第4話 運命の番
「あっ。すみません」
ルアとは図書館で同じ本を取ろうとした時に、手が触れ合ったことで知り合った。まるで少女が好んでいような恋愛小説のような出会いだ。
この出会いさえも計画されたものだったのかもしれないが、それだけは私は信じたくない。
出会いさえも計画されたものだったら、本当にルアのことを恨んでしまいそうだ。
それぐらいに、私にとってはルアとの出会いは人生において大切なものだった。
ルアは大きな瞳が可愛らしい女性で、微笑むだけで周囲を明るくすることが出来た。天真爛漫という言葉が、実によく似合う女性だ。
「あなたは……」
オメガのルアの瞳が、私を映した。
その瞬間に、大きな瞳は蕩けてしまってた。そして、ルアは熱っぽい息を漏らした。
私もルアと同じようになっていただろうが、自分のことなのに覚えていない。それぐらいに、私はルアから目が離せなくなっていたのだ。
少年の頃に体験した初恋よりも激しく、私の心は揺さぶられた。その衝撃は、私が今までに体験したことのないものであった。
出会った瞬間に、私たちは互いが互いの運命の相手であると知った。誰に言われたものではなく、目の前の人物こそは一生を添い遂げる相手だと分かったのである。
運命の番なんて信じていなかった私だが、その時になって伝説を真実だと理解したのであった。
ルアの側にいるだけで胸がときめき、年甲斐もなく頬が赤くなった。まるで子供に戻ってしまったようで、恥ずかしかった。
私も若くはないので、恋愛経験ぐらいはある。
けれども、今までの恋愛感情はルアに向けられるものとは質自体から違うような気さえした。私は、ルアを独占したくてたまらなかった。
あまりに重すぎる感情だ。
この感情は、自分のアルファ性の本能からきていたのであろうか。アルファは相手を愛するあまり、支配欲をつのらせてしまうこともあるらしい。
ルアからは、とても良い匂いがした。
この香りを独り占めしたくてたまらなかった。
花のように爽やかで甘い香り。発情期にオメガが発する甘ったるいだけのフェロモンとは、ルアの香りは大いに違った。
彼女だけの香りは、簡単に私を惑わせた。
私は図書館のなかであるというのに、気がつけばルアを抱き寄せていた。他の誰にもルアのことを奪われたくはなかったし、離したくはなかった。
世界に一人だけのルアを自分の元に縛り付けたくてしかたがなかった。
これは、私がアルファだから抱く強い執着心だ。私は去るものを追わない性格だから、人に対して『誰にも渡したくない』『永遠に離したくはない』という気持ちを抱くのは初めてのことであった。
「あなたが……私の……。私の運命の人?」
ルアは赤い唇を震わせながら、私の事を見ていた。私もルアから目を離せなくなっていた。
さらさらとしたショートカットの髪も上気した頬も、ルアの全てが愛しくてしょうがなかった。
もしも、ここが教会であったならば、ルアに生涯の愛をすぐに誓っていたであろう。それぐらいに、私はルアに参っていた。
運命の番の出現は、それぐらいに人を狂わせるのだ。そして、その変化に嫌悪感すら抱かせない。
「ええ……そうです」
私とルアは、互いに名前を告げる前に唇を貪る。あんなにも甘美な口付けは初めであり、少年と少女に戻ったかのように私たちは互いを貪り続けてーー。
「公共施設でなにをやっているんですか!」
図書館司書に怒鳴られた。
私とルアは、運命の番に出会えた事を意気揚々と図書館司書に語った。その流れで、私たちはようやく互いの名前を知った。
互いの名前を知っただけなのに、それだけで私たちは二人の繋がりが強まった気がした。そうして見つめ合って、私たちは互いに気がついた事があった。
運命の相手に出会った興奮のせいで、図書館司書に対しての謝罪も疎かになってしまっていたのだ。私たちは、必死になって図書館司書に謝った。
いくら運命の相手を見つけたといっても公共施設の施設では、口付けなど慎むべきであった。そんな基本的なことさえも、私は頭から抜け落ちていたのだ。大人として恥ずかしい。
図書館司書には、沢山の子供だって訪れるのだ。危うく子どもたちに、私たちのキスシーンを見せつけるところであった。
周囲が見えなくなっていたと謝る私たちに、図書館司書は呆れかえる。
それでも、私たちを祝福してくれた。
図書館司書はオメガで、運命の番の伝説を心の底から信じていたのだ。ただし、私たち以外の運命の番は見たことも聞いたこともないという。
「私もオメガだから、喜びは理解できます。理解できていますけれども少しは周囲を気にしてください」
私とルアは、互いに反省した。
けれども、心には運命の相手と出会えたことに対する幸福感しかなかった。人生のなかでこれほどの幸福などは経験したことはなかった。
私は、ルアも同じ気持ちだと思っていた。そして、この気持ちは一生変わらないとも思った。
馬鹿らしいことだ。
ルアの気持ちは、ルアのものだ。
私たちは、たしかに運命の番であった。
しかし、今まで育った環境も違えば、考え方も違う。年月が経てば、気持ちだって変化する。
私は、大人だった。
だから、それをよく考えるべきだったのだ。
私は自分の運命の番に会えたことにの喜びのあまり、その事を失念していた。
普通の恋愛ならば考えて然るべき問題を失念して、私とルアは出会って半月後には結婚をした。
ルアの両親は亡くなっており、私の両親も「運命の番ならば」と積極的ではないが結婚には賛成してくれた。
結婚を決めるには交際の期間が短すぎて、私の親には少しばかり心配かけた。だが、それさえも「運命」という言葉でねじ伏せた。
私の両親は双方がベータであったから、運命の番に対する抗えない感情を理解できなかったのだ。
親たちには、アルファやオメガの友人が多くいた。
アルファである私を育てるに当たってのアドバイザーだった親の友人たちは、運命の番には抗えない気持ちを両親に説いてくれた。
彼らに説得されて、親は私たちの結婚に渋々納得したようなものだった。
この頃の私は、たった一つの恋に溺れる愚か者だった。けれども、知り合いのほとんどは私とルアの結婚を祝福してくれた。
運命の番に出会ったのだ。
これからの幸福は、決まっているようなものだった。
花嫁衣装のルアは、本当に綺麗だった。私たちは、街で一番小さな教会で結婚式をあげた。
小さくて可愛い教会で結婚式を挙げるのは、ルアの夢だった。幼い頃からのささやかな夢を叶えたルアは、嬉しそうに泣いていた。
こんなに幸せでいいのだろうか。
ルアは、そんなことを言っていた。その瞬間に、私はもっとルアを幸せにしようと心に決めた。
今は信じていない神にも誓った。
そして、これが幸せの絶頂だった。
私は常にルアを側に置いていたかったが、仕事はしっかりとこなさなければならない。一般人であるルアを王城の仕事場に連れていくことは、当然のごとく出来ない。
それに、部下たちもルアには負けるが大切な存在であった。
中隊を率いていた頃の私は、背中を預け合う部下たちをもう一つの家族だと思っていた。そのように部下たちも思ってくれており、私生活も仕事も順風満帆だった。
私が仕事で家にいない間は、ルアは喫茶店で働いていた。二人で暮らすだけの給料を私はもらっていたが、任務が入れば数日から数ヶ月も帰ってこれない事もあった。
その時間を一人で過ごすの寂しいとルアが言ったので、独身時代から働いていた喫茶店でのウェイトレスを続けてもらっていた。
喫茶店を営む夫妻は、両親がいないルアにとっては親同然の存在だった。結婚式にも招待して、私たちの結婚を祝福してくれた。
私の伴侶ということで、ルアが働く喫茶店には私の部下が押し寄せるようになった。
上司の運命の相手を見てみたいという考えからで、私が恥ずかしいから止めてくれと言っても部下たちは聞かなかった。
アルファの部下たちは特に熱心に喫茶店に通って、自分たちも運命の番に出会えますようにとケーキを食べながら願掛けをしていた。
部下たちにルアとの生活をからかわれるのは恥ずかしかった。
しかし、家族のように思っている部下たちに、ルアという素晴らしい伴侶を自慢したい気持ちもあった。そのため、部下たちの喫茶店通いも強く注意をしなかった。
ルアが勤める喫茶店は、あっという間に中隊の御用達の店になってしまっていた。私の仕事上の知り合いもやってくるので、喫茶店は常に軍人の顔があった。
あんまり軍人がひっきりなしにやってくるので、地味な店構えだった店は注目を集めるようになる。
そのうちに、中隊とは無関係の人間が面白半分で菓子を買っていった。そうして、レモンを使った菓子の旨さが街では評判になっていったのだ。
良くも悪くも群がる中隊の人間が、喫茶店の宣伝になったということであろう。
この一件で、ルアは名実ともに店の看板娘となった。無論、ルアは私の運命の番ということは有名な事実なので、彼女を口説くような命知らずも表れない。
軍人のアルファというのは世間一般的には恐ろしいイメージを持たれており、その結婚相手の手を出そうとする阿呆はいない。
私の見た目は厳つくはないので、実際の私を見たら舐められたであろうが。
私とルアの蜜月は、数年間にわたった。
毎日が幸せで恵まれた日々が終わったのは、突如のことだった。
私たちの中隊の情報が、敵である組織に知られるようになったのだ。
その頃、私たち追っていたのは危険な異教徒の集団であった。彼らは数こそ少なかったが拠点を次々と変えていて、叩くのが非常に厄介な敵であった。
異教徒たちの人数はたかが知れているはずなのに、私たち動きは読まれていて逃げられるばかりの日々が続いていた。
彼らは儀式ために拐ってきた子供を殺しており、人々に大きな不安を与えていた。だからこそ、戦争や魔物退治でもないというのに私たち中隊が派遣されたのだ。
国家に仇なす者は、叩き潰すというデモンストレーションもあっただろう。そんな政治の思惑を抜きにしても子供が被害者になっていた事もあり、部下たちの士気も非常に高かった。
中隊には妻子持ちも多く、子供が被害者になるということは他人事ではない恐怖だったのだ。
しかし、どんなことをしようとも私たちの作戦は異教徒たちに先読みされてしまっていた。
優秀な軍師でもいるのかとも疑ったが、それにしても異教徒たちと全く遭遇できないのは異常だった。こうも情報が漏れているならば、スパイがいる方が納得が出来る。
隊員たちも口には出さないが、スパイが自分達の側にいるのではないかと警戒しはじめていた。悪い傾向だ。
このままでいけば、背中を預けあう仲間相手に疑心暗鬼になってしまう事は明白だ。そうなれば、士気にも大いに関わることになる。
怪我人や死亡者が出る前に、問題を解決しなければならない。
私は上司に頼って、中隊を全員に対する調査を依頼した。仲間を疑うことに渋る上司であったが、隊の混乱を防ぐためにも調査は必要であると私は訴えた。
「それ、面白そうだな」
最終的に、私の意見の後押しをしてくれたのは見知らぬ少年だった。
彼は私の上司の机の上に座って、機密扱いのはずの書類に目を通している。部外者に許すべき行動ではないが、上司がなにも言わないので私は少年の存在を無視していた。
世の中には、突つかない方がよい藪がある。それぐらいは分かるほどに、私は歳をとっていた。
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