第39話 古代エジプトの王家の髪飾り
1
中元は森脇から話を聞いていた。
「その一番価値のあるものと言うのは?」
森脇は真剣な顔をして言った。
「おそらく、イヤリングの事でしょう。」
「しかし、イヤリングは、ステンレスですよ。」
「おそらく、そのイヤリングを受け取ったとされる人は、金属アレルギーなのでしょう。」
「それが、河合さんのおばあさん。」
「おそらくは。」
「しかし、何で、影商は、今頃それを売ろうとしたのだろう?」
「今まで売ってたんじゃないですか?単純に長い間買い手がつかなかっただけかと。」
「影商を名乗る、贋作売りは、山ほどいますからね。」
「影商の伝説は、数百年に渡って、語り継がれています。恐らく、単独犯によるものではないでしょう。」
「そんな貴重なものを、一人の女性に?」
「彼が、盗んだものの中に、 加工前は、古代エジプトの王家の髪飾りなるものがあったとされています。」
それを影商が切り出して、“形見”として女性に贈った。
「それには、歴史の背景に照らすと、耳元に着けることで、王の声を聞くとされています。」
「まさに、その髪飾りが盗まれたのです。」
2
陰キャと陽キャで二分すると、河合や黒島、高田、大原、北野、三国は、間違いなく陽の側だった。
体格のいい福田は、そのどちらにも属さず、いつもひとりでいた。
孤独だった。
中学校に柔道部はない。
だから、福田は道場に通っている。
福田は嫌われていた。普段は学校に来ないが、体育大会が終わったのをきっかけに、ふらりと現れた。
そして、合唱の指揮者に立候補した。誰も逆らえなかった。
けれど、福田本人は気づいていない。みんなが納得した上で、指揮者が決まったと思い込んでいた。
仲のいい友達はいない。だが、誰とも話さないわけではなかった。
というより、周囲は“コミュニケーションのカツアゲ”に遭っているようなものだった。
福田にとって、クラスの女子はすべて“俺の女”だった。
彼氏がいようが関係ない。誰にでも声をかけ、独占欲は異様に強い。
誰かが他の男子と話しているだけで、嫉妬に顔をゆがめる。
大原、北野、三国には、通り魔のように拳骨を落としていった。
だが、物怖じしない黒島だけは、そんな福田に真正面から挑んだ。
「ちょっと、なんで今、北野に拳骨したの?」
「そこにそいつがいたからだ。」
「じゃあ、あんたが通ったら、私も正拳突きするよ!」
福田は、にちゃあと口元をゆがめて笑った。
「それはそれで……興奮するな。」
「気持ち悪い。ちょっかいかけないでよ。」
福田は無言でその場を離れた。
3
中元たちは、ラジットたちのアジトを突き止めようとしている。
「ラジットたちのアジトはおそらく地下にある。」
「広大なエジプトの砂漠に?」
「ええ。」
「影商でも、いれば、居場所が突き止められるんですがね。」
「私たちで何とかするしかありません。何か、ダウジングできるようなものはありませんか?」
森脇はアタッシュケースから、燦然と輝く品物を出した。
「威力は弱いですが、この指輪で行きましょう。」
これは、たくさんの、皇帝からもらったものの一つとされる、イシスの涙と呼ばれる、指輪であった。
中元は、指輪を付けて変身した。
「どうするんですか?」
森脇は聞いた。
「超音波で、アジトの発信源を突き止めます。」
清水が中元の言葉に続けていった。
「彼らは我々の行動を偵察衛星で、観察しているんですよ。」
「じゃあ、変身して大丈夫なんですか?」
「偵察だけで、音までは感じ取れません。」
中元は冷静に言った。
4
中元は授業をしていた。
とはいえ、今日はいつになく騒がしかった。
福田が一人で喋っているせいだ。
前の席の男子に暴言を吐き、後ろの女子には甘い言葉で口説きを入れている。
前の席には男子が、後ろの席には女子が座っていた。
中元は気にも留めず、淡々と授業を続けた。
他の教師であれば注意するような場面でも、彼はまるで聞こえていないかのようだ。
そんな騒がしさの中でも、河合は机に突っ伏して眠っていた。
授業が終わると、黒島が中元のもとへやって来た。
「先生! 福田くんを注意してくださいよ」
「自分で注意すればいいのでは?」
中元は首を傾けて返す。
「いやいや、先生のほうが席、近いじゃん」
福田は窓側から2列目、前から2番目の席に座っていた。
体格が大きいため、距離以上に“存在感”が近く感じる。
だが、中元は気にしない。
黒島たちは廊下側の席、横に並んだ3列を6人で占めていた。
休み時間になると、椅子を引っ張ってきて机を寄せ、ひとつの島にして会話に花を咲かせる。
福田はその様子を、ちらちらと横目で見ていた。
あの楽しげな輪が、どうやら気に入らないらしい。
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