第2話 ?月?日


「はぁはぁ…」

人通りの多い道をただひたすらに走り続ける。何が目的なのか分からずに足を動かし続けているが、止めてはいけないと本能が語り続けていた。

「はぁはぁ…」

余裕など何処にも無いが、後ろを少し振り向いても追いかける存在は何処にも居ない。

「はぁはぁ」

ただ、何かに追われる恐怖は消えずにいた。

「はぁはぁ…!?」

変わらず走り続ければいいと思っていた自分をこの瞬間に呪い、衝撃の走った腕を手で抑える。何が起こったのか分からなかった。それが恐怖だった。どうして?と云う感情が奈威を支配し、終わりの見えない恐怖が続く。精神状態はすでにボロボロだった。

「はぁ…ぁ!!」

息切れでまともに声が出ないが、左腕を見て奈威は絶句した。

「な…に?」

抑えている部分からの出血に気付いた瞬間、奈威はパニックになりそして痛みが沸沸と込み上げる。

「あぁあぁあぁ!」

唸りとも思える声でその場に蹲り、反射的に左腕を強く握り締めた。そして、痛みを誤魔化そうと必死に太ももの裏をつねる。だが、左腕も痛みはそれ以上であって、痛みを紛らそうなんて無理だった。

「ばーか」

そんな痛みに耐えていると、聞いた事のない声が奈威の耳に入ってきた。何かと後ろを振り返る。

「誰?」

「おいおい。忘れちまったのか?」

ケラケラと笑いながら、黒い服に黒い帽子、黒いサングラスを羽織った男が拳銃の銃口をこちらに向けながら言った。

「誰…なの?」

「なんのつもりか分からんが、演技ならやめろ」

演技などではなかった。この男に追われているから僕は走っていたの?なんで僕は撃たれたの?そもそもどうして追われているの?そんな疑問が奈威の頭の中を横切る。

「ごめん…」

「ふざけんな」

項垂れている奈威の頭を男は鷲掴みにして顔を近づける。

「ごめん…」

「それしか言えねーのか」

「助けt…」

言葉を発し終える前に響くのは銃声だった。

「…ぁ」

視界が真っ赤に染まり、今にも落ちそうな意識がしっかりと銃口の煙を確認する。「撃たれたんだ。」そう気付いたのは言うまでもなく、平行線に恐怖からの解放でホッとする気持ちも出てくる。そして、過去に行ってきた悪事や家族との思い出が走馬灯でも見えるのかなと最後の期待をしたが、走馬灯すら出てこない現状に奈威は嘲笑し、笑いながら死のう。と奈威は思い、ほぼ無い意識と体力で笑顔を——、

「奈威!」

僅かな意識の中、聞こえたのは男の笑い声でも、外野の悲鳴でもなく、

「奈威!」

見覚えのある顔、今にも泣きそうな顔でいる、雷那だった。

どうしてここに雷那がいるのか。なんで泣いているのか。訳のわからない現状に奈威の思考は完全にスットプしてしまう。それは死を遅らせる程であった。

「邪魔だどけ!……奈威!奈威!」

野次馬、そして男を無理やり退かして雷那は奈威に近づく。そして、大丈夫かと何回も何回も肩を揺さぶる。

「や…めろよ…傷が痛む…だろ」

「うるせぇ、奈威!死ぬなよ、死ぬなよ!痛い思いするのは俺もなんだぞ!」

「…はは」

「おい!おい!」

だが、その言葉に答える人は居なかった。

奈威が最後に目にしたのは何故か拳銃の銃口を自分の顳顬に向けてを泣いている雷那の姿だった。


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