異世界にレース用召喚獣として転生しました~空は飛べませんが足で爆抜きします~
下昴しん
爆速の召喚獣
第1話 病室から異世界へ
僕は生まれてからずっと体が弱かった。
小学校の校庭で遊んだことはない。みんなが中学校に行く頃に僕は入院して、つらい闘病生活が始まった。
病院から出ることもできなくなった。
「わしが異世界に行ったときは、バンバン村人がモンスターに喰われてな。こうして喰われずに死ねてラッキーじゃよ」
同じ病室の山本さんは、僕が入院したあとにやってきたおじいちゃんだ。
変わったおじいちゃんで、若い頃に異世界へ行った話をよくする。
「魔法があって、誰でも簡単な呪文で魔法が使えたんじゃよ。ただ、魔力がないとだめでな……」
おじいちゃんはベッドの上で手を広げて、「ファイア!」と大声を出した。
「ほらな、何も起こらんだろ?」
悲しい顔をしておじいちゃんは僕を見る。
──そりゃ、魔法なんて使えるわけない。
もし魔法が使えたら、真っ先に空飛ぶ魔法で外に飛び出すだろう。
春は桜の花びらのシャワーを浴びて、夏は虫を捕まえて、秋は枯れ葉の山に飛び込んで、冬は雪合戦をするだろう。
いつか、外に出て走り回りたいなぁ。
自由に動けない僕にそんな夢みたいな話をするおじいちゃんは、なんて残酷な人なんだと最初は思った。
けれど、おじいちゃんの話はすごくリアルで、おじいちゃんはそれを本気で信じていた。だから、話を聞いているうちに楽しい気分になっていった。
お医者さんや看護師さんの嘘なんかよりも、ずっと上手い。
たぶん僕はもう、走り回るどころか、高校生にもなれないんだと思う。
でも、母さんだけは本気で信じていた。
「家に帰ったら、お祝いしましょうね。ケーキを買って友達のみんなも呼びましょう!」
「母さん、何も食べられない僕に食べ物の話をしないで……」
「あら、ごめんなさい。そういうつもりじゃなかったのよ。じゃあ、サッカー観戦のチケットを取ってみんなで行きましょう」
「それはきっと楽しいだろうね」
「大丈夫。絶対に元気になるからね」
母さんは手櫛で僕の頭をなでる。
隣の山本のおじいちゃんがICUに運ばれてから、話相手は母さんだけになっていた。父さんは入院の最初だけで、それから顔を出さなくなった。仕事がすごく忙しいと言っていたけれど、きっと僕を見ると気が滅入るからだと思う。
そして母さんも仕事が忙しくなって、話せる機会が減っていった。ネットでこっそり調べたら、僕の治療費は普通の人が払える金額じゃないみたいだった。
ある日、激しい痛みが襲ってきた。
いつもと違う、気を失いそうになる痛み。
めちゃくちゃに転がされたような気持ち悪さと、体をサメに噛みつかれたような痛みが交互にくる。
体が悲鳴を上げて、痙攣する。もう一気に殺してほしいと思った。
そう思ったとき、耳がキーンと鳴って、視界が狭まる。
海に落ちて、はるか深いところまで沈んでいく。
暗くなり、痛みが引いていった──
──
─
「おう、早かったな」
目を開けると僕は真っ白な空間にいた。
体は──どこも痛くない。そして僕は苦もなく立っている。というか、体がある実感がなかった。
すぐ目の前に山本のおじいちゃんが、真っ白な階段に座っている。その階段は先が見えないぐらい上に続いていて、その上から光が漏れていた。
それ以外は何もない──というより、少し怖くなるぐらい壁も天井も床もない世界だ。
「ここは……」
「天国の入口じゃよ」
「えっ?」
「わしは寿命で、おまえさんは病気で死んだんじゃよ。ほれ、この階段をあがれば天国だ」
「僕は天国に行けるの?」
「ああ、もちろん」
おじいちゃんは優しく微笑む。
「天国に行くもよし、もしくは──魔法のある世界に行くもよし」
「魔法の世界……えっ?僕が行けるの?」
はーっとため息を吐くと、山本のおじいちゃんは呆れ顔になる。
「わしの最初の頃の話をちゃんと聞いてなかったじゃろ?ちゃんと生きた人間は、天国に行くか、転生するかを選べると」
「おじいちゃんは異世界にワープしたんじゃなかったの?」
「違う違う! ……はーっ、まあいいわ……。それでわしは天国に行くつもりなんだが、おまえさんがもし転生した異世界に行きたいんだったら、道を教えてあげようかと思ってな。ほら、いつも『僕も行きたいなー』って言ってたじゃろ」
「うん。行きたい!魔法が使える世界なんて素敵すぎるじゃん!生きてるうちに一度は行っておかないと」
僕は即答すると、山本のおじいちゃんは半笑いになって頭をかく。
「まあいろいろとツッコミどころはあるが……あまり時間もないしな」
「時間がない?」
「異世界への扉が開いているのは少しの間だけじゃ」
「えっ! じゃ、じゃ、急がないと!」
「まあ待て。これから行こうとしている世界は、決して楽な世界ではない。現世と変わらない醜い一面もある。病気もあるし、怪我もする。モンスターに喰われるかもしれん。それでもいいのじゃな?」
「ちょっと待って……新しい世界で転生しても、また病気になってベッドで一生を終えたりするの?」
僕は悲しい思い出が詰まった前世を振り返る。
「それはない」
山本のおじいちゃんがポケットから小さな黒い宝石を出して言葉を発すると、光の粒になって拡散する。
空中を漂った光は、不思議な言葉に従うように僕の胸へ入っていった。
「あの異世界から唯一持ち出せた継承魔法を使った。……おまえはわしの特性『健康体』『言語理解』を継承する。この特性は……あ!」
突然大声を出して、山本のおじいちゃんは僕に駆け寄る。
「もう時間がない!あとは自分でどうにかしろ!元気な体で異世界に行くでいいじゃな!?」
「え!? うん。異世界に行きたいよ!」
首根っこをつかまれた僕は山本のおじいちゃんに押しやられる。
でも、投げ出された空間は、他と変わらない感じだ。
「現世で話に付き合ってくれて、ありがとうな」
そんな照れくさそうに笑うおじいちゃんの顔が、ものすごい勢いで上へ飛んでいく。
いや、僕のいる空間の床が抜けて、僕自身がものすごい勢いで下に落ちているのか──。
足元に見えたのは大きな光の渦。
星々が集まる銀河のように輝き、僕もその中心に引き寄せられる。
無数の光に目がくらみ、目を閉じて、開けたとき僕は生まれ変わった。
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