予知夢に振り回されしは、じゃじゃ馬お嬢様
宇多川維澄
序ノ話・予知せし乙女、愛し人の死
――
ただの夢だったり、明晰夢だったり、ありとあらゆる種類の夢だ。
中でも特徴的なのは予知夢。
蒜真樹家の当主だけが持つ能力で、未来の一部が切り取られて夢となって知らせるもの。
かつては自在に未来を予知できた能力も、今ではかなり精度が落ちてしまった。
予測不能な上に、寝ている間にしか見られない。
音々は今、そんな予知夢を眺めている。
能力者特有の確信だ。
霧のような煙のような視界不良の中で、誰かが立っていた。
音々が目を凝らしても、手前の人物の背中と、奥にいる影しか分からない。
登場しているのは二人だ。
手前の人物には心当たりがある。
長身で体格のよく、頼りがいのある背中。
音々に最も近しい人間・従者の
徐々に視界が晴れていく。
夢の中の風景が明確になってくるが、影は正体不明のまま。
二人の間に流れる空気は険悪だ。
夢とは思えないほどリアルな緊張感が、音々の意識を突き刺す。
急に音々の視点が動く。
ふわふわした客観的感覚のまま、従者を正面から見つめた。
ひとたび出歩けば女性の視線を一身に浴びるほどの美形たる嘉志羽。
だがこの予知夢では、麗しの顔は窺えない。
影は人型であること以外、皆目見当もつかない。
一体何者なのだろう?
そんな音々の疑問に答えるように、幼子の声が響く。
『ねねは、ねね。ようかい』
(この時代に妖怪?)
古き世ならいざ知らず、令和に入って数年の昨今。果たして本当に実在しているのだろうか?
声の正体を怪しんだ音々は、影を見極めようとさらに注視する。
すると、影に動きが見られた。
影の腕らしき部位が掲げられる。
その動作に合わせて、空中に無数の刃が浮かんだ。
鋭利な刃に見えるが、ナイフのような刃物ではなく、もっと抽象的。
例えるならアニメやゲームなどに出てくる魔法に近い印象だ。
謎の刃はゆらゆら揺らめいたのち、ぴたりと動きと止める。
宙を支配する刃は、標的を定めていた。
切っ先の向こうにいるのは、嘉志羽。
(危ないっ、避けて!)
音々の言葉が声帯を震わせることはない。
夢なのだから当たり前といえば当たり前だ。
それでも音々は必死に嘉志羽に回避を促す。
無数の刃は嘉志羽に向かって一直線に飛んでいく。
彼は石のように動かない。
このままでは、嘉志羽は……。
しかしただの傍観者である音々に、できることなど何もない。
やがて刃は、次々と嘉志羽の体を貫いていく。
夢の割には、やけに鮮明な色をした赤が噴き出す。
全てがスローモーションの世界。
大きな体躯は膝を折り、緩やかに地面に伏した。
再び音々の視点が動く。
倒れた愛しい人を見下ろしていた。
嘉志羽の目は瞳孔が開いたまま、まばたきもしない。
(ちょっと……うそ、やめてよ……)
赤黒い血に、身を沈めている従者。
彼はもう、事切れていた。
(やだ、やだ……こんなの、やだ……やだ)
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