終章 蠢く。

その夜空を照らす大爆発に、カメラのシャッターを切った音がかき消される。

マンションの一室の窓から身を乗り出すのは金髪ピアスの糸目の青年。


「マジか~…劇毒アドベノムの一人がここでリタイアとは。大げさじゃなく、僕ァ異能ミステルの歴史の変転の一ページを見たやも…」


そう言った玄百クロナは火が付いた心が消えないうちに素早く、ガラの悪いステッカーだらけのPCをタイプして見出しを打ち込んだ。


「滾るよねぇ♪次は誰がこの世界《フロア》を沸かせてくれるのかなっと。」



【夜空に吸い込まれた謎の大爆発。昨今の増え続ける超常現象との関係とは!?】




そして一本、一番に報告を入れたい人物に電話を掛けた。

3回コールするとその人物は電話に出た。


「あ、もしもし、お嬢?アンタの元同僚がさっき殉職しちゃったらしいっすよ。いやほんとほんと。マジで。え?手向けに一暴れ?今度はどこで飲んでるんですかアンタは…」





眩しい日差しの中、一人の女が目を覚ました。

「あれ…ここは?」



「おっ。目が覚めたでござるか。ズーティア殿。」

ヘルメットを被った巨漢の男がぬっと、彼女の視界をすべて塞ぐように現れた。


「のわぁ!!ぐ、グルメット!?あなたいったいどうしてここに‥というか今までどこに!?」



「変な形状の拳銃を持った赤髪の御仁に、とんでもない風圧で吹き飛ばされた後、携帯電話も失くし、しばらく夜までうろうろしていたらゲームセンターが何やら騒がしくてですな。

覗いてみたら上から、ズーティア殿が降ってきてびっくりでござったよ。何とかキャッチ、というか拙者が下敷きになったのでござるが、してすぐにその場から離れたでござる。」



そう説明を受けて白塗りになっていた記憶がズーティアの中で次々に色を取り戻して流れ込んでいく。


「そうだ‥私はあのときデッドライン様を助けて…屋上から転落した。グルメット、デッドライン様は今どこに??」



「亡くなった。」


「…え?」


まことでござる…小型飛行機で空へ行き、爆破した瞬間を確かに見たでござる。そうなったということはつまりそういうこと、でござるよ。このボマー・ゲーム作戦の事前説明の時にズーティア殿も言われたであろう。」





「(いいかお前ら二人。突然やけど俺はもう少しで死ぬんや。悪性の脳腫瘍でな。そこで最後に一花を咲かせるためにお前らをスタッフとして呼んだっちゅーことや。で今回、異能ミステル持ち集団を排除又は勧誘をボスから承った。


これがもし失敗した場合、この1時間チャージストップウォッチで全てをブッ壊して終わりや。そうなりそうだったらお前らは離脱しろ。

だがもし、その異能ミステル持ち集団を俺が生かしたいと思ったときは俺はこれを空に持ち出して爆発させる。まぁざっくりやけど打ち合わせはこんなもんやろ。後は各自、報連相徹底で。ほな。)」



忘れるわけがない。ただあのときは同情するべきか、期待に応えるべきか、頭がぐちゃぐちゃで問いただしたいことがズーティアには山ほどあった。


突然、自分はもうすぐ死ぬからこれだけはやっておきたい。

そう言われたら普通の人間なら無下になどできない。デッドラインはこれが断られないことを分かっていたのだろう。


だが、分からない点もある。



異能ミステル持ち集団を俺が生かしたいと思ったとき。そうデッドライン様は申し上げた。死人に口なし。なぜデッドライン様がそのようなことを申し上げたのかは推測で語るしかないでござるが、もしかしたら目的は…」


「目的は…?」



「世界を変える変革者。時代のキーパーソン。そんな誰かを待っていたのかもしれませぬな。」


「…!我らのボス、スコーピオン様と同じ性質モノ、いやそれを超えるものを彼らに見たというのですか…」


もちろん推測でしかない。デッドラインとは知り合ってほんの数日の中だ。


だがデッドラインにとっては自分が最後の仕事をするビジネスパートナーであるし、彼らにとってはそんな命の瀬戸際を共に生きた、いわば戦友。情が移らないわけがない。



「拙者は蠍會を脱退しようと思う。拙者もこんな自分を変えたくて蠍會に入ったが、ついぞこの力の使い方がもう分からなくなった。」


「グルメット…」


「デッドライン様がこれまでやってきたことは決して許されることではない。ただそんな中にも彼の美学、矜持を目の当たりにした。だから。」




「じゃあ私も辞めます。」



ズーティアがふとそんなことを言った。


「私は昔、いじめられて外で生きづらくなって、藁をも掴む思いで蠍會に入った。

異能ミステルが使えるようになったときは全能感で大分天狗になりましたけど、世界は広いですね。すぐに鼻っ柱を折られて、今ではただ埋葬傷奈様のような推しの構成員を眺める日々…」



「いい話かと思ったのに、これ最後まで聞かなきゃダメでござるか?」


「聞いてくださいよ!もうっ!」


ズーティアがぷくっと頬を膨らませる。いたいけな少女という年齢でもないが、かなり子どもっぽく見えた。


「新しい推し、見つけたんですよ。この間ね。」



[ありがとうズーティアさん!命の恩人だよ~!]

[でも…!危ないよ。蠍會が危険なところだっていうのは分かってるんでしょ…!?だったらなんで…]



ズーティアは毛布を抱いた、桜ヘアピンの茶髪の女の子のことを思い出した。

こんな自分にも手を差し伸べようとしてくれた優しい女の子。だがあの子にはどうか日の当たる場所を歩き続けてほしい。もう自分は蠍會に染まりかけているから。


ファンはただ、推しを遠くから見守るだけ。



「静かに見守らせてもらいますよ。豊花ひのりさん。さて、行きましょう。私達二人でどこか新天地へ。」


グルメットはすっと立ち上がって早速歩き出したズーティアに少し驚きつつも、その後ろからついていく。



「果たして何が待っているのやら。拙者も研鑽を積まねばなぁ。」






市立巾離高校地下一階。部室。


「みんな改めて本当にごめんなさいっっっ!!」


ひのりが、部員全員の前で全身全霊で頭を下げた。


「こういう時はありがとう、でいいんだよ。な!ヨミ!」

「あぁ。おかえり豊花。」

「ひのりん、助けられてよかったです。」

「どこも手荒な真似はされていないみたいね。よかったわ。」



劇毒アドベノムの一人、¨致死毒¨のデッドラインとの戦いは異能研究部の勝利となった。

生きて罪を償わせることはできなかったが、誰一人欠けずにここに戻ってくることが出来たのだ。



「医雀先生にも礼を言うわ。まさか錫杖を用いての戦闘ができたなんて私も知らなかった。」


「まぁ誰にも言ってないからな。実は俺、医雀家っていう歴史ある元は地方豪族の三男坊でよ。まぁ、女の子にうつつを抜かしてたら普通に破門された。」



「えぇ…」


色んな感情の籠った「えぇ…」だったが、リアクションに困る。いつもは気だるげで死んだ魚みたいな目をしているのに、元は大分お坊ちゃんだったのだから。


「まぁ全然気にしてねぇさ。今はすげぇ楽しいからな。俺が悪い。家のルールだ、しきたりだなんだってのに振り回さたくねぇって思っての反発だったからな。


そん時に達者でなっていう、選別でばぁちゃんから貰ったのがあの変形式の金色の錫杖だ。本来叩いたりぶん殴ったりする道具じゃねぇけど。お前らを少しでも守れたならよかったよ。」



その錫杖は3つのパーツで分かれており、分割すれば持ち運びもできるという優れものらしい。それを広げて全員に見せる医雀の顔はとても嬉しそうだった。



「あ、では私からも、医雀先生。あの時は止めていただいてありがとうございます。私はデッドラインに対して私的な怒りで一瞬我を失って、奴を…」


「あーあれか。気にすんなよ砂海。」


空乃の深刻そうな顔とは裏腹に、医雀の対応は自動販売機でコーヒーを買ってあげた。そのくらいのあっけらかんとしたものだった。



「お前は私的だと思うかもしれないが、死んじまったモグコって子は大切な仲間だったんだろ?お前の立場だったら俺だって我を忘れてたかもしれねぇ。仲間のために何とかしたい。その思いだけは他でもねぇお前だけのもんだ。大切にしてやれよ。間違いを悔やんで、道を歩き直せるのがお前の強さだぜ。」


その言葉に直近の記憶をくすぐられたような感覚がした。

以前自分がキャップに、阿世町古毬に言ったことを思い出したのだ。


[私はその感情の変化に乏しい。だから私は私が嫌いです。モグコさんが爆発に巻き込まれたとき、私はどうやってこの場から切り抜けるかを一番に考えていました。私は人の心を置いてきてしまったようです。]



異能研究部に入って仲間が増えた。共に蠍會を倒そうとする同志たち。彼らと行動を共にし、人を、知ることが出来た。


朱に交われば赤くなるというが本当だ。医雀先生、ミオさん、ひのりん、タイガー、詠くん。彼らのおかげで確かに自分の中で、ゆっくりと血が通い出した感覚がある。


「ありがとう…ございます。」

復讐という名の円環から、既に彼女は抜け出していた。




「あ、詠くん。そういえばなんですが、またデートに行きましょう。とても楽しかったですから。」


「え?いやあれってデッドラインを誘い込むための策、でしたよね?別にもうやる必要はないんじゃ?」



「…詠くんはノンデリ野郎なんですか?」

「えぇ…?」



声の裏返った詠を他所に空乃は続ける。


「確かに策もありましたけどあれはほんの一部です。というか詠くんが言ったんですよ?思い返してみてください。」


「…?すみません俺、なんか言いましたっけ…?」



「オレは今のクノの気持ちに正面から向き合っていきたい。って前に言いましたよね?こんなのもうプロポーズじゃn」


「違いますよ?」



顔色一つ変えずに放たれる空乃の言葉に詠は、そうはさせないと制止した。

言ったのは覚えているが絶対にそういうことじゃない。


状況を見かねて二降が助け舟を出した。


「ほら、空乃さん。天札君が困っているわ。からかうのはその辺にしておきなさい。」


「別に?私はいたって本気ですよ?というかこの際はっきりさせたいので、ミオさんに聞きたいことがあるんですけれど。」


空乃は二降に近づき、右耳の近くで誰にも聞こえないように囁いた。






「ミオさんって詠くんのこと、好きなんですか?」



「…え?」





その日の帰り道。一人で帰路につく詠はあの日、死闘を繰り広げた埋葬傷奈のことを思い出していた。


「(あの大爆発の日、埋葬傷奈もそう遠くない近くにいた。巻き込まれていたりとかしていないかな。)」


[氷河の夜】以来の再戦。嫌でも運命を感じてしまった。

その死闘の最中、突然苦しみだした埋葬傷奈。普通ではない様子だったが果たして無事なのか。

いや違う。もっと確信めいたものが詠の中にはある。



無事に、なってしまう。



「(オレと埋葬傷奈はきっとまた出会い、戦うことになる。これは運命という名の因縁。オレがやらなきゃダメなんだ。)」


そう思った詠の頭の中に、ある一人の少女の面影が浮かぶ。

それは中学生時代、当時顔も名前も覚えられなかった、隣の席の、長い茶髪の明るい女の子。


今思えば初恋相手。


名前を知ったのは、彼女が居なくなった後。



でもいずれ、異能研究部の皆に話したい。天札詠、自分の全てを。



「(尸良咲しらさきさん…オレは、人を知りたいって…そう思ったんだ。だから見ていてくれ。オレという人間、その顛末を。)」






蠍會、埋葬傷奈の自室。


壁や床が大理石でできているかなり豪勢な部屋だが、生活感はまるでない。昨日引っ越してきたと言っても信じてしまうほどの。


その部屋の隅に置かれた灰色のベッドに、埋葬傷奈は頭を押さえて座っていた。

いつも蠱惑的な笑みも鳴りを潜め、頭にずっしりと響く鈍痛をやり過ごそうとしている。



「(ヨミ君と戦ってからというもの、なんだろうこの頭痛は…?いや、さっきからヨミ君のことを考えると心拍数もすごい…)」



そして


瓦解は突然やってきた。



「ッッ!?」


さらに痛みが強くなり、埋葬傷奈の姿が、ブレた。

テレビのいわゆる砂嵐が埋葬傷奈の全身を包んでいるような光景。



「そもそも…私は…」


銀髪だったはずの長い髪が一瞬、透き通った明るい茶色に変わる。


埋葬傷奈の顔が、一瞬だけ別の少女のものに変わる。


「本当…に…まいそう…きずな…なのか…?」



全身が千切れる程の強烈な痛みが走った。



そして理解する。




埋葬傷奈は



埋葬傷奈という人間は、




「ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!」









続く

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