第39話 古代エジプトの王家の髪飾り

 中元は森脇から話を聞いていた。

「その一番価値のあるものと言うのは?」

 森脇は真剣な顔をして言った。

「おそらく、イヤリングの事でしょう。」

「しかし、イヤリングは、ステンレスですよ。」

「おそらく、そのイヤリングを受け取ったとされる人は、金属アレルギーなのでしょう。」

「それが、河合さんのおばあさん。」

「おそらくは。」

「しかし、何で、影商は、今頃それを売ろうとしたのだろう?」

「今まで売ってたんじゃないですか?単純に長い間買い手がつかなかっただけかと。」

「影商を名乗る、贋作売りは、山ほどいますからね。」

「影商の伝説は、数百年に渡って、語り継がれています。恐らく、単独犯によるものではないでしょう。」

「そんな貴重なものを、一人の女性に?」

「彼が、盗んだものの中に、 加工前は、古代エジプトの王家の髪飾りなるものがあったとされています。」

 それを影商が切り出して、“形見”として女性に贈った。

「それには、歴史の背景に照らすと、耳元に着けることで、王の声を聞くとされています。」

「まさに、その髪飾りが盗まれたのです。」

 陰キャと陽キャで二分すると、河合や黒島、高田、大原、北野、三国は、間違いなく陽の側だった。

 体格のいい福田は、そのどちらにも属さず、いつもひとりでいた。

 孤独だった。

 中学校に柔道部はない。

 だから、福田は道場に通っている。

 福田は嫌われていた。普段は学校に来ないが、体育大会が終わったのをきっかけに、ふらりと現れた。

 そして、合唱の指揮者に立候補した。誰も逆らえなかった。

 けれど、福田本人は気づいていない。みんなが納得した上で、指揮者が決まったと思い込んでいた。

 仲のいい友達はいない。だが、誰とも話さないわけではなかった。

 というより、周囲は“コミュニケーションのカツアゲ”に遭っているようなものだった。

 福田にとって、クラスの女子はすべて“俺の女”だった。

 彼氏がいようが関係ない。誰にでも声をかけ、独占欲は異様に強い。

 誰かが他の男子と話しているだけで、嫉妬に顔をゆがめる。

 大原、北野、三国には、通り魔のように拳骨を落としていった。

 だが、物怖じしない黒島だけは、そんな福田に真正面から挑んだ。

「ちょっと、なんで今、北野に拳骨したの?」

「そこにそいつがいたからだ。」

「じゃあ、あんたが通ったら、私も正拳突きするよ!」

 福田は、にちゃあと口元をゆがめて笑った。

「それはそれで……興奮するな。」

「気持ち悪い。ちょっかいかけないでよ。」

 福田は無言でその場を離れた。

 中元たちは、ラジットたちのアジトを突き止めようとしている。

「ラジットたちのアジトはおそらく地下にある。」

「広大なエジプトの砂漠に?」

「ええ。」

「影商でも、いれば、居場所が突き止められるんですがね。」

「私たちで何とかするしかありません。何か、ダウジングできるようなものはありませんか?」

 森脇はアタッシュケースから、燦然と輝く品物を出した。

「威力は弱いですが、この指輪で行きましょう。」

 これは、たくさんの、皇帝からもらったものの一つとされる、イシスの涙と呼ばれる、指輪であった。

 中元は、指輪を付けて変身した。

「どうするんですか?」

 森脇は聞いた。

「超音波で、アジトの発信源を突き止めます。」

 清水が中元の言葉に続けていった。

「彼らは我々の行動を偵察衛星で、観察しているんですよ。」

「じゃあ、変身して大丈夫なんですか?」

「偵察だけで、音までは感じ取れません。」

 中元は冷静に言った。

 中元は授業をしていた。

 とはいえ、今日はいつになく騒がしかった。

 福田が一人で喋っているせいだ。

 前の席の男子に暴言を吐き、後ろの女子には甘い言葉で口説きを入れている。

 前の席には男子が、後ろの席には女子が座っていた。

 中元は気にも留めず、淡々と授業を続けた。

 他の教師であれば注意するような場面でも、彼はまるで聞こえていないかのようだ。

 そんな騒がしさの中でも、河合は机に突っ伏して眠っていた。

 授業が終わると、黒島が中元のもとへやって来た。

「先生! 福田くんを注意してくださいよ」

「自分で注意すればいいのでは?」

 中元は首を傾けて返す。

「いやいや、先生のほうが席、近いじゃん」

 福田は窓側から2列目、前から2番目の席に座っていた。

 体格が大きいため、距離以上に“存在感”が近く感じる。

 だが、中元は気にしない。

 黒島たちは廊下側の席、横に並んだ3列を6人で占めていた。

 休み時間になると、椅子を引っ張ってきて机を寄せ、ひとつの島にして会話に花を咲かせる。

 福田はその様子を、ちらちらと横目で見ていた。

 あの楽しげな輪が、どうやら気に入らないらしい。

 

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