参拾壱ノ話・おめかし乙女、いざ懇親会へ
朝食を終えた
差出人の名前は
音々の婚約者であり、各方面から引っ張りだこの人気フラワーアーティストだ。
「なんでわざわざ手紙にしたんだろ。なんかあったのかな?」
「読みゃ分かる」
このご時世に、メールでも連絡ツールでもSNSでもなく、手紙。しかもご丁寧に手書き。
芦緒独特の丸い文字で綴られた文章が、音々の淡い灰色の瞳に向かって存在を主張してくる。
『やぁ、音々ちゃん!! 久しぶりだねぇ、元気にしてるかな!? ボクはとっても元気さ! 元気すぎて色んな女性を魅了してしまって、求愛が眩しいよ! ところで今度、ボクの名義で懇親会を行うことになったんだ! 軽い立食パーティーだから、音々ちゃんが苦手なかしこまったものではないよ! 予定が合えば是非とも参加してくれないかな!? もちろん、嘉志羽さんも一緒にね!!』
「……なんていうか」
字面がうるさい。
という言葉を、音々はかろうじて飲みこんだ。
「安定の芦緒節全開だよな」
嘉志羽も同じ感想だったのだろうか、若葉色の三白眼が遠くを見ていた。
芦緒は音々が初めて会ったときから、ハイテンションが常。
たった数回会った程度なのに、音々の中に強烈なインパクトを残している。
そんな芦緒に最後に会ったのは、四年前に執り行われた音々の母の葬儀だ。
個人的な連絡もほとんどとっていない。
そもそも音々と芦緒は両家合意の下で『とりあえず婚約者』というものだ。
不仲ではないが、特別親しいわけでもない。
「んで、どうすんだ? いくらかしこまってねぇっつったって、お嬢そういうの苦手だろ」
「そうなんだけど……お母様のお葬式にお花も飾ってくれたし、断るのもね。こういうきっかけがないと会わないし」
「芦緒様に会いてぇんか?」
「いや、それはないわね。でもほら、義理みたいな?」
形式上とはいえ、婚約者は婚約者。
しかも蒜真樹家と藤都賀家の付き合いはそこそこ長いので、あまり無碍にもできない。
「そういう嘉志羽は? 芦緒くん、アンタもってわざわざ名指ししてるわよ」
「そりゃお前の専属従者だからだろ。さりげなくオレに選択させようとすんな。これはお嬢に届いた招待状だ」
音々は少し考える。
本音は不参加一択だが、婚約者不在で万が一にも芦緒に恥をかかせるのは忍びない。
それで藤都賀家との関係が悪化すれば元も子もない。
「頑張って参加する……」
「分かった。まぁ、ぽんこつご主人様のフォローは、このハイパー従者様に任せておけ」
「は~? 主人を雑に扱う従者がハイパーなわけないでしょ」
「公の場で毎回『わたくち』って噛むお嬢のぽんこつっぷりには敵わねぇよ」
音々と嘉志羽しかいない食堂での言い争いは、ほかの使用人が食器を片づけにくるまで続いた。
◆
――パーティー当日。
「へぇ、正に馬子にも衣装じゃねぇか」
「ソウダネ……」
「お前……今からそんなガッチガチでどうすんだよ……」
ワインレッドのカクテルドレスに白いレースのボレロを羽織っている音々は、どこからどう見ても上流階級のご令嬢だ。
天然ゆるふわピンク髪は綺麗にお団子にされ、後れ毛が音々にあどけなさの残る色気を匂わせている。
普段は自分でやるナチュラルメイクも、このときばかりは使用人にお任せ。
色つきルージュが可愛らしさを演出していた。
準備が済んだ音々を迎えにきた嘉志羽も、従者用スーツではない。
濃いグレーをベースに縦ストライプの入ったジャケット。青いネクタイを巻いて、シンプルにまとめている。
見惚れてしまうのは、恋心が原因だけではないだろう。
自画自賛するだけあって、普通にイイ男なのだ、嘉志羽は。
「そんなに緊張してたらトチんぞ。フラグ立てんな」
「トチるかもしれない……」
いつもなら食ってかかる嘉志羽のからかいも、今の音々では言い返す余裕がない。
というのも、音々は幼少期に両親に連れられ出席したパーティーで、派手にジュースをぶちまけたことがある。
以来、音々は食事会やパーティーになると緊張するようになってしまった。
頭の中は真っ白。
嘉志羽の声を聞いてはいるが、内容の理解は半分以下。
「はぁー。あのな」
溜息を吐く嘉志羽の骨ばった指に、顎をすくわれる。
口づけられるのかと勘違いしてしまうほどの至近距離に、嘉志羽の端正な顔があった。
ただでさえ早鐘を打っている音々の心臓は、別の要因も足されてなおさら忙しない。
鼓膜にまでドキドキが響いてきて、爆発してしまいそうだ。
「もっと自分に自信持て。大丈夫だ、お前はなんだかんだ当主やってこられてんだから」
「…………ありがと」
音々はようやく少しだけ笑えた。
まだぎこちないが、それでも気分は和らいでいる。
「お嬢はそうやって能天気に笑ってるほうが、よっぽどらしいんだよ」
嘉志羽の親指と中指の間に頬を挟まれる音々。
軽い力が加わり、タコのように唇を突き出す。
「はは、ダセー顔」
「うるひゃい!」
見下ろしてくる若葉色の瞳に、変顔の自分が映る。
吸いこまれそうだなと嘉志羽を見つめていると、彼は笑うのを止めた。
見つめ合う。
言葉が、消える。
「音々様、兄さん、お車の用意が」
「どっせ――い!!」
「ってぇな!? 何すんだクソバカお嬢!!」
慌てた音々は、渾身の力を使って嘉志羽を両手で突き飛ばす。
よろけた嘉志羽からの文句を背中で受け止めつつ、唖然としている嘉志羽の弟・瀬昇
慣れないヒールで転ばないように、駐車場へと向かう。
真っ赤な顔を誰にも見られませんよう祈りながら。
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