第15話・アタシが――
「またお姉ちゃんと会えるなんて! もしかしてこの村に住むの?」
腰元に飛び込んできた女の子が可愛くて、ついつい笑みが零れてしまうエア。
跳ねるように駆け寄る姿が、無邪気なペットのようでとても愛おしかったのだ。
「おや、アイ。このお方とお知り合いかな?」
脇から村長が会話に入ってくる。
「うん! ゴミ山で遊んでる時にね。急に機械が動き出して困ってるところを助けてくれたの!」
「ほう、そうじゃったか。それは怖い思いをしたのぉ」
「うんうん! 腕がこう、すっごい震えて。もうダメって思ったところをお姉ちゃんがね――いたっ!?」
村長に対して雄弁に冒険譚を披露していたアイだったが、背後からやって来た屈強な男性に頭を小突かれた。
涙目で頭を押さえ振り返った先には、渋い表情をした男の人が目を細めて見ていた。
「おい、そんなことオレは聞いてないぞ」
「ご、ごめんなさい」
「ゴミ山で遊ぶのは構わんが、機械を持つなといつも言っているだろ! どうして理解してくれないんだ」
今にも泣き出してしまいそうに、アイが目を細める。
先程の明るさが嘘のように
(あらら)
擁護してあげたいが、エアも似たようなことを注意している。
彼女への教育を考えれば、ここは下手に出ない方が良いだろう。
男は叱り終わると、今度は真っ直ぐにこちらを見た。
「娘が助けて貰ったようで申し訳ない」
「い、いえ、そんな大したことじゃありませんので」
急に頭を下げられたことで、脳が少しばかり混乱する。
「村で農家をしているロイ・ボーカだ。こっちは娘のアイ」
「王都から来ました機械術師のエア・ブラウジングです。宜しくお願いします」
「きかいじゅつし?」
「機械に触っても怒られない人のことだよー」
アイの質問に後ろにいたモールが補足してくれる。
商人が述べた内容に、思うところがないわけではない。
が、幼い彼女にはこれぐらいの方が分かりやすいか、ともエアは思った。
「どうぞお掛けになってください」
友と幼女のやり取りを眺めていると、村長が椅子に座るよう促してきた。
会議や来客に使用するためなのか、部屋の中央には大きな四角い机が置かれており、周囲には丸椅子が十個以上存在している。
(凄い、ほこり一つない)
「わたし、エアお姉ちゃんの隣に座るー」
部屋の綺麗さに目を奪われていると、突如手の中に温もりが伝わってきた。
「こらっ、アイ。失礼だぞ」
「いえいえアタシは大丈夫ですから。じゃあそこに座ろっか?」
「うん!」
満面の笑顔のアイに連れられ、部屋の左側の丸椅子に座る。
当然幼女はエアの隣。
父親というと、アイの横でどっしりと腰を落とした。
ちなみにモールとリティは向かいの席へと向かった。
「すまないがロイ。お前の話は機械術師様のあとでよいかの?」
扉の前に席に座った老人が農民に向け尋ねる。
「ああ、オレは構わないぜ。というか、オレ達が聞いていい話なのか?」
「あ、はい。大した話ではないので」
ロイの疑問に答えたエアが立ち上がる。
そして周囲の人間の姿を改めて確認し、言葉を紡いだ。
「改めて、王都から来たエア・ブラウジングと申します。先日機械術師になったばかりで、自分の拠点を持ちたくこのアルフ村にやってきました」
「拠点ってなーに?」
「居場所のことだ。ブラウジングさんは、自分が暮らしたいと思える場所を探しに来たということだ」
娘の質問に父親が柔和な表情で答える。
まだ出会って数分だというのに、羨ましいと思える親子関係なのが伝わってきた。
「じゃあお姉ちゃん、村に住むってこと!!」
目をキラキラさせたアイが叫ぶ。
瞳の輝きは新しい機械を目にしたエアのそれにも負けないほどだった。
「それで先程まで見学させて頂いたのですが、とても自然豊かでのどかな素晴らしい村でした」
(機械も山程あるしね)
「宜しければ是非この村に住まわせていただけないでしょうか?」
頭を下げ言い切る。
いくら村の子供に推されていても、村の長に拒否されれば移住は不可能だ。
素朴なアルフ村が思いの外気に入ってしまっただけに、断られたくないと思いがエアの中で強まってしまっていた。
(お願いっ!)
思わず顔が強張る。
理屈で動く機械術師が運命を神に頼ってしまっていた。
「そう
(え、それじゃあ!?)
「良いんですかっ」
頭を上げデバル村長の顔に注目する。
「はい、アルフ村はブラウジングさんの移住を歓迎します」
(やったっ! やったー!!)
心が舞い上がり、厳粛な場だというのに今にも足が舞を披露しそうになる。
特別何かをしたわけでないが、初めて自分の手で掴み取った居場所。
小さな達成感ながら、エアの肩は小さく震えていた。
「ま、若い人間は王都の方に行っちまうからな。村としちゃあ若者が入ってくるのは嬉しい限りだな」
「こらロイ。そう容易く事実を言うでないわ!」
村長の突っ込みに至る所から笑い声が漏れる。
ロイもデバル村長も場を和ませるために敢えて言ってくれたようである。
「しかし肝心の自宅じゃが……。村に空き家はあったかのう」
(あ、全然考えてなかった)
村長の発言にはっと現実に戻ってくるエア。
エアは機械を使えても家を作る知恵は皆無だ。
こればかりは元からあるものを使うか、誰かの手を借りる必要がある。
「それなら親父の家が余ってるぜ。古いがしっかりした造りだし、問題なく住めるだろう」
「え、良いんですか? 使われてるんじゃ」
「いや、親父は既に亡くなっちまってて今は誰も住んでないんだ。最初は畑用具の倉庫にでもしようと思ったんだが、畑から地味に遠くてな」
思いもよらない手助けに文字通り目の前が明るくなる感覚を覚える。
「放置していても腐っていくだけだし、遠慮せず使ってくれ。娘を助けてくれた礼だ」
「あ、ありがとうございます!!」
筋骨隆々な男性に向け思い切り頭を下げる。
エアのお礼を聞いたロイは、自然の笑みを浮かべていた。
(住む場所は確保出来た! 機械も近くに沢山! 驚くほど上手くいってるよ、師匠!)
遠方にいる師匠に向けて想いを放つ。
本当に喜んでいるかどうか分からないが、少なくともエアの胸の中にいる師は嬉しがっていた。
「ふむ、ではブラウジングさんのお話はこれでよいかのう」
「はい、ありがとうございます。えっと、次はボーカさんのお話ですよね。アタシ達は外に出ていた方が宜しいでしょうか?」
「いや、悪いがそのまま聞いて貰えるか? 結構な困りごとなんで、少しでも知恵が欲しいところだ」
ロイの発言に「分かりました」と答えたエアは、緩やかに着席する。
すると隣の女の子が何度も無邪気な笑みを向けてきたため、口を開く代わりにそっと人差し指を口の前に当てた。
「最近畑の魔獣被害が酷いんだ。折角植えた種芋が奴らにほじくり返されちまってる」
話し始めた農民の話に黙って耳を傾ける。
(魔獣か。そういえばアルフ村に来た時も出くわしたっけ)
「その話なら他の村民からも聞いておる。今年は魔獣の数が増えているらしいの」
「そうなんだよ。しかも奴ら夜行性だろ。これじゃあおちおち寝てもいられない」
「これはボクにも頭が痛い話だねー。収穫量が減ると値段も高くなるし、値段が高騰すると売れなくなるしで商人としても由々しき事態だよ」
ここでモールが加わってくる。
そういう目線もあるのかと、エアは小刻みに頭を上下させた。
(魔獣被害を食い止める方法か)
ふと思う。
住む場所を見つけただけで、果たしてそこが居場所になるのだろうかと。
機械術師としてやるべきことが果たせるのだろうかと。
(違う。もうアタシは誰かに護られる存在じゃないんだから、自分から動き出さないと)
そう思ったら、自然と言葉が口から出ていた。
「アタシが――」
「うん? なんじゃいブラウジングさん?」
全員の視線がエアに集まる。
だが、歯車の髪留めを付けた少女は
「機械術師エア・ブラウジングがその問題、解決してみせます!」
突然のエアの発言に室内が急速に静まり返った。
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