エピローグ「ふたりで編む日々」
それからのふたりは、旅を終えたわけではなかった。
交渉の大きな使命は果たされたが、ミサとレティアの日々は、変わらず言葉と想いに満ちていた。
ふたりは小さな町に腰を落ち着けた。
旅の途中で出会った人々の中でも特に印象深かった、山あいの温泉地。
四季の移ろいが美しく、春には桜、夏には緑、秋は紅葉、冬は雪が舞う静かな場所。
ふたりで選んだその地に、小さな木造の家を建てた。
ミサは日中、町の小さな図書館を借りて、交渉の記録を書き続けた。
過去に関わった魂の話を記憶に残すためではなく、“これからの誰か”が同じような迷いを抱いたとき、寄り添えるようにと。
レティアは町の子どもたちに剣術や護身術を教え、時にはミサに頼まれて絵を描いたりもした。
昔から不器用な筆致ながら、どこかやさしさがにじむ絵だった。
それをミサは「とても、あなたらしい」と笑って、机の上に飾った。
日々はゆっくりと、しかし確かに積み重なっていった。
ある日、ふたりで出かけた丘の上で、ミサがふいに呟いた。
「最初はね……この旅の終わりに、自分が何かを“成し遂げる”ことばかり考えてたの。でも今は、“誰かと一緒に続けていくこと”が大切なんだって、ようやく思えるようになったの」
レティアは静かにミサの手を握った。
「ミサ。お前が誰かを救おうとしたように、今度は私が、お前の“いま”を守っていくよ」
ふたりは肩を寄せて座り、山の向こうに沈む夕陽を眺めた。
静かで、豊かで、何より“ふたりで過ごす時間”がそこにあった。
季節は巡る。
ある年の春、ふたりの家に一通の手紙が届いた。
かつてミサが対話を試みた村からだった。
そこには、「新たな交渉者を育てたい」との言葉と共に、ミサの教えを受けたいという願いが綴られていた。
ミサは迷わなかった。
「会いに行こう」と言ったその瞳には、もう“恐れ”ではなく、“期待”が宿っていた。
ふたりは再び旅に出た。
今度は使命ではなく、選び取った愛の形として。
そして、それはふたりの関係をより深く繋ぐ時間になっていった。
旅の帰り道、町に戻ったミサとレティアは、家の前の庭に一本の木を植えた。
「名前はあるの?」
とレティアが問うと、ミサはふふっと笑った。
「“交響樹”。だってこれは、あなたとわたしが交わしたすべての想いの記録だから」
その木は、少しずつ、けれど確かに育っていく。
ふたりの毎日のように。
夜、星の見える丘の上。
ミサがそっと言った。
「あなたと過ごす日々は、私にとって“終わりのない対話”だと思うの」
レティアが微笑んで頷く。
「なら、その対話、永く続けていこう。お前の言葉が続く限り、私はその隣にいる」
ふたりは静かに手をつなぎ、風の音を聞きながら、夜空を見上げた。
“わたしと、あなたで編んでいく未来”。
それは今も、静かに、確かに続いている。
そしてこれからも、ひとつひとつの想いを丁寧に交わしながら——ふたりで歩いていく。
どこまでも、いつまでも。
『ユニークスキル【交渉の極意】で異世界転生しましたが、なぜか剣も魔法も最強でした』 あらやん @arataworks
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