第16話 ジルベルトさんからの命令

肉料理を口いっぱいに頬張るアレッサ。

ルディは山菜料理が気に入ったようだ。

ベルフィはエール酒を片手に焼き魚を食べ、ドルズ爺と楽しく語らっている。


俺はエール酒をグイっと飲んで、隣に座っているエリスに声をかけた。


「楽しんでる?」


「はい……」


豪華な食事にもあまり手をつけず、エール酒もほとんど飲んでいない。

やはりエリスは悩んでいるようだ。


「外に出ようか」


俺は手をそっと握り締め、彼女を立ち上がらせ、横の扉から広間を後にする。

廊下を歩いて適当に別の扉を開けると、誰もいない個室があった。

その中に二人で入り、エリスを座らせる。


「何か相談したいことがあるんだよね。何でも言ってみてよ」


「はい……『奈落の髑髏』のことです……」


「連中がどうしたんだ?」


「私が調査に同行したのはジルベルト様の命です」


「それは知ってる。報酬も前払いで貰っているからな」


「旦那様からの指示は二つ。レイドの調査内容の報告、それと『奈落の髑髏』の監視です」


エリスの言葉に俺は違和感を持つ。


以前にジルベルトさんは古代遺跡に興味があり、ラッカにやってきたと言っていた。

だから調査内容に興味を持つのはわかる。


しかし、どうして『奈落の髑髏』の動きを気にするんだ?


「『奈落の髑髏』はベルトラン王国の冒険者ではないと、旦那様は推測しておられます。彼等の素性や目的はわかっていません。もし彼等が国益を損なうような行動を起すなら、それを阻止せよと命を受けています」


それで『奈落の髑髏』の連中が、クリフ村に来ることをエリスは阻止したのか。


ベルトラン王国の国益をジルベルトさんが気にするということは、王国の関係者ということかな?


ただの大商会のご隠居様ではないとは思っていたけど。


エリスの言う通り、ラッカの冒険者ギルドでも『奈落の髑髏』の素性はほとんど把握できていない。


ベルトラン王国ではなく、隣国のトランテニア神皇国の皇都トラニアで冒険者登録しているらしい。


ジョルドさんから聞いた話だから、この情報は確かだ。


「奴等がベルトラン王国出身の冒険者ではないと、俺も聞いたことがあるけど」


「はい……そのことをジルベルト様も危惧されておりました。ラッカで私も彼等について調査したのですが、個々の能力が非常に高く、気配を消すことに長けているようで、尾行を残念する結果となりました」


『暗殺者』スキルを持つエリスが追跡を振り切られた?

それって彼女と同等の能力を奴等は持っていることにならないか?


俺はエリスの両手をギュッと握り締める。


「これからは、一人で『奈落の髑髏』を対処しようとしないでくれ」


「でも……これは私が旦那様に託された任務です。ノアには、この調査に同行をさせてもらっています。それに『不死の翼』の皆を巻き込むわけには……」


「それを言うなら今更だ。俺達がドワーフ達に招待された。奴等は拒否された。この時点で、俺達は『奈落の髑髏』から狙われるのは決定しているからな」


「でも、レイドを組んでいる皆にドワーフ達の情報を共有すれば」


「良い子のセインや、単純なブレイズは俺達の持ち帰った情報を信用するだろうな。しかし、『奈落の髑髏』の連中は絶対に信じない。なぜかといえば、奴等の性格がめちゃくちゃに捻くれてるから」


俺はそう言って、自分の頬に両手を当て、強引に表情を捻じる。


すると俺の変顔を見た、エリスは目を大きく見開き、次第にクスクスと笑いだした。

ドワーフ達と会ってから初めて見せる彼女の笑顔だ。


俺は表情を戻して、エリスの手を握る。


「俺達は仲間だろ。仲間は頼っていいんだよ。ベルフィもルディも、アレッサだって、同じことを言うはずだ。エリスが頼っても俺達は絶対に迷惑なんて思わない。もっと俺達に心を開いてくれ」


「はい……ありがとう」


瞳を潤ませてウルウルする彼女を見て、俺の頭に悪魔の声が囁く。


今、いい雰囲気じゃないのか……このまま一気に肩を抱いてしまえ。


待った、待った、相談に乗って、それに乗じて女性の心を射止めようなんて、卑怯だろ。


悪魔の声に対抗するように、俺の中の天使の声が。

このままでは理性が保てない。


「行こう。皆で宴会を楽しもう」


俺は素早く立ち上がり、エリスを連れて広間に戻ることに決めた。


扉を開けてると、室内が異様な雰囲気に包まれている。


酒樽を持って、各々に歓声をあげるドワーフ達。

広間の中央では、アレッサがドワーフと両手を組んで、力勝負を繰り広げていた。


「私に勝ったら、巨大メイスを貸してあげるわよ! でも私は負けないのだー!」


「ウゥガァァアアー!」


彼女に押されたドワーフが、必死の形相で抵抗する。

しかし、その体をアレッサが豪快に投げ飛ばした。


壁に激突して気絶するドワーフ。


俺がいない間にいったい?


慌ててエリスを連れて元いた場所に戻り、ドルズ爺が問いかける。


「何があったんだ?」


「若い連中が、アレッサ様の巨大メイスを検分したいと言いだしましての。それでこのような状況になった次第でして」


「なんとなくわかったよ。どうせアレッサがゲームを仕掛けたんだろ。私に勝った者にメイスを貸してあげるとか言って」


「どうしてわかったですじゃ? まさかノア様に先見のスキルが?」


「そんなスキルがなくてもわかるよ。アレッサは楽しいことが大好きだからな」


なんでもゲームや勝負に変えて、遊ぼうとするのは彼女の悪い癖だ。

長い付き合いで、どれほど俺も巻き込まれたことか。


「宴会だし、楽しいほうがいいよね。場も盛り上がってるし」


「僕達の言葉で、止まるアレッサではないからね。中途半端に止めようとすると怒られそうだし、彼女の気が済むまでドワーフ達に相手してもらうほうがいいさ」


ルディもベルフィも酔っているのかいい加減なことを言い放つ。

しかし、アレッサの扱いとしては正しい。


ということで、彼女とドワーフ達の勝負を、俺も観戦することに決めた。

俺の隣で、エリスも楽しそうに微笑んでいる。


『奈落の髑髏』……彼女に無理はさせられない。

何か対策を考えたほうがいいかもな。

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