第6話二人の将軍

 どうにか人の輪を抜け、オープンカフェでケンカをしている老エルフと老魔族に声をかける。


「あの、失礼ですが……」

「おのれこの強欲魔族め! ワシの分のタルトまで食べおって!」

「貴様こそさっき私のチョコを多めに食べたであろうが!」

「そういうケンカかよ……!」


 俺は思わずずっこけそうになりながらツッコミを入れてしまった。

 二人の老人はオープンカフェの席に座って言い争いをしており、見るからに今食べていたのだろうとわかる空き皿がテーブルの上に乗っていた。


「む、なんだね君は?」

「ええと……こういうものです」


 俺はとりあえず保安官代行免許証のバッジをポケットから出して見せる。私立探偵としての仕事をするために持っているものだが、一応、ある程度身分を保証するものでもある。


「ちょっとあなた方のケンカが、騒ぎになっていまして」


 そう言って周囲を見回すと、人が集まってきていることに二人もはじめて気づいたようだ。


「おや、それは失礼。だがケンカではなく、この業突く張りに物をわからせていただけです」

「よく言うわこのいやしんぼめ」

「なにをぅ!?」

「なんじゃぁ!?」

「ちょ、ちょ、やめてやめて!」


 再び言い合いになりそうな所に慌てて割って入る。

 その時になってあることに気付いた。老エルフのほうの顔に見覚えがあったのだ。

 よくよく見てみると、彼の肩にかけてある外套の留め金は茂る樹木という意匠で、それは人魔戦争当時、大変な功績のあった人物に与えられた勲章、世界樹章だった。


「失礼ですが、もしやラフール将軍では?」

「む? いかにも、ワシはかつて将軍をやっていたが……」

「失礼しました。私は今は退役しましたが、軍に居たんです。あなたの肖像画はアスワックスの士官学校にも飾ってありますよ」


 そういって右手を首もとに当てる敬礼をすると、老エルフも応じて右手を胸に当てる敬礼を返してきた。


「かっかっか、若いもんにも覚えられておるとはのう。今となってはただの爺じゃぞ」

「フン、そんなことで喜びおって」

「ええじゃろうがちょっとくらい」


 ラフール将軍は、怒っている時とは違い、微笑むと好々爺といった印象の顔だ。

 彼は人魔戦争当時に人類連合軍で将軍だった人物であり、戦争終結の立役者の一人、まさに英雄と言える人物だ。

 戦争世代の生き残りだとは思っていたが、まさかの大物である。


「ええと、こちらは……」


 そうなってくると気になるのが、戦争の英雄と口ゲンカをしている魔族のほうだ。

 魔族もエルフと同じく長寿の種族だが、実際にどれくらい長生きなのかはちょっと知らない。見た目でいえば老エルフと似たような老境に見えるが、同年代とは安易には言えないだろう。

 頭の角にはよくみると細かな傷がいくつもついていて、こちらも元軍属だったのかもしれない。翼にはなにやら金の飾りらしきものがつけられている。


「そっちの人は、もしかして……」


 聞こえてきた声に振り返ると、いつのまにかクロエがすぐ傍に来ていた。周りの人だかりも、騒ぎが落ち着いてきたとみえたのか減りはじめていた。


「知っているのかクロエ?」

「スヴェン卿……じゃないですか?」

「おや、お若い方に知られているとは、嬉しいですね」

「おい、おヌシさっきワシになんと言っとった?」

「フフフ、聞こえんな」


 どうやらクロエの知っている人物だったらしく、こちらもそんな事を言いながら口元を綻ばせる。


「スヴェン卿っていうと……?」

「魔貴族六家の一つ、バルトマン家の……人魔戦争の時の当主で、こっちでいえば将軍だった人よ」

「つまり……人魔戦争の両陣営の将軍が一緒にカフェでお茶してたってこと……?」


 しかもタルトだのチョコレートだのを取り合ってケンカしているとは……ある意味平和というべきだろうか。

 思わぬ状況に驚いているこちらを尻目に、ラフール将軍はカフェの店員を手を振って呼びつけていた。


「おうい、これと同じタルトとチョコ、二つずつ包んでくれい」

「そんなにたくさん注文して……どれだけ食べるつもりだ、食いしん坊の爺が」

「おヌシが取られたのなんのとうるさいからじゃろうが、全部ワシが食うわけではないわい」


 この様子を見ると、わざわざ止めに入らなくても大丈夫だったみたいだ。

 まったく伝説級の大物なのに人騒がせな老人たちだ……いや、大物だからこそ騒がしくなるのか。


「ふぅ……とりあえず何事もなくて良かったです。では、失礼します」

「ああ待て待て、若いの。そう急くもんではないぞ」


 もう一度敬礼をして立ち去ろうとしたところで呼び止められる。


「ほれ、これを持っていきなさい」


 そして、店員が持ってきたケーキボックス……タルトとチョコが入っていらしいそれらのうち、一箱ずつを俺とクロエに手渡す。


「あの……これは?」

「わざわざこんな老人共に声をかけてケンカを収めようという殊勝な若者に、お詫びの品をな。味はワシが保証するぞ」

「そんな、ありがとうございま」

「貴様のような何でも食えればいいという爺の舌で保証なぞされても困るだろう」

「気の利かん嫌味魔族め! おヌシも余計なことを言う前に詫びの一つも言えんのか!」

「もとよりケンカなぞしていないからな。暴食爺が勝手に騒いでいただけだ」

「言わせておけば良い気になりおって! いいじゃろう、今日こそ決着をつけてやる!」

「フ、望むところだ。今日こそ吠え面をかかせてやる」


 またもや剣呑な雰囲気になってしまった。しかも決着とか、なにをするつもりだ。

 やはり止めなければいけないかと身構えていると、


「あの……」

「よし、いつもの遊技場のダーツでええな?」

「貴様、自分の得意なもので勝負しようとするな。今日はビリヤードだ」

「そっちこそ自分の得意じゃろうが!」


 そんなふうに言い合いながら、二人とも後は俺達に目もくれず、店員に金を渡してカフェを去っていってしまった。

 あとに残された俺とクロエは、ケーキボックスを持ったまましばし途方に暮れる。


「……元気な爺さんたちだったな」

「そうだね……」


 互いの顔を見合わせ、苦笑する。


「夕飯にガッツリ肉を食っちまったら、デザートが入らなくなりそうだな」

「えー、余裕でしょ? デザートは別腹よ」

「お前な……太っても知らないぞ」


 クロエの腹を摘もうと手を伸ばしたら、鋭いローキックをふくらはぎに叩き込まれた。

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