第16話 もうすぐ突入です
それから数日。
何事もなく準備は着々と進み、屋台用の道具や材料も運び込まれていきました。試作を重ねるうちに、リリナのスキルの使い方もぐんぐん上達して、ますますお店に並べるのにも不足はありません。
色とりどりのケーキやクッキー、タルト。それに名産品のキッシュ。お店自体は失敗する気はしません。成功する予感しかないです。でも――そのためにも、やっぱり商会のことが気がかりです。
「師匠、手元狂っているっすよ」
「えっ、あっ。ほんとだ!」
気がつけば、お祭りはもう明日です。
船に乗った時にはお店が成功するかだけを考えていれば良かったのに、いつの間にか私の肩には色んなものがのしかかっています。
城下の通りは、昨日までより色とりどりの布で飾られ、町の人たちの声もいつもより浮き立っていました。私の胸の中にも、緊張と楽しみがごちゃごちゃになった、不思議な高揚感が広がっていました。
……まあ、いろんなことを考えすぎて、ボウルから外れた生クリームがキッチンの作業スペースにべちゃっと落ちたんですけど。でもでも、それだけ頑張っているってことです。言い訳はさせてください。
「夕方のこと、考えているんすか?」
「うん、まあ、ね」
私は軽くため息をつきながらリリナに言います。
「ナギは予定通り?」
「潜入中かな」
もう一度生クリームを用意しながら答えます。
「アメインも今はばあやの家におとなしくしているっすかね」
「してるでしょ、護衛だし……多分」
ちょっと確実には言えないな……と、少し笑いながら生クリーム入りの生地を混ぜて言います。
「ゴローマ達は信用できるんすか?あたしまだそんなに……」
最初に襲われた時のイメージが強いらしく、伏せた目でリリナは言います。
「大丈夫だって。今だって町の見回りやってくれているんだし」
「もともとこの町の冒険者なんすよね?変装しているとはいえ……」
あの方たちは海賊の変装ってことで、前の冒険者時代の服装とは変えています。仮装している人も大勢いますし、バレないでしょう。多分。
冷蔵庫に生地を入れて一旦休ませます。私たちも小休止。ただしそんなに時間はありません。オーブンを予熱にセットし、キッチンの隅に王城の方が用意してくれた椅子があるので、それに座ります。
目の前では忙しく動くコックさんたち……って、あれ、ここの描写って前話でリリナが書いてましたっけ?
「よ、お二人さん」
ココンさんです。他の方たちは忙しそうなのに、今日も私たちに話しかける余裕があります。やっぱり……
「暇じゃないから。一応ミナモ達の担当だから」
やっぱり心が読まれた!?
「そんなこと思ってないですよ~」
「ふーん、ま、良いけど」
腕を組んで微笑んでくれます。クールだけど、やっぱり優しい印象。
「他のみんなは?昨日の話の件?」
「まあ、そうです」
「大変だね。私も巻き込まれたんだけど」
「……ごめんなさい」
昨日――ココンさんのことを巻き込む出来事がありました。それはまた後で。
「ま、良いけど。じゃ、頑張ってね」
ココンさんは手をひらひらと振り、コックさんの中に消えていきました。
「さ、て、と。続きやろっか」
「はいっす」
さっきとは別のボウルに卵を入れます。私がそれをほぐしている間に、リリナは牛乳と薬草製の砂糖を温めていきます。
「師匠と肩を並べられるなんて光栄っす~」
「もう、大袈裟だなあ」
思わず笑っちゃいます。リリナのを私のに少しずつ入れたら、濾してひとまずは完成。リリナにカラメルを作ってもらっている間に、私はさっきの続きをやります。
あらかじめ錬金で作っておいた型に、寝かせておいた生地を流し入れます。
「そういや師匠、言ってたのもレンキーンってしたんすか?」
「あ、うん。作ったよ」
私も武器が無くっちゃ心元ないんです。何を作ったかは……まだ秘密です。
余熱をセットしておいたオーブンに、型に入れた生地を入れます。
「ふー……こっちはあと焼けるのを待つだけ。そっちは?」
「蒸したら大丈夫っすよ」
そう、今作っているのはマドレーヌとプリン。少し前の日にちから色々と作っているんですけど、結構ギリギリです。
本当は一日かけて作っていたかったんですが……
「師匠、あれっきり落とさずに出来たっすね」
「あー、バカにした」
「いや~、大変だと思っただけっすよ。だってこの後、商会にカチコミっすよね?」
リリナは小さな声で言います。そうなんです。この後商会に行って会長を懲らしめに行くんです。その間の調理はリリナに任せるんです。ですですです。あー、なんか緊張で思考が空回りしてます。
オーブンの小窓からのぞくと、ふくらみ始めたマドレーヌの表面がほんのり黄金色に変わってきていました。甘い香りが立ちのぼり、胸の奥の不安を一瞬だけやわらげてくれます。
……けれど、まだ終わりじゃない。お祭りと、商会への一手。どちらも絶対に失敗できません。
「じゃあ、ここからはあたしに任せるっす。師匠は、思い切り行ってきてください」
リリナが真剣な目で私を見ます。その視線に背中を押されて、私は深くうなずきました。
心の中で「大丈夫」と何度もつぶやきながら、私は深呼吸をしました。
お祭りの前夜――。
もう、ここまで来たんだ。
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