第4話 井戸とかまどと魔王①

魔王領の首都、グランフォルティスの朝。


霧が石畳をうっすらと覆い、街のざわめきが目覚める少し前。

その静かな時間に、サクラは市場庁舎の調理場にいた。


手には、ふわふわに焼き上げたパン。

昨日、自分で焼いた、ちょっと自信作だ。


石の台にはパン屑が散らばり、ゴブ太は額の汗をぬぐい、オークンは薪の束を肩に担いで立っていた。


「なぁ、サクラちゃん……昨日の水汲み、マジきつかったんだけど」


ゴブ太が情けない声をあげ、緑色の腕をぶんぶん振る。


「ゴブリンってさ、力ないんだよ。縄を引くだけで、腕がプルップルすんの」


「ハハハ、そりゃ大変だな」


オークンが笑いながら、自慢の筋肉をドンッと叩く。


「オレなら秒だけど、毎日やってるやつはきついかもなー」


サクラはパンをくわえたまま、ふむ、と首をかしげる。


「井戸かぁ……水は料理の命だし、一度見に行ってみない?」


その提案に、ゴブ太の目がキラリ。オークンも元気よく頷いた。


「いいね! 行こう、サクラちゃん!」


三人は埃っぽい調理場を抜け、市場庁舎の裏手へ。


霧の中を歩くたび、靴底に湿った土がまとわりつき、制服の裾がじんわりと汚れていく。

でも――サクラの心は、それ以上にワクワクしていた。


裏手にある井戸は、直径2メートルほどの立派な石造り。


苔むした縁に縄が巻かれ、木桶がぶら下がっている。


その隣では、小さなゴブリンの子どもが汗だくで縄を引いていた。

腕をぷるぷる震わせながら、水を汲み上げている姿は――見ているだけでしんどそうだった。


「うわ……これはキツいね」


サクラは思わず目を見開いた。


日本じゃ蛇口ひねれば水が出るのに。

ここじゃ、人力。しかも子どもが……。


「これ、毎日やってるの?」


「そうなんだよ〜! オレたち、力ないからさ。子どもなんか、泣きながらやってんの」


ゴブ太が眉を下げ、オークンが井戸の縁に手を置いて唸る。


「サクラちゃん、何かいい方法ねぇかな?」


サクラはパンを飲み込み、そっと目を閉じた。


――確か、昔の授業で見たアレ……!


「鶴瓶式にすればいいんだよ! てこの原理を使えば、力が半分で済む!」


「つ、つるべしき?」


「なんだそれ?」


ゴブ太とオークンがぽかんとした顔を並べる。


サクラは近くの棒を拾い、湿った地面に図を描き始めた。


「ほら、こう。長い棒の真ん中を支点にして、片方に桶、もう片方に重り。重りが下がれば、桶が上がるの!」


「おおおーっ、なるほど! それなら子どもでも楽勝じゃん!」


「よし、やってみようぜ! オレ、材料取ってくる!」


三人は走り出した。


市場庁舎の物資置き場。


オークンが太い丸太をひょいと肩に担ぎ、ゴブ太が縄と石を抱えて戻ってくる。


サクラは井戸の横で支点用の石を配置しながら、きびきびと指示を飛ばした。


「ゴブ太、縄はここに結んで! オークン、丸太をこの石の上に置いて!」


ドスン、と重たい音を立てて丸太が据えられる。

そして――サクラの手で、即席の鶴瓶式井戸が完成した。


「……試してみて!」


恐る恐る棒を押した小さなゴブリンの子。


すると――重りがスルッと下がり、桶が軽々と上がってくる。


「わっ、軽っ! すっげぇ!」


「やったぁ!」


子どもの笑顔。ゴブ太の歓声。オークンのガッツポーズ。


そして、サクラの頭の中には――もう次のアイデアが浮かんでいた。


「よし、水がクリアできたなら、次は……かまどだね!」


「かまど!? どうするんだ、それ?」


「火力を上げれば……ステーキが焼ける!」


「ステーキ!? なにそれ!? うまいのか!?」


「めっちゃ美味しいよ。外はカリッ、中はジュワッ、肉汁がドバッ! って感じ!」


オークンとゴブ太の目が、同時にキラーンと光った。


「……サクラちゃん、その肉、オレにも食わせろよ! 絶対だぞ!」

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