第4話

ちょうど流れていたテレビから、アナウンサーが天気予報を読み上げる声が聞こえた。これから雨が降るらしい。窓を開けたままにしていることを思い出し、俺は兄貴の部屋へ向かった。


もう外はすっかり薄暗い。

俺は電気をつけると、窓を閉めた。

もう部屋の主はいないのに、なんだか兄貴がそこにいるような気がして辺りを見回してみるけれど、当然誰もいなかった。


「幽霊でもいいから会いにきてくれよ」


狭い部屋に、ぽかりと浮いては沈む声。


兄貴はどう思っているのだろう。

それが聞きたかった。


収納棚の上にある兄貴の私物を、1つずつ手に取ってみる。これは兄貴の愛用していた香水だ。もうひとつの香水は、サクさんが形見分けでもらっていったと父親が言っていた。


この匂いのせいだったのかもしれない。

兄貴がずっとここにいる気がしたのは。

シュッと1度だけ、吹きかけてみる。

兄貴がより近くにいる気がした。

気づいたら兄貴はこの香水を使っていた。

気に入っていたのだろう。俺と会う時もいつもこの香水をつけていた。


その隣には、兄貴の部屋にあったであろう茶色と白の模様の猫の人形が置かれている。猫好きなイメージはないし、そういう人形など買うキャラでもなかったのだが、きっとファンからの貰い物か何かなんだろう。


人形を戻そうとすると持つ手にひんやりとした違和感を覚えた。

猫のちょうどお腹のあたりに、チャックが付いているのだ。

試しに黒いジッパーを横に引いてみる。

しばらく開けられていないジッパーは固くなっていたが、思い切り力を込めると、鈍い音と共にそれは大きく口を開けた。

 するとそこには、手のひらサイズの黒い何かが入っていた。


 そっと取り出してみると、それはiPodだった。

 竪型の今はもう店頭では見ないタイプだ。上半分が液晶で、その下に円形のボタンがついている。少なくとも10年も前のものだからかなり古い型のものだけれど、状態は悪くなかった。

 電源を押しても明かりがつくことはなかったが、充電すればすぐに使えるだろう。

そう思ってポケットに入れたのは、兄貴の好きなミュージシャンの音楽が聞きたかったわけじゃない。

兄貴が作った曲が入っているかもしれないと思ったからだ。


兄貴はバンドのメインコンポーザーを努めていて、曲を作りだめすることが多いと話していた。

となると、この中に兄貴の作った未発表曲が入っている可能性がある。誰も知らない、誰も聞いたことがない、幻の曲が。


それを聞いたところで兄貴の死の理由などわかるはずはないのだし、別にこの曲を使ってどうこうするつもりもない。ただ俺は、何も言わずに消えていった兄貴のことなら、何でも知りたかった。


 あの夜に、誰よりも近かったはずの兄貴との距離が、誰よりも遠かったことを思い知らされたからだ。








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