことに成功、怯んだ隙に逃亡することを決めた。


 異世界転移してまだ一時間も経ってないというのに。

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