第四章・エアと仲間と
第34話・この辺で温泉が出る場所ってある?
ギルドの依頼を果たしてから早一週間。
エアは勢いよく台所のドアを開けるなり、彩り豊かな料理が並んだ食卓に着く。
そして皿から立ち昇る湯気を吸うや否や、半ば無理やり押さえ込んでいたお腹の虫が盛大に鳴った。
「だらしないですよエア。淑女たるものどんな時でも優雅に振る舞うべきです」
「生理現象は制御できないもん。ご飯食べる時ぐらい気を抜いたっていいじゃん」
反論するなり更なるがみがみ追撃がやってきたものの無視する。
気を回してくれるのは良いのだが、何事にも限度というものがあるのだ。
「すみません、ギュシランさん。お待たせしてしまって」
調理後の鍋を洗い終わり、綿の布で手を拭いていた同居人に声を掛ける。
黄色いエプロンを
「別に。お前の方こそ随分と忙しくなったな」
「お陰様で、撒いた種が芽吹いたみたいです」
そして料理となった生命とご飯を用意してくれたリティに心の中で感謝を述べ、真っ先に黄色いスープへと手を伸ばした。
(んー!!)
スプーンですくった液体を口に入れた瞬間、トウモロコシのほどよい甘みと塩味が舌を優しく包みこんだ。
幸せの波に包まれながらごくんと喉を鳴らすと、今度は爽やかな風が口内に吹き上がる。
(ふわぁ、幸せだー。働いたあとのご飯は格別だね)
「午前中は何人客が来たんだ?」
「3人ですね」
言って、パンプキントマトのサラダを一口頬張る。
これまた絶品で、思わず舌鼓を打ちそうになってしまった。
(ギュシランさんの料理技術はもう全然アタシより上だな)
エアも料理の腕には自信がある。
事実、村にやって来た当初はリティとさほど変わらない力量だった。
しかしながら生活を続けるうちに、彼の技量はすっかりとエアを追い抜かしてしまったらしい。
「午前だけでそんなにか。休む暇も無いな」
「いえいえ、むしろ今までが暇でしたからちょうどいいですよ」
『エアのお悩み相談所』は、創設したての頃に比べ客が訪れるようになっていた。
そしてエア自身も驚いたことに、アルフ村の外から来た人間も多い。聞けばギルドでの紹介によって訪れたとのことである。
見事にエアの目論見が当たったわけだ。
(当然お客さんが増えれば報酬もあるわけだし)
日々の生活をお裾分けの食材で過ごしていたブラウジング家にとっては、大助かりだった。
食べるだけなら何とかなる。
だが世の中には、お金でしか買えないものが一定数存在するのだ。
「依頼で困ったら相談しろよ」
パンを胃の中に放り込んだリティがさらりと言う。
客が増えたことは良いことばかりではない。
当然母数が増えればエアには解決できない問題も増えるわけで、仕事を完遂出来ない依頼も出てきていた。
機械どころか、専門の人間が集まったところで太刀打ちできないだろう内容もそこそこ存在していた。
「ありがとうございます。今のところアタシの手に負えない依頼は断っているので、何とかなってます」
しかしながらそこは『お悩み相談所』と銘打っていたことが功を奏していた。
自分に出来ない案件は解決できる人や場所に誘導している。
残念ながら自分の取り分はゼロに等しくなってしまうものの、それでも何も対応しないよりかはマシだ。
「そうか。それならいいんだ」
曇った表情のまま彼はスプーンですくったスープを
こんなにも美味しい料理の数々だというのに、食事中のリティは終始浮かない顔のままだった。
(んー?)
理由を聞きだせないままあっという間にご飯を食べ終えると、リティは淡々と洗濯へと行ってしまった。
ちなみにエアはというと、昼ご飯の後片付けである。
「どうしちゃったんだろ。体調でも悪いのかな?」
食べ終えた食器を洗いながら呟く。
貯水槽に貯めたばかりの水は非常に冷たい。しかし日々暖かさを増す季候のせいか、手に伝わるひんやりとした感覚が逆に心地よい。
「否定。体温や発汗、心拍音に異常はありませんでした。身体の問題ではなく、気持ちの方に何かあるのでしょう」
「何かって?」
「
「そりゃそうか」
最後の皿を洗い終えると、貯水槽のつまみをもとに戻す。
そしてびちゃびちゃになった手を、洗面台横の突っ張り棒に掛けられた布で拭いていく。
(こんな可愛らしい柄あったっけ?)
花柄の見覚えの無いタオルに心を奪われた直後、ふと窓の外に現れたブロンド髪が目に入った。
リティである。
「ギュシランさん、なんだか動きにキレがないね」
洗い終えたばかりの洗濯物を詰め込んだカゴを持ち、物干し竿に掛けていく。
いつもは淀みの無い滑らかな動作でこなしていくというのに、今日は何処となくぎこちなかった。
「推測。やはり何かに悩んでいるのかもしれません」
「アタシの知らないところで何かあったのかな?」
「むちゃぶりばかりするエアのことを
「まーたそうやってすぐに人を悪者にする」
いわれのない文句に、強く喉を鳴らして
「事実でしょう?」
「それはそうだけど」
相棒ならもうちょっと手心が欲しい。
(でも確かに迷惑かけ過ぎてるかも)
仕事で役所に申請が必要になった時はもちろん。分担しているとはいえ、家事もやって貰っている。
また、機械弄りに重要な
(あれ?)
「もしかして――もしかしなくとも、とっても負担掛けてる?」
「ようやく気付きましたか」
左目が呆れたように述べる。
しかしエアは相方の言葉を黙って受け入れざるをえなかった。
リティにはリティの生活があるのだ。
役人としての実力を維持するために、彼が毎朝剣や魔法の鍛錬を重ねていることを知っている。
また、家事の隙間に書類仕事をこなしているのもエアは認知していた。
「アタシよりも全然働いてるんじゃ……」
「一概に比べることは出来ませんが、作業量だけならその通りかと」
「んー」
(少し頼り過ぎたのかも)
食卓の椅子に改めて着席し考える。
(言いたいことは言ってくるから気付かなかったけど、疲れてるんだろうなぁ)
食卓の上の調味料入れをくるくると回しながら思いを巡らせる。
折角師匠離れしていたというのに、知らぬ間に一番身近の人間に依存していたことに、心がじくじくと痛んだ。
「ギュシランさんのために何か出来ることはないかな?」
「愚問。決まり切っているではないですか」
「なになに? そんな素晴らしい案があるの?」
「肯定。エアにとってもあいつにとっても利益のある考えです」
「へぇ。教えて教えて」
せっつくように尋ねる。
心なしか左目が小刻みに震えた。
「ずばり、あいつとは離れることです」
「はい却下ー。寝言は寝てから言おうね」
「判断が早いです! 再考を!」
「現実的じゃない提案に再考の余地はありません」
一蹴し、床を鳴らしながら席を立つ。
そして洗いたてのコップを手に取ると、水差しから飲料水を注いだ。
(まったく。すぐにアタシとギュシランさんを離れさせようとするんだから)
大体彼は監視役なのだからそう簡単に関係性を切ることなんて出来ない。
そんなことは左目も分かっていそうなものだが。
(それよりもギュシランさんを
エアはコップの中身を一気に飲み干すと、再び外で働く同居人の姿を見た。
太陽が頭上まで昇ってきたことで熱くなったのか、首にぶら下げたタオルで何度も額を拭っていた。
(あ)
「ねぇ、
「何でしょう」
「この辺で温泉が出る場所ってある?」
「は……?」
唐突なエアの発言に、機械である
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温泉行きたい。
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