ハガネ使いの殺し方

天乃風 颯真

ハガネ対戦

「ズーさん!殺されている場合じゃないです!感応値の限界制御リミッターを外してください!」

 操縦席に収まるミヤビは声の限りに叫んだ。だが、操縦席の直下にある調律席からは何も返事がない。

「ズーさんっ!」

「ダメだっ!」

 逗子丸ずしまるの渾身の叫びに、ミヤビは思わず言葉をのんだ。

「逃げろミヤビ!俺は二度と相方を…お前を死なせたくない…」

「ズーさん…」

 だがミヤビが逡巡したのは一瞬だけだった。次の瞬間ミヤビは絶叫した。

「上等ですっ!」

「殺せるものなら殺してみろ!ですよっ!」




 〜一日前〜

 今にも雨が降りそうな匂いが、人型機動甲冑・鋼人ハガネの中まで漂ってきた。

 「ミヤビ!雨が降る前にケリをつけろ!土俵がぬかるんだら緋燕ひえんの速さが活かせない!」

 逗子丸は、複雑な操作盤に囲まれた狭い調律師席の中で鼻をスンスンさせながら叫んだ。そして左右の壁面に並ぶ様々な装置を休みなく操作しながら、直ぐ頭の上にある操縦席の底を拳でコンコンと叩く。

「ズーさん!下から座席を叩かないでくださいっ!集中できないです!」

 操縦席のミヤビは、その綺麗な顔を苛立ちで顰めながら直下の調律席に叫ぶ。

「もうっ!あたらないのはズーさんのせいですよっ!」

 ただでさえイラついているのになんて無神経なんだと思いながら、ミヤビは縦に伸びる二本の操縦桿を両手で握り直した。そして意識を集中すると、目の前の外部表示機モニターを睨みつける。

(ずんぐりしてるのに、妙に身が軽いですね…)

 表示機に映る対戦相手のハガネは、ミヤビを牽制する様に濃緑色の騎体を軽快な動作で左右に揺らせていた。

「前衛突撃型のハガネを改造したヤツだ。見た目より素早いぞ」

 ミヤビの考えを読んだ様に逗子丸が答える。

 その角張ったハガネは体長五メートル程で、ほぼ立方体の胴体から角ばった太い手足が伸びていた。盛り上がった両肩の装甲の間に、球体状の頭部が半分胴体にめり込む様に収まっている。その頭部は視覚素子や音響素子で埋め尽くされ、まるで複眼の昆虫の様だ。

「さっきから…ちょこまかちょこまかと…逃げるんじゃないですよっ!」

「そりゃ、あたらないだろ。真っ直ぐに突っ込んでばかりじゃ…」

 逗子丸のため息混じりの呟きが調律席から聞こえてくる。

「ズーさん、ちょっと黙っててください!」

 完全に頭に血が昇ったミヤビはそう叫ぶと、操縦桿を握りしめて〈突進〉を強くイメージした。

 ヒュン!

 空気を切り裂く様な音がした。同時に相撲の土俵の様な巨大な円形の対戦場を、緋色に輝くミヤビのハガネ・緋燕が弾かれた様に駆け出した。その人の体型にそっくりなスラリとした騎体は、滑らかな曲線で形造られており女性を思わせる。緋燕は土煙を巻き上げ、相手のハガネに向かって猛然と駆けて行く。だが、相手のハガネは土俵際で騎体を揺らしたまま仕掛けてこない。

旋棍トンファー!」

 ミヤビが叫ぶと、緋燕の流線型の頭部に収まる切長の両眼カメラが発光した。同時に両腕の前腕部装甲から、鈍く光る旋棍が迫り出す。

 ブゥンッ!

 一気に間合いを詰めた緋燕が、相手の頭部めがけて凄まじい旋棍の一振りを横薙ぎに放つ。同時にもう片方の旋棍を敵の胴体に突き立てた。

「ミヤビ!右!」

 逗子丸が叫んだと同時に、濃緑色の塊がミヤビの視界から消えた。

「え?」

 相手のハガネは素早く体を躱わし、くるりと緋燕の背後にまわり込んでいた。全力加速をしていた緋燕は急制動をかけたが間に合わない。そのまま土俵の太い俵に足を引っ掛けて宙を舞った。

「うゔぁぁっ!」

 グワッシャァン!

 派手な音と共に着地した緋燕が、ゴロゴロと土俵の外に転がっていく。

「赤、場外!」

 よく通る行司ハガネの声が闘技場に響き渡り、同時に巨大な土俵を囲んだ観客席から歓声が上がった。

「避けるなんて卑怯ですっ!」

 ミヤビは、仰向けに倒れた緋燕の操縦席で叫んだ。

「避けるだろフツー。ハガネ対戦だぞ…」

 呆れたのを通り越した逗子丸が、ため息混じりで呟く。

「一本調子の攻撃は躱わされるって何度言わせる?それに、土俵を割って騎体をついたら負け。当たり前だろ?」

「知ってますよっ!でも!」

 その時、ポツポツと鈍色の空から雨粒が落ちてきた。ミヤビが収まる操縦席の表示機に、水滴が落ちては弾けるのが映っている。

「あーあ。負け犬には沁みる雨だ…」

「負け犬じゃないですっ!」

 ぼやく逗子丸にミヤビがムキになって叫ぶ。

「赤!中央へ!」

 仰向けに倒れた緋燕の頭部だけが声の方を向いた。そこには白い行司ハガネが土俵中央からこちらを睨んでいる。相手のハガネは既に行司の前に立って待機していた。

 緋燕は仰向けに倒れたまま騎体を海老反りにすると、一気に高く飛び上がった。

 土俵の中央には平行に二本の白線が引かれている。緋燕は一飛びでその白線の前に着地した。土俵中央で二騎のハガネが向かい合う。

「勝者、白!」

 行司のハガネが、その手の軍配で濃緑色のハガネを指した。客席から再び歓声が上がる。

「その動き…何でさっきやらないんだ?」

 逗子丸は頭上の座席の底をコツッと叩く。

「だから叩かないでって言ってるでしょっ!」

 ミヤビはすかさず下の逗子丸に怒声を浴びせた。軽く一礼した相手のハガネは、さっさと土俵を降ると早足で花道を下がっていく。同時に雨が本降りになり、観客席では席を立つ者が増え、所々で傘の花が開き始めた。

「これで二連敗。残るは敗者復活戦だけ。もう後がないぞ…」

 逗子丸は天を仰ぐ様に操縦席を見上げて呟く。すると突然、操縦席からミヤビの絶叫が響き渡った。

「チッキショーッ!どいつもこいつもクソッタレですっっ!」

 土俵中央にポツンと取り残された緋燕に、土砂降りの雨が降り注ぎバチバチと音をたてていた。



 天下人による日乃本國ひのもとのくに統一により、戦の世は終わりを告げた。

 しかし、永き戦乱が生み出した武士達と武器は世に溢れたままだった。特に人型機動甲冑兵器・鋼人ハガネは人の数よりも多く存在すると言われ、各地で小規模な紛争が後を経たなかった。太平の世を脅かすこの事態に、天下人は一計を案じる。

 高額な賞金を懸けたハガネによる勝ち抜き試合〈ハガネ対戦〉を開催したのだ。

 身分性別は一切問わず、ハガネさえあれば参加できる公開試合である。太平の世で燻っていた武士達はこれに飛びつき、武士ではない者達も一攫千金を夢見て参加した。瞬く間に広まったハガネ対戦は各地で開催され、庶民も観戦する大人気の娯楽となっていた…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る