十二

 鋭く息を吸い込みながら俺は意識を取り戻した。四肢が強張った様に力んでいて身体を起こせない。混乱した頭で視線だけが忙しくあたりを見回す。二つのおわん型の影の向こうに折り重なる木々の枝と、白んできた夜空に細い月が見える。

 呼吸を少しずつ落ち着けながら周りを確認すると、俺はどうやら山道の路肩に仰向けに寝転がっているようだ。向こうに停車したタクシーのハザードランプが点滅しているのが見えた。


「気が付かれましたか?」


 上から声が降ってきて俺は間抜けな声を上げながら身体を起こした。取り乱しながら身体を起こしたので、相手の体を押してしまった。

 ふんわりと柔らかな感触が手に伝わる。地面についた手に砂粒が食い込みちょっと痛い。少しずつだが現実に戻ってきたんだと実感できた。

 頭が冷えるにつれて、心配そうに俺の顔を覗き込む髪の長い女性の表情が目に入ってきた。それはタクシーに乗ってきたあの女性だった。乗車の時に感じた不気味な感じはなく、何処となく上品な感じで地面に腰掛けている。その姿は何の変哲もない、普通のお嬢さんだった。

 俺はつい今し方まで、このお嬢さんに膝枕をされていたらしい。


「大丈夫ですか?」

 

 女性は心配そうに尋ねてきた。体はもう何処も痛くなかった。さっきまで感じていたものが、全て夢だったかと思うくらい、体の何処にも異常はなかった。

 いや、それどころかここ数年で一番体が軽かった。無くなって初めて気がついたのだが、体の左側が妙に軽く、今までの日常はずっと左半身がだるかったことを初めて自覚した。

 俺は訳が分からず、言葉を発する事ができなかった。


 

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