【三題噺】その瞳が昼を裂く
本日の三題:昼の教室、瞳、歩む
ジャンル:ループもの
チャイムが鳴る。
そして、昼の教室に静寂が落ちる。
生徒たちは昼休みに席を立ち、騒がしく出ていく。パンを買いに、誰かの席へ遊びに、屋上へ、体育館へ。
でも、私は動かない。
机に頬をつけ、目を閉じる。
そして、耳を澄ませる。
“いつもの音”を探すために。
時計の針が12時30分を指す。
——コトン。
前の席、佐伯の水筒が倒れる。
——パサッ。
右隣の西園がマンガ本を落とす。
——カラン。
後ろの席で、誰かのペンが転がる。
ここまでは、いつも通り。
問題は——
「……気づいてる?」
その声。
私の前に立つのは、制服のまま、笑わない“彼”。
その瞳が、私をまっすぐに射抜いてくる。
深いグレー。硝子のような色をしたその瞳が、何度目かもわからない“今日”を告げる。
「まただよ。昼の教室、ループ、これで……31回目」
私は立ち上がり、ゆっくりと教室を見渡す。
変わらない風景。差し込む陽射し。笑い声、足音、すべてが“同じ”で、“少しずつ”違う。
「進んでる?」
私の問いに、彼は首を横に振る。
「でも、止まってもいない。君だけが動ける。僕だけが、君の言葉を覚えてる」
それが、私たちのルール。
教室のループは、昼休みの終わりまで。午後の授業が始まるチャイムが鳴ると、またその日の朝に戻る。
夢ではない。誰も気づかない。変わるのは、私と、彼の記憶だけ。
「……何を変えたら、進めるのかな」
彼は少しだけ考えるふりをして、窓際の席に座った。
「誰かの言葉? 行動? それとも……選択?」
私は机の中からノートを取り出し、昨日までに試した行動を書き出す。
・昼に屋上に行く
→変化なし
・佐伯に話しかける
→変化なし
・告白してみる
→気まずくなっただけ
「君は、歩んでるよ」
ぽつりと彼が言った。
「何が?」
「同じ場所に見えても、君だけは変わってる。考え方も、言葉の選び方も。だから、いつか辿り着ける」
私は、彼の言葉をノートに書き込んだ。
——“君は歩んでる”。
その時。
教室のドアが開いた。
普段なら来ないはずの、生徒会長が立っていた。
「……失礼。委員長、話がある」
私を名指しした。
私は振り返る。彼も目を見開いていた。
これは、初めての出来事。
私はゆっくりと立ち上がる。
そして、歩き出す。
まるで、時計の針が一秒だけ先に進んだように。
廊下に出ると、生徒会長が立っていた。その目が、私のノートを見ていた。
「それ、見せてくれないか」
「……どうして」
「僕も、“気づいてる”から」
その瞳は、深い青だった。
「記憶は持っていない。でも、何かが変だと感じる。毎日同じ、違和感。君が中心だと、直感した」
私は、ノートを差し出す。
彼は、まっすぐにそれを読む。
「……『彼』って誰のことだ?」
私は答えられなかった。
目を伏せたその瞬間、世界がきしんだ。
まるで、誰かの手が、無理やり歯車を回したように。
「また、戻る」
その予感とともに、世界が白く染まった——
目を開ける。
昼の教室。
チャイムが鳴る。
生徒たちが立ち上がる。
机に頬をつけ、目を閉じる。
でも、その瞳の奥に、確かな“進み”の跡があった。
私は、また歩き始める。
繰り返す昼の中を、確かに、歩む。
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