かぐや姫とπとディスカッション
「今は昔、竹取の翁という者ありけり。野山にまじりて竹を取りつつ、よろずのことに 使いけり。名をば、さぬきの造となん、いいける」
朝の会を終え、1時間目は国語の時間だった。教室の電子ボードには竹取物語の挿絵と、当時の平安時代の暮らしを示す歴史的な資料が表示されている。国語の授業を担当する教師が生徒に音読するように指示をする。女性教師によって指名された生徒たちが代わる代わる順番に教科書の文章を読み上げる。次々に淀みなく音読する生徒の声を聞きながら、教科書の文字を目で追う。
(なんて、贅沢な無茶振りを言うんだろ……)
ひとりの女に振り回される5人の求婚者たち。その様子が、母と彼女の恋人たちや姿の見えないファンたちと重なる。教科書を掴む指にいつの間にか力が入る。月に帰る運命のかぐや姫と母は全く異なる立場であることは理解しているが、無理難題を課しては求婚者を振り回すかぐや姫の姿にモヤモヤとした複雑な気持ちになった。そして、かぐや姫が月に帰還するシーン。天の羽衣を着て何も思い残すこともなく月へと帰ってしまったかぐや姫に、どこか遠くに行ってしまった父のことも思わずにはいられなかった。
キーンコーンカーンコーン。キーンコーンカーンコーン。
学校中にチャイムの鐘が鳴り響く。ハッと我に返る。授業の終わりを終える音に教室の中が一瞬だけざわめいたが、「はい、静かに!」と先生がパンパンと手を叩いてすぐに落ち着かせる。
「それでは、本日の授業はここまで。現存する日本最古の物語、竹取物語の不思議な世界に触れましたね。かぐや姫の美しさ、求婚者たちの執念、月の都への帰還……みんなはこの物語をどう感じましたか? みなさんの端末に課題を送付するので、次の授業までに、400~600字程度の感想文をテキスト・ノヴァにまとめて提出してください。竹取物語を読んだ感想を。ただし、ただ『面白かった』『難しかった』で終わらないでください。物語の中から心に残った場面や人物を選び、なぜそれが印象的だったのか、自分の言葉で深く掘り下げてみましょう。それでは、日直。号令をお願いします」
日直の号令と共に国語の授業が終わる。タブレットが軽く振動し、テキスト・ノヴァの通知アイコンが1件届いていた。さっそく国語の課題が送られてきたのだろう。頭の中のリストに帰宅後にやるべきことを刻みながら、次の授業へと意識を切り替える。2時間目は算数の時間だった。
算数を担当する男性教師が教卓に置かれたタブレットを操作すると、教室の電子ボードには美しい仮想庭園が表示される。
「今日は前回の授業で教えた円の面積について、みんなで学んでいきます。テキスト・ノヴァを起動し、添付された課題を開いてください」
男性教師の指示で、生徒たちが学校専用アプリであるテキスト・ノヴァに届いた課題を指でタップして画面を開く。タブレットには『仮想庭園に花壇を作ろう〜円の面積は?〜』と表示されており、半径4メートルの丸い花壇が表示されている。さらに、花壇の下には前回の授業で教わった面積の公式(πr²)が表示されている。
「これは仮想庭園に花壇をデザインするプロジェクトです。庭園にいくつ花壇を配置できるか考えてみてください。また、花壇と花壇の間隔は2メートルは開けてください」
先生の指示を聞きながらタブレットに「π=3.14、半径4」と入力し、面積を計算する。続けて、画面に「約50.24平方メートル」と答えを入力する。
ふと、タブレットのクラスチャットに通知が1件表示されていた。教室の中を巡回している男性教師に気付かれないように注意しながら、通知をタップすると、それは葵から短い個人メッセージだった。『苺ちゃん、3.1416でやるともっと正確だよ』と書かれていた。
チラリと斜め後ろを振り返ると、いたずらっぽく笑う葵と目が合った。
(葵ちゃんは、ほんとにマメだな……)
葵に小さく頷きつつ、タブレットに視線を戻そうとして、机の横に下げたトートバッグが視界に入る。カバンの中にはアスターが入っている。ふと、アスターの美しいガラス翅の曲線を思い出した。あれも円の計算で造られたのだろうか? もしも、そうだとしたら父はこんな簡単な計算式からどうやってあんなに美しい翅を作り出したのだろうか? 思考が授業から逸れて、アスターの姿や、物置部屋のネジやらコードやらが頭の中をくるくると回り出す。
タブレットへの無操作状態が続いていたせいか、テキスト・ノヴァに搭載されているAIアシスタントが「ヒント:配置をグリッドにすると楽になるよ」と画面にメッセージを表示する。慌てて意識を課題へと切り替える。すぐにAIのメッセージをスワイプで消し、自分の手で画面の中の仮想庭園に花壇を並べる。円が重ならないように慎重に花壇を配置する。
授業の最後に、先生が電子ボードに生徒がデザインした仮想庭園をいくつか紹介した。その紹介された生徒のひとりに葵がいた。葵は、庭園の中心に花壇を1つ置き、5つの花壇を等間隔に円周上に配置して星型の庭園を完成させた。多くの生徒がグリッド型の庭園やランダムに庭園をデザインしている中で、彼女がデザインした庭園はキレイな星型に並んでいた。その計算し尽くされた星型の庭園を見て、誰もが「おぉ」と目を奪われた。そうして、チャイムの音が響き、算数の時間が終了した。
中休み。男子生徒たちが一斉にグラウンドへと駆け出していった。ほんの20分しかない休憩時間でも、彼らは元気にサッカーやらバスケットボールやらに勤しむのだ。教室に残るのはほとんどが女の子たちだった。その中には日向葵もいる。葵は日当たりの良い窓辺でふたりの女子と話をしていた。小手毬亜美と菊本瑠璃。ふたりは葵と仲の良い女子だった。葵は彼女たちに手作りのクッキーを渡していた。それは私が彼女から貰ったものと同じように可愛くラッピングされたクッキーである。日向葵は料理クラブや家で母親と一緒に作ったお菓子をクラスメイトや仲の良い友人、先生にまで分け与えている。彼女はいつも誰かに何かを与え、困っている者がいたら率先して動き、他者のために尽くし、いつも笑顔で過ごしている。
故に、善良な人格者である彼女はクラスに馴染むことなくいつもひとりで過ごしている私のことを、放っておけないのだろう。誰に対しても平等に優しく、呆れるほどおひとよしな天使様とその友人たち。彼女たちの明るい声を背後に、アスターが入っているトートバッグを肩に駆け、そっと教室から抜け出した。
ひと気のない校舎裏のざくろの木の下に移動し、周囲に誰もいないことを確認してトートバッグからアスターを取り出す。
「アスター、もう喋っていいよ」
「ほんと? やったー☆」
ガラスのようだったアスターの瞳がほんの一瞬、極彩色にきらめき、手の上で横たわっていたアスターがとバネのように跳ね起きた。
「ん〜〜〜! やっぱり太陽の光は暖かくて気持ちが良いね☆」
手の上で小さな身体で背筋や両腕、薄いガラス翅を伸ばして、精いっぱい伸びをする。彼の背中の薄い翅が、太陽の光を受けてキラキラと淡く光っている。その翅の美しさはいつ見ても見惚れてしまいそうになる。
「アスター、学校どうだった?」
「苺のそばにいられてワクワクしたよ☆ 学校って面白いね☆」
「え? そうかなぁ……?」
とくに学校が面白いとは感じたことがないので、アスターの感想には首を傾げてしまう。
「さっきやっていた授業は算数なのかい?」
「そうだよ。円の面積を求めるのをやったよ」
「円の面積? どうやるの?」
「円の半分を半径って言うんだけど、それを2回かけて、その結果に円周率の3.14をかけると面積が出るよ」
「そうなんだ。何かすごいね☆」
アスターの翅には円弧のようなカーブがある。完全な丸い円ではないけれど、楕円っぽい形をしている。
「……お父さんも、アスターの翅を作るのにπを使ったのかな?」
「さぁ? でも、紫苑博士が僕の翅を作るためにπを使った可能性はないとは言い切れないよね☆」
アスターを通して父のことを考えているだけで、父のことをまたひとつ知ることができたような気がした。本当は何ひとつ鷹田紫苑のことを知ることはできていないけれど。鷹田紫苑の過去。彼が現在、どうしているのか。どこに行ったのか。何もわからない。鷹田紫苑に関する情報を持っていそうな母は、父のことを嫌っているので彼女から父のことを聞き出すことはできない。アスターも鷹田紫苑に関する情報を漏らすことはできないと言うので彼から父の情報を引き出すこともできない。ネットにも鷹田紫苑に関する情報はなく、一体、どこから彼に関する情報を探せば良いのかも、どうやって探したら良いのかもわからない。父のことを探したいのに、現状はほとんど何の手がかりもないお手上げ状態である。
「お父さん……どこにいるんだろ? お父さんは、私に会いたくないのかな?」
アスターにわざわざ自分に関する情報を規制するプログラムを組み込んでいるのだ。
「もしかして、私のこと……嫌いなのかな?」
「それは絶対にないと思うよ」
独り言のように漏らした呟きに、すかさずアスターが反応する。
「どうして、そうだって言い切れるの?」
「だって、紫苑博士はきみのために僕を作ったんだよ? 苺のことが大好きじゃなかったら、わざわざ僕やマリーを作ろうとするわけないだろう?」
「そうかなぁ?」
「そうだよ。紫苑博士は苺のことが大好きだから、僕のことを作ったんだよ☆ それだけは断言できるよ☆ 僕も、紫苑博士も、苺のことが大好きなんだ☆」
「それならさ、どうしてお父さんはアスターに自分の情報を漏らさないように制限を掛けたんだろうね?」
「それは僕にはわからないよ☆ だから、紫苑博士に会ったときに、本人に直接聞いてみたら良いよ☆」
「そうね……」
アスターに返事をしながら、父のことを考える。母が語る父は、ガラクタ作りに夢中で家族のことを顧みないろくでなし。けれど、娘のために友達としてアスターやマリーを作り、残してくれていた。だが、娘のために作ったアスターに、己に関する情報を漏らさないようにとわざわざ制限を掛けていた。一見、家族のことを顧みない人物かと思いきや、本当は妻や娘を愛しているらしい。しかし、その娘には自分のことを知られたくはないらしい。
どうやら、鷹田紫苑という人間は一筋縄ではいかない複雑な人物らしい。
次の授業の予鈴が鳴り、慌てて教室へと戻る。3時間目は社会の時間だった。授業内容は、前回の授業の内容を踏まえた上で行われる「ペットロボが変えた私たちの生活」をという現代社会をテーマにしたディスカッションだった。生体動物の飼育規制前のペット事情と現代を比較し、クラスのみんなで話し合うのだ。この議論では、ひとり1回は必ず発言をしなければならない。クラスの多くがペットロボと飼育規制にメリットを感じる者がほとんどだった。先生が「誰か、飼育規制反対派に移る人はいませんか?」と呼び掛けても誰も意見を変えようとする者はいなかった。それはそうだ。ペットロボが普及し、規制が既に導入された現代では「生体販売=問題が多く、時代遅れ」「ペットロボ=便利で倫理的」という価値観が世の中に浸透しているのだ。時代に逆行するような価値観で議論するのは、かなり不利な立場となってしまう。もはや、このディスカッション自体が成り立たないかと思われていた。
しかし
「はい! 葵は、ペットロボと生体動物の飼育規制反対に移るのです!」
葵がスッと手を挙げてし、反対派へ参加した。一瞬、クラスの中が静まった。先生も驚いて反応が遅れている。しかし、すぐに「あ、ありがとうございます。日向さん。それでは、他にも反対派に移る人はいませんか?」と呼び掛けを続けた。すると、今度は男子生徒がふたりと、葵と仲の良い女子生徒がふたり挙手した。脱色気味したような色の抜けた髪に、銀のハートを描かれた黒地のTシャツに、金具が星の形をしたベルトを付けたデニムのスカートを着た少女。小手鞠亜美だ。そして、もうひとりは兎の耳の付いたパーカーを着た小柄な少女。菊本瑠璃。ふたりともいつも日向葵と共に一緒にいる仲の良い少女たちだ。
「動物を商品として販売することは、命の尊厳を軽視する考えだと思います。当時のペットショップやブリーダーが行っていた過剰繁殖は大きな社会問題となり、動物たちに多くのストレスを与え、健康問題も引き起こしていました。生体動物の販売や飼育に規制が掛けられたことにより、狭いケージでの無理な繁殖が減り、不幸な動物たちがいなくなりました。また、人々のペット需要に対してはペットロボ供給されることにより、捨てられる心配もありません」
討論の初手から、命を商品化することへの倫理的問題を指摘する手痛い一撃が放たれた。規制反対派は完全に沈黙をしている。葵も顎に手を当てて、相手の意見を吟味するように考え込んでいる。現代の価値観を備えた良識のある生徒なら「命を守る」側に傾きやすく、下手な反論をしてしまうと却って自分の立場を危うくしてしまうのだ。
沈黙する反対派に追い打ちを掛けるように、規制賛成派をの生徒が続々と手を挙げる。
「はい! ペットロボならケージに入れなくても良いし、ストレスを感じたり、病気にもなりません。エサをあげ忘れても困らないし、アレルギーの子も一緒に遊べるので、ペットロボには大きなメリットがありますし、生体動物の販売は規制されるべきだと思います」
「はい! 僕も! ペットロボなら捨てられる心配がありません! しかし、生体のペットの販売が簡単にできてしまうと、衝動買いや無責任な飼育が増え、結果として捨てられる動物が増えてしまいます。飼えないひとが無責任に飼うから、動物たちが捨てられてしまう。だから、生体ペットの飼育には規制を掛けるべきです!」
生体動物の飼育規制派が続々と挙手して、意見を述べていく。賛成派の意見を先生が電子ボードにまとめていく。電子ボードには「命を商品化することへの倫理的な問題」「ペットロボは苦しまない」「ペットの過剰供給の抑制」などが書き連ねられているのに対し、反対派の意見は何も書かれていない。この議論において、倫理的な優位性は圧倒的に規制賛成派に傾いている。
そんな中で、日向葵が率先して動いた。「はい」と果敢に手を挙げて堂々と己の意見を述べる。
「葵のママは子供の頃、生体ペットを飼っていたのです。当時のペットショップは、動物を初めて飼う人に対して飼育方法や責任について指導する場だったのです。葵のママもペットショップなどで色々なアドバイスを貰っていたと言っていたのです。生体動物に詳しいペットショップなどでの適切なアドバイスがあれば、飼い主の助けとなり、生体ペットの幸せにつながるのです」
「はい! それでも、一部のブリーダーやペットショップは利益優先で遺伝病を抱えた動物や劣悪な環境で育った販売していることには何ら変わりません。生体ペットの販売や飼育の規制を強化したからこそ、こうした非倫理的な業者を排除できているのではないでしょうか?」
葵の意見にすかさず、反論が飛んでくる。しかし、葵も言われっぱなしではない。
「はい。しかし、信頼できる販売業者も存在していたことは否定できないのです。管理が徹底していた販売業者では、動物の健康状態や遺伝的背景などもきちんと管理され、ワクチン接種や適切な飼育環境を提供していたのも事実なのです。これらの取り組みにより、当時の購入者は健康なペットを安心して迎え入れることができていたのです」
葵は反対派として積極的に発言しており、議論は白熱した。反対派の生徒たちも葵に続くように手を挙げている。
「はい。ペットショップを規制すると生体動物との触れ合いの場が減ってしまいます。動物にはひとの心を癒やす効果があり、実際にアニマルセラピー手法というものがあります。生体動物の飼育規制をするということは、貴重な動物との触れ合いが激減してしまうというデメリットも大きいと思いまーす」
「は〜い。亜美ちゃんの意見にあたしも続けて発言させていただきま〜す。AIを搭載したペットロボにも孤独感の軽減やおじいちゃん、おばあちゃんへのメンタルヘルスの向上に効果があるとされていま〜す。でもぉ、ペットロボはプログラムされた反応に基づいて動くため、生体動物の予測不可能な行動や実際の命そのものから生まれる絆は現在の技術では再現できないため、ペットロボは生体動物の代わりにはなれないとあたしは思いま〜す」
葵と仲の良い女子の小手毬亜美が発言し、彼女の意見に付け加えるように菊本瑠璃が言葉を続ける。さらに、反対派の男子生徒ふたりも手を挙げる
「はい。俺もじいちゃんの家で昔、じいちゃんが飼っていた犬の動画とか写真を色々見たことあるんだけど、やっぱり実際の生体動物とペットロボはまったく別物だと思います。日向さんの意見にあったように、信頼できるブリーダーや飼育者を支援することで、無責任な飼育を防ぐという道もあるのではないかと思いました」
「はい。僕の意見としては規制を掛けたとしても、命のある生体ペットを欲しがる人は必ずいると思います。いまでは飼育許可を申請しなければペットを飼うことはできませんし、ペットの販売に規制が掛けられ、ペットショップが以前よりも激減しました。なので、ペットを飼うことは簡単なことではありません。しかし、そのために生体ペットが闇市場で出回ったり、違法取引される問題が新たに出ています。最近もネットニュースやメディマなどで生体ペットの違法取引について取り上げられていました。これらの新たな問題は、生体ペットの飼育に関する規制を強めた結果、新たな問題が生まれたことを意味しているのだと僕は思います」
規制反対派からの意見に、今度は規制賛成派の中に沈黙が落ちる。教室中が静まっていた。先生が電子ボードに、音もなく規制反対派の意見を書き記していく。規制反対派の意見の項目に「動物の管理と品質保証」「本物の命との触れ合い」「アニマルセラピー効果」「信頼できるブリーダーや飼育者への支援」「規制強化によって増える生体ペットの違法取引」と記されていく。
授業の始まりこそ、現在の社会情勢や倫理的な面において規制賛成派が圧倒的に有利だったが、反対派が「本物の命の価値」や新たな社会問題を持ち出してきたことで議論の流れが明らかに変わってしまった。数多くいる賛成派は完全に沈黙していた。
「はーい。まだ発言していない人はどんどん発言してください」
静まり返った教室にしびれを切らした先生が手を叩いて発言を促すも、規制賛成派は俯いており、互いに視線を交わすばかりだった。既に発言を終えたものは涼しい顔で素知らぬふりをしている。
「はい。じゃあもう余り時間もないので、こちら窓際の列の前から順番に、まだ発言をしていない人は自分の意見を述べていってください」
時間が差し迫ったことで、結果的に規制賛成派たちは強制的に発言させられることになった。
「ペットロボは生体動物よりもカッコよくてお世話がしやすいと思います」
「狭いケージ入れられる動物が可哀想」
「捨てられる動物がいない方がずっと良い」
「動物を飼うふりをしていじめる人もいたから、動物を飼うことに許可制は必要だと思う」
そうして、流れ作業のように次々と上がる意見の多くは、主にペットロボの利点や倫理面に訴えかえる意見が大半だった。そうして、自分の番が来たとき、私も他の生徒のように「無責任な飼い主が減るのなら、生体動物の飼育規制は絶対に必要だと思います」とありきたりで無難な意見を述べるのだった。
(実際の命そのものから生まれる絆、ね……)
チラリと机の横に下げているトートバッグを見る。アスター。本物の命ある者のように感情表現豊かに喋る造り物。彼は父のよって造られ、プログラムされた機械人形だ。アスターには命がない。しかし、彼は造られた存在でありながら、私の心を揺さぶる。命を持たない無機質なペットロボたちとはどこか、一線を引いた異なる存在である。
(命って、心って、なんなんだろ……)
意識がディスカッションから逸れていく。
おそらく、クラスの大半がディスカッション自体に積極的ではないし、自分の意見や信念もなく、流されるままに現在の社会情勢に沿って動いているだけにしか過ぎない。故に、自ら倫理的に不利な立場に立ち、少数派として確固たる意見を持っているであろう反対派の意見にまともに反論できる者はいなかったのである。ひと通り生徒たちが意見を述べ終えると、先生は生徒たちにテキスト・ノヴァにディスカッションの感想を書いて提出するように言った。そうして、各々が感想を書き終え、提出し終えると授業の終わりを告げる鐘が鳴った。
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