一章 いつかのあの日の空の色


7月半ば、市立巾離高校では夏休みを間近に控えていた。勉学に勤しむ生徒も自らの限界に挑む体育会系も、特に一年生は浮足立っている者が多い。何かと開放的になる季節だ。今年の夏はと、誓いを立て全力で青春を全うする。そんな風潮が見受けられるようになってきた。


「おはよー!天札君っ!くらえ毛布パンチ!」

「痛っ!くないなうん。でも流石に暑いよ豊花。」

教室に入るなり、ぐるぐる巻きに毛布を腕に巻きつけて詠に攻撃する。朝からひのりはいつもの如くハイテンションだった。


「あはは~ごめんごめん。そして横に座ってる芥丸君にもパーンチ!」

「あはは~もふもふ~…いや痛って!いやひのりそれ毛布巻いてない方の拳っ!」

「あっ!ごめん!普通に芥丸君殴っちゃった!」


「いや大丈夫だぜ。流石の俺も早朝から急にぶん殴られたのは初めてだけど」


特に理由のない理不尽が芥丸を襲う。


例にも漏れず詠以外のクラス全体もどこか浮ついた夏休み前特有のそわそわ感があった。

そこに一陣の冷風が教室に入って来る。


「おはよう。ちょっといいかしら。」

「あれ?二降先輩?珍しいですね。オレらのクラスまで来るなんて。グループチャットでも別によかったですけど。」

「いや少し火急の用よ。少し外まで来てくれるかしら?」

「(二降先輩なのに火急の用…ふふっ)」

芥丸は何やら急に笑い始めた。


「…下らないこと考えてると製氷するわよ…?」

「涼し…いや寒っ!?いや俺まだ何も言ってませんけど!?」

まだ、とか言ってしまうあたりがダメだった。二降は一息ついてから、再度話し始めた。



「経緯は知らないけれど今、医雀先生が外で変な人に捕まっているの。余計なことを吐かないように一緒に行きましょう。」

「変な人?誰なんだろ?」


ひのりが疑問を投げかけると、クラス中がこっちを見ていることに気づいた。

こちらの話し声までは聞こえていないが、普段誰ともあまり話さない学校一のクールビューティーがいきなり朝から詠たちと話し始めるのは、直近の二降の心境の変化を知らない人間からすればそれは奇妙な光景に移ることだろう。



「うわ、あれって確か二年生の二降先輩だろ…?めっちゃ美人じゃんスタイルえっぐ。」

「なんでうちら1年の教室にいるの?それにしても肌白くて綺麗…ヤバい、推せる。」

「ひのり委員長とかとなんか関わりあるのかなぁ?羨まし~」


ざわざわとして目立ち始めてきたので、説明は後でと二降は付け加えて詠、ひのり、芥丸たちと外に向かった。




「だからねぇ俺も良く知らんのよ。事故のことは俺も今朝見ただけでね。」


外に出た詠たちはあまり人気のない、体育館の裏側の資材置き場で誰かと話している医雀を見つけた。

「医雀先生。」

「おぉお前らか。おはよう。いやこの兄ちゃんが事件のことを聞きたいって通りがかった俺のところに来てな。」

「事件…?っていうのは」


「今朝の爆破事件のことですよ。」

医雀と話していた、ペンとメモを持った金髪の若い男が口を開いた。


「あぁ僕ァ玄百士郎クロナ シロウっていうもんです。フリーでルポライターやってます。シロクロワイドっていうネット記事書いてるんだけど知ってる?」


「いや、私は知らないわね。」

「オレたちも知らない…よな?」

全員が首をかしげる。

「あー…まぁいいか。僕ァが書いたやつで言えば…例えば昨日書いたこれとか」

玄百はスマホをこちらに分かるように見せた。



[貴金属店謎の大爆発!怪我人多数。原因不明の超常現象によるものか??]



「うっさん臭ぇ~何だよ超常現象って。」

医雀がげんなりしながら言った。


「あ、でもこれならオレも知ってる。命に別状はないけど、突然貴金属店の中で爆発があった。病院に搬送された重傷者が4~5人いるって。しかも」


「火器や火元の消し忘れが原因ではない。そうもメディアは言っていたわね。」

二降がそう補足した。


しかも今は夏真っ盛りの季節。そうそうガスやストーブなどは使わない。

しかも爆発が起こったのは貴金属店の店内で、だ。こうなってくると異能研究部の彼らの頭の中に浮かぶのは異能ミステル

動機は不明だがそれを使っての犯行だろう。だが目の前の金髪記者に知られるわけにもいかないので、彼らはアイコンタクトをした。



「へぇ。最近の学生はみんなSNSに四六時中かじりついてると思ってたけど、まだまだマーケット調査不足かな。感心だね君達。」

玄百クロナは詠たちに拍手を送った。


「情報こそ最も気軽に触れられるエンタメ。昨今、特にこういった人間離れした不可解な事件が頻発しているように見えてね。

僕ァその事件を追っていきたいんだよ。この辺一体は特にいい記事が書けそうだし、近くに部屋を借りて正解だったよ。また何か面白い情報やお困りごとがあればここに。それじゃあ、ありがとうございました~。」



玄百は電話番号を医雀に渡して、その場から去っていこうとする。

「あ、おいちょっと」

医雀が肩を掴もうとするが、なぜか医雀は急に後ろに倒れた。玄百はどこかへまた行ってしまい見えなくなった。


「いてて。なんだ?何か今ぶつかったぞ?」

「もー、医雀先生ったら何もないところで転ばないでくださいよ~。」

「いや、今確かに何かと…」



「…恐らくあの玄百って人は異能ミステル持ちだ。完全にクロだな。」

「えっ。マジかよヨミ⁉よく分かったな。」


「オレの悪食の黒ヴォイドグラトニーは相手の性格や能力が分からないと咀嚼チューイングして使うことはできないけど、今ので異能ミステル持ちかどうかの確信はついた。そもそもあの人、学校への取材許可証を首から下げてない。だからオレたちが着いたら早々に切り上げた。」


「確かに天札の言う通りだな。でもそれだけじゃないんだろ?」


「はい。二降先輩は前に言っていましたよね?異能ミステル自体を知らない人間は、異能ミステルが原因で起こった出来事の多くを認識できないって。」


二降は静かに頷く。


「爆発事件そのものは怪我人も出ているわけですし、メディアも少し不可解な事件として取り上げるのも分かります。ただあの玄百クロナって人はそういう事件が頻発していることを認識していて、それを超常現象とまで言っていた。

明らかに異能ミステル絡みの事件だと知っていたんです。極めつけはさっきの医雀先生。玄百って人に触れる前に、何かにぶつかったように後ろに倒れてた。どんな能力かは分からないけど、あれが異能ミステルだと思う。」


「確かに!天札君すごいね…あたし全然分からなかったよ。」

「まぁ最初からかなり警戒してたってのがあるかも。こんな朝一番から学校に来るのも違和感があったし。」


話していると、授業開始5分前を知らせるチャイムが鳴った。二降が全員を見ながら言う。


「そろそろ戻らないといけないわね。話はまた地下の部室で。それじゃあ。」





放課後、いつものように部室に集まる異能ミステル研究部の面々。白衣を靡かせた医雀が最後に入ってきて引き戸を閉めた。

「さてと、早速今日も始めるか。お前ら。また爆発事故があったことは知ってるか?」

「知ってるっすよ!俺たちのクラスでも話題になってたんで。」


芥丸の言う通り、15時過ぎに市立巾離高校の最寄り駅の近くの、今度は中華料理屋で爆発事故があった。

平日の客の少ない時間だったのが幸いだったが、中にいたシェフ、客が十数人怪我をしたとのことだった。


「昨日、爆発事故のあった貴金属店との直接の関係はないらしいな。やはりこちらも火元や爆発物があったという情報はない。異能ミステルが絡んでいるとみて間違いないだろう。」


「うーん、でも今度は中華料理屋さん?全然関係のないように見えるけど…」

「これ…豊花さんが前、私に教えてくれたお店ね。」

「そうなんですよ!あの店長さん、人柄の良い優しいおじいちゃんで、すっごく美味しいの。心配だなぁ。」


「ひのり、大丈夫そうだぜ。今回は爆発の規模はそこまででもないみたいだ。その店長さんも爆発で飛んできた破片で足を少し切っただけの軽症だってさ。」

「本当?よかったぁ」

安心したひのりが胸を撫でおろした。が、二降にはそれを聞いて気になることがあった。


「でも蠍會は今までこんな白昼堂々破壊工作をするような輩ではないわ。被害に遭った人も異能ミステル持ちではなさそうだし…一体何が目的なのかしら。」



その時だった。



コツ…コツ…コツ…


足音が、廊下から響く。


「ちょっと待て‥ここは俺たちしか知らない地下室だぞ…俺たち以外の足音がするのはおかしい。全員警戒しろ!刺客が放たれたのかもしれねぇ!」


医雀の指示で全員が席からすぐさま立ちあがり、5人で部室(というか教室)の端へと移動した。


そして


扉が開く。




「っ!?」


「…すみません。地下に入っていく様子が見えましたので後を追わせていただきました。」



それは以前、異能研究部との戦いに敗れた蠍會の始末屋・鋏屋シザーのクノだった。



鋏屋シザー⁉なぜここに…!あの日以来、貴方はこの学校へ来ていなかったはず。今になって私たちの前に現れるなんて何が目的⁉」


「急に現れたことについては警戒させて申し訳ありません。少々、心の整理…をしていたもので。」

「心の整理…?」


「安心してください。残り二人は成人しているのでここへは来ません。今日は私しかいませんし、あなた方と今後一切の対立はしないことを誓います。今日は私が代表して尋ねさせていただきました。」


人数に関して疑問に思った詠は、距離はありながらも聞いてみた。

「ん?二人?確かアンタ達って四人組だったよな?あと一人は?」



そう詠から問われると、クノは苦悶の表情を浮かべ、下を向きながら弱弱しく、涙を浮かべながら確かに答えた。



「彼女はっ…モグコさんは…殺されました…劇毒アドベノム・゛致死毒゛のデッドラインの手によって…!そして、昨今の爆破事件には奴が絡んでいますっ!」


「なっ…」

「何ですって…!?」

医雀と二降が同時に驚愕の表情を見せた。ひのりはその表情にも驚きながら二人に問う。


「あ、あどべのむ?って何なんですか?」

「…前に二降が埋葬傷奈のことを、実力は蠍會でも5本の指に入るって言ってたろ。

その五本指をまとめたのが蠍會大幹部。通称・劇毒アドベノムだ。だからその゛致死毒゛のデッドラインは埋葬傷奈と同格ってことだ。」



埋葬傷奈と同格。


この言葉に詠の心は、震えた。それは感動という意味ではなく、畏怖。ずっと記憶から離れないあの【氷河の夜】のこと。グラトが蘇生行為をしていなかったら確実に詠はこの世にいない。


「マジか‥ヨミをあんな目に遭わせた埋葬傷奈と同格の奴が、今暴れまわってるっていうのかよ!」


「動揺も当然の事だと思います。そこで皆さん、異能研究部に、大切なお願いがあるのです。」

クノは涙を拭き、眼鏡の位置を直してから、言った。




「私を、異能研究部に入れてください。」



絶句。5秒間その場にいたクノ以外の誰もが制止した。

「モグコさん…あの短髪で、下は着ぐるみの女の子のことです。彼女は私を奴から助けようとして命を落としました。私たちは昔から常に一緒だった…お互いに足りないものを、継ぎ接ぎだとしても、埋め合いながら生きてきたんです。

ですが鋏屋シザーは解体され、私たちが育ったあの頃のさそり園、そこから見えたあの晴れ空は薄暗くてもう見えない。心を入れ替えただなんて無責任かもしれません。だから、私はあの頃の空を取り戻すために、蠍會を倒したい。どうかお願いします!!」


その部室にいる誰もが、頭を下げながら叫ぶクノの言うことに嘘偽りはない。そう思った。ただ感情の整理が追い付かないだけ。迷う異能研究部だったがただ一人、口を開いたものがいた。


「アンタ達のこと、ちょっと誤解してたかも。仲間のために涙を流したりさ。オレたちと変わらないよ。」


詠が声色穏やかに言った。


「蠍會の奴らは全員血も涙もない、異能ミステル使って弱者を食い物にする人間。そう思ってたから最初は許せないって思った。でも全てって一括りにするのもまた違うなって思った。蠍會の中でもこれでいいのかって考えて踏みとどまれる人間がいるって知って上手く言えないけど、すごいよ。

モグコって人の異能ミステルは、オレの中で今も息づいてる。だからオレはあの子の思いも背負って蠍會と戦っていくことに決めた。」



また一つ、詠は人を知っていく。人を知ることで己の世界を広げていける。

そうして人は、


強くなれる。



「みんな、オレは今のクノの気持ちに正面から向き合っていきたい。だから、クノを異能研究部の新しい仲間として迎えたいんだけど…」


その問いに迷う必要など、なかった。同時に返答が返ってくる。

「天札君の考え、分かったよ。今日からよろしくね!クノさん!」

「青春だねえ。天札の意見に賛成だ。これから頼むな。」

「初めて会ったときから本当に変わったなヨミ…そして新入部員万歳っ!」



そして、二降は。

「私も賛成よ。だけどクノ。これだけは言わせて。」

早足でクノの目の前に立ち、伝える。これだけは伝えておきたい。




「私の大切な場所を壊そうとしたら、絶対に許さない。」



「っ…はい。肝に銘じます。」

こうして、異能研究部に新たなメンバーが加入した。


「じゃあ、クノさんはあたしの横の席ね!」


「あ、すみません。クノは蠍會でのコードネームなので、もうこの名前は必要ありません。私の本当の名前は、砂海空乃すなみそらの。友人からは空乃と呼ばれることが多いですかね。市立巾離高校2年5組です。」


「えっ!まさかの先輩だった!すみません!えっと…空乃先輩っ!」

「はい。よろしくお願いします。ひのりん。」

「え、ひのりん…?」


「距離の縮め方下手くそか…」

「聞こえていますよ。えーと…タイガー。」

「それ俺⁉確かに芥丸大我あくたまるたいがって名前だけど!」


しっかり者マイペース女子、空乃は黒髪ボブで赤い縁の眼鏡をかけていて、見た目こそ真面目な印象を受けるが、ツッコミが必要な人物でもあった。


「あ、そうでした。すみません。貴方に言い忘れていたことがありました。」

空乃は詠の元に駆け寄り、言った。






「好きです。詠くん。私と付き合ってください。」




「…………はい?」

「「はああああああっ?????」」


その日の空の色は、いつの日かよりも広く、青く、晴れ渡っていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る