第5話人魔戦争
大佐からの依頼は、スラムで一悶着あった以外は一日で終わる簡単な仕事だった。
その手間の少なさに反して結構な額の報酬をいただいたのだが、大佐の優しさではなく口止め料みたいなものだろう。
あの猫について詳しい話はほとんど聞いていないのだが、存在自体が秘密の塊みたいなものだろう。ファンタジーな異世界に転生してからこっち、魔法とか異種族とか色々なものを見てきたが、喋る動物に出会ったのは初めてだ。
もちろん他所で言いふらすようなことはもともと無いのだが、うっかり漏らさないように気をつけないといけないだろう。
それはさておき臨時収入である。
ここシャルウェイは私立探偵として仕事に困らないくらい日頃からトラブルの多い街だ。おかげで忙しい時は本当に忙しいのだが、バカンスに行ったり出来る程度にはお金には困っていない。
実家への仕送りは軍の年金があるしな。
多少の贅沢をしても問題ない程度に懐の余裕があった。
「夕飯は外に食いに行くか」
窓際に置いたリクライニングチェアで本を読んでいたクロエは、パッとほころんだ顔をあげて、
「じゃあ肉が良いわ」
「肉かぁ」
「なによ、ダメなの? このところ魚が多いのだもの」
「ダメじゃないよ、ただちょっと最近は脂っこいのがきつくてな……」
「おじさんくさいこと言って」
「ぐっ……」
クロエがニヤニヤしながら俺の腹肉を摘もうとするので、腹筋に力を込めて耐える。
皮を軽く引っ張る程度しかつまめないので、クロエはつまらなそうにペチペチと腹をパンチしてきた。
「全然たるんでないじゃない、これならお肉くらい入るでしょ」
「食えるかどうかってのとはまたちょっと違うんだ……」
食べられはするのだが、脂のくどさへの抵抗を感じるようになってきたのだ。
この感覚、若者にはわかるまい……。
「肉ならチェスターグリルかな。まだ夕飯の時間には早いが、少しデートでもしていくか?」
「はーい」
連れ立って家を出た俺達は、目当てのレストランがある繁華街のある山の上の通りに歩いて向かった。
デートといえばショッピングかな、という安易な考えのもと、繁華街の服飾店などを見て回る。
といっても、前世のような大量の既製服が並んでいるなんてことは当然無い。
今世は蒸気機関と魔導機関がすでにあるため、紡績、紡織は劇的に早くなっている、はずなのだが、原材料の羊毛や綿花の産出が大量生産に追いついていない。
さらにはミシンがまだ発明されていないと思われる。表に出ていない技術を調べる方法なんて無いので、おそらくではあるが。
つまり、それなりに高い金を払って職人にオーダーするか、布と糸を買ってきて自分たちで作るかということになる。
普段、仕事の時に俺が着ているのはスーツが多いのだが、それも仕立て屋に頼んで作ってもらったオーダーメイドだ。
結構な金はかかってしまったが、やっぱり探偵と言ったらスーツだろ。
あるいは中古の服を売り買いするマーケットがあるが、それは少し坂を下った鉄道駅近くのほうに集まっていた。
「なにか気に入った物があった?」
「うん、これが可愛いなって」
クロエがじっと見入っている髪飾りがあったので購入してその場でつけてやる。
「ふーふふーふーんふふー」
上機嫌になったクロエは鼻歌を歌いながら、婦人服の仕立て屋のウインドウを覗いている。
なんの曲を歌っているのかはよくわからないが、即興なのかもしれない。
魔族であるクロエには頭の角、あとは小さいけど羽と尻尾がついている。細長い尻尾はスカートの裾から出せばいいが、羽は専用の穴を服に開けなければ出すことができない。
既製服が作られるようになったとしても、そういう種族差が多いのでオーダーメイドはしばらく続くだろう。
繁華街をのんびりと歩いて見て回っていると、繁華街の一画で騒ぎが起きていた。
「なになに? なにかあったの?」
「うーん、ケンカか?」
その騒ぎの現場に近づいていくと、どうやらその中心で誰かが大声で叫んでいるのが聞こえてきた。
二人の男性の声が言い争っている。声の感じからして、老年の男性のようだ。
人の肩の間から覗いてみて、俺は思わずギョッとする。
ケンカしている人物が、エルフの老人と魔族の老人だったからだ。
「ちょっとマズイかこれは……」
「そうなの?」
「ほらあっちのエルフ、どう見ても五〇〇歳以上だろ?」
「ああ、生き残りなのね」
エルフという種族は、前世の創作であったのと同じような耳の長い長寿の人種だ。その寿命は数百年から千年と言われている。
寿命の長さと比例して、エルフの成長老化の速度はゆっくりだ。見た目からして老人だとはっきりわかるエルフは、結構な長い年月を生きている可能性が高い。
エルフの老人だと何がマズイのかといえば、人魔戦争の現役世代だった可能性があるのだ。
人魔戦争とは、人類と魔族の戦争だ。
魔族も一つの人種として扱われているのだが、大昔には人類の敵と言われていたことがある。
その人魔戦争は約五〇〇年前に終結した。
その後は徐々に時間をかけて他人種と魔族の関係は修復しているのだが、いまでも完全に友好的とはいいにくい。
その原因の一つがエルフのような長寿族で、まさにその人魔戦争で実際に戦争を体験した人たちが生き残っているのだ。
世代を重ねたら風化していくような記憶も、体験した当人が生きているのだから消えていくことはない。
いまはまだ口ゲンカをしているだけのようだが、もし戦争世代が本当にケンカをしていたとしたら、血を見るようなことになるかもしれない。
「さすがに、止めに入ったほうがいいか。クロエ、ちょっと待ってろ」
「あ、ちょっと……」
人垣をかきわけ、騒いでいる二人のところに急いで向かった。
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