Secret Track 02 清く正しくいこう
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私は――「ニカノール」。”トリシア大司教”メルキオール様に、七人いる”執事”の一人。
その中でも、私は”内務”を司る。施設、書類、研究、人員、そして――監視。
私の仕事は、トリシアの秩序を維持することだ。
そこに私情はない。意思もない。ただ正しくあるのみだ。メルキオール様の意志を、最も効率的に現実へと具現する”歯車”――秩序のために、正しいことをしようとし、正しいことをする。それが、私の“役割”である。
「メルキオール様。シラから長期フィールドワークの申請が届きました。『いい感じに報告するからよろしく☆』とのことです」
私は、皮肉の匂いを隠さず報告した。
「”勇者”。それに、”魔王の娘”がこのトリシア来ていることと何か関係している可能性もあります」
「なるほど。シラは、最近ますます自由になっていますね……」
静かな声。メルキオール様の眼差しには、冷たくも澄んだ光があった。
「想定外の事象も、こちらの『想定している想定外』であるならば構いませんが……。”勇者”、そして“魔王の娘”、そしてシラまで関与してくるとなると、こちらが『想定していない想定外』の可能性が出てきます」
眼差しが窓の外へ向けられる。
「引き続き、シラの動向を注視してください。そして、……例の件も……わかっていますね? ニカノール」
「承知いたしました」
そう言って私はメルキオール様の部屋を出た。
――ウィザード級研究員、シラ。
魔法少女、天才、異端児、混沌――彼女を評する言葉は多い。
だが、我々にとって最も厄介なのは、彼女が“自由”であるということだ。彼女の
その研究が有益ならば良いが、そうでない時は……。”役割”を逸脱する者は、秩序の敵だ。
”秩序”とは何か?
”
私は常に自問する。
”秩序”とは、支配である。
”役割”を与え、義務を定め、行動を規定する。それこそが、人々を混乱から救う唯一の方法だ。
幸福とは、自由の中にはない。幸福とは、「自分のすべきこと」がわかっている状態にある。だからこそ我々は、神の名の下に人に役割を与える。
自ら選ぶなど、傲慢だ。役割は与えられるものだ――神の、あるいは上位の者から。
“
“資質”を選び、枠組を定め、行動を規格する。それこそが、人々を幸福に導く唯一の手段だ。
これは、親が子に勉強を課すのと同じだ。子供が何を望むかではなく、何が与えられるべきかが重要なのだから。至極当然だ。
これは支配の正当化である。人々が幸せであるために与えられる”役割”。それが
それを否定しようとした者が、かつていた。その男の名はカーネル。自由を求めた彼は知らなくていいことを色々知ってしまった。
それを討伐した”勇者”。その”勇者”に何故か新たな
そして今、”魔王の娘”が現れた。何かを知っているかもしれない。
その娘と、”勇者”。さらにあのシラまで合流したとなれば――これは、予兆である。私が想定内で留めねば。
私は手に持った万年筆を軋ませた。
「ニカノール様」
部下の声に、私は思考を中断する。
「アリスタルコ様が、トリシア入りされたとの報告です」
思わず、書類を持つ手に力が入る。
「またあいつか……迷惑な……」
十年前。”フルールフェルト大司教”ラルヴァンダードの勇み足が、カーネルという存在を秩序からより逸脱させた。
結果、「討伐される」という“役割”を想定よりも早く与えざるを得なくなった――本来なら、その必要はなかったというのに。
アリスタルコは”フルーフフェルト大司教”ラルヴァンダートの”執事”。
何事もフィジカルで解決しようとする愚かな”執事”だ。私が理解できないほど愚かなことをする危険人物――。
ラルヴァンダート、そしてアリスタルコが動いたことで、カーネルは気がついてしまった。
結果、私たちが描く「正しい魔王の計画」とは異なる形で、カーネルは
そして、その歪みが、今また再び兆しを見せている。
「ラルヴァンダード卿とアリスタルコ殿には“ご自分の役割”を、思い出してもらう必要があるようだ」
メルキオール様は知っている。秩序が、時に“混沌”を必要とすることを。
”魔王”という人々にとって共通の“脅威”が存在することでこそ、人々は秩序にすがり、私達は力を得る。
”脅威”がなければ、”秩序”は脆くなる。”秩序”がなければ人々の幸福は存在しない。
だからこそ、皆に共通する“絶対悪”の役割は必要なのだ。それが”秩序”を安定させる。
人々が正しく恐れる”正しい魔王”を育てるために技術がいる。
魔法研究、軍事研究、人体研究――それらはすべて、今、私たちの制御下にある。
いや、これからもあるべきなのだ。
自由意思で動こうとする者たちが、私たちの意思とは別のところで、いまそれを結びつけようとしている。
……この事態。
あのシラをどう制御するかが鍵となる。彼女の”自由”が暴走し、”魔王の娘”が例の力に自覚することで、自らの意思によって”魔王”が誕生してしまうかもしれない。
だが、それは私たちが想定する“魔王”ではない。
私は静かに立ち上がる。
この”秩序”を守る者として、”役割”を全うせねばならない。
必要ならば、シラを止める手段も講じなければならないだろう。
好奇心は猫をも殺す。好奇心が生み出す”混沌”は”秩序”を乱す。
そして、あの“娘”。真に力をつける前に――その”役割”を、正しく定義し、私たちの想定内にしておく必要がある。
「よぉ。ニカノールさんよ。ノートガルドのネズミ騒ぎ。あれ、あんただろ」
この男……。いつも突然現れる。
「何のことですか?」
「まぁ、いいさ。知りすぎるとロクなことにならねぇ。でも、不景気な顔してんな。よっぽどあのお嬢ちゃんたちが気になるみたいだな?」
「いえ。まだまだ子供でしょう?」
「まぁ、そうだな。まだまだヨチヨチのお嬢ちゃんさ。だが、今なら簡単だぜ?」
「あなた方は何事も強引でいけません。正しきことは穏やかに進むのですよ。事を急いたことで、あなた以外の二人は先日の爆発事故で火傷をしたのではないのですか?」
「あれは雇った街のクズどもがヘマしたからさ。……あんなところで爆発が起きるなんて、誰が予想する? 宙に舞った小麦粉に火を引火させて倉庫ごと吹っ飛ばす……なんてな……。危うく俺も巻き添えを食らうとこだったぜ」
「それも強引なことをしたからなのでは? これ以上、想定外は勘弁してくださいよ」
「あまりあいつらの悪口を言うのはやめてくれ。『想定していない想定外のことが起きた場合は撤退』だ。あいつらにも口酸っぱく言っている。問題なしだ」
「……もう一方のほうはどうですか?ビッグス」
「そっちも今のところ問題なしだ。想定できる想定外は想定しておかないとな。”盗賊”は”盗賊”の”役割”をするだけさ」
そういってビッグスの気配はいつの間にか消えた。
私たちが想定していない混沌の花が咲く前に、その芽は――静かに、確実に、摘まねばならない。どんな手段を使っても。
それが私の“役割”だ。
そう――皆が清く正しくあるために。
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//next: "#09 READY GO!"
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