六枠目 恋にはしたくないな、と言いたくなくて

 スタジオで目処がたった3D用のデータを測定した後に唱子さんに会った。

 どうしても話を聞いてほしい事があったので時間を作ってもらった。

 再生数、同時接続が、私の夢のない女子校トークのせいかは別にして、レイアヤの壁の百合作品語り回で落ちているので、どうしたらいいのかを相談した。

「今求められているのは尊い関係で、リアルな同性愛じゃないんだろうね」

 BLマイスターの唱子さんに言われた返答だった。

「そうですよねぇ⋯⋯」

「まあ、それでもアンタが届けたい事があるんでしょ?」

「はい⋯⋯」

「なら数字でなくても続けたほうが良いと思う」

「あの、勇気が出ました。ありがとうございます」

 このリアリストさが先輩の良さだよね。

「あれだ、今度GL台詞枠やろうよ。白百合とかメロちとか、数字持ってるりゅうりゅう呼んで、あ、嘔吐シチュでやたら解像度高かったアモンとか呼ぼうよ。不安ならBL好き枠で参加するよアタシ」

 企画のアイデア力も見習わないといけない。

 アイドル時代から面倒見の良さ変わってないなぁ⋯⋯

「じゃあ人集めは任せますね?」

「図々しいとこ、変わってないよね」

「それほどでも」

 レイちゃんにもここまで素が出せたらな。

「褒めてねえよ⋯⋯」

 レイちゃんへの想いが募る。

 迷惑だけはかけたくない。

 嫌われたくないから

 先輩に今度何かごちそうしないとな。

「そうですか?ここが気にいってるんでしょう?」

「わーったよ。やるから待っとけ」

「じゃあこれで失礼しますね」

「うい、お疲れ」

 レイちゃんの家に帰るまでの道のりで一人でどうするか考えていた。

「厳しいなぁ⋯⋯」

 スマホでのネットサーフィンをしながら呟く。

 百合作品語り枠も同接が下がってきたのが痛い。

 自分の紹介する作品を、狭義の百合、すなわち恋愛関係であることがメインになっていて、より女性同士の同性愛が中心に描かれる作品に絞っているからだ。

「ガチっぽいのはちょっと⋯⋯」

 あやめいとでさえ一部いる困ったコメントを見つけてしまった。

 最近になって増えてきている気がする。ライトに使われる事が増えた「てぇてぇ」だが、私はこの言葉に、いつの間にか嫌悪感が湧くようになっていた。

 私のリアルな経験では、そう言われることは絶対にないのだろうなと思う。思い出してみても自分でもそう思う。振られるかワンナイトか、我ながら極端だ。


 落ちた気持ちのままレイちゃんの家に向かった。


 今日は壁ではなくサブスクお弁当の案件動画、いや使っている物の紹介だ。

「今回ご提供いただいたのは満腹グルメさんの、1日分の野菜コンボです」

「主菜、副菜、十六穀米にスープまでついているセットなんだけど、これが本当に便利なのが、スープも含めて温められるの。楽だよこれがあると」

 コメント欄も盛り上がっている。

 盛り上がりばかり気にしていたせいでぎこちなくなっていた。

 離席していたタイミングでレイちゃんに声をかけられる。

「気のせいだったらいいんですけど、もしかして今日って体調悪かったりします?」

 感づかれてしまった。本末転倒だ。

 気を使わせてしまうなんて、情けないにもほどがある。

「⋯⋯ごめんね、ちょっと嫌なことがあって、気分が乗れないまま来ちゃった」

「なるほど、そうでしたか、じゃあこっち来て下さい」

「う、うん、来たけど、この後はどうするの?」

「はい、ぎゅーっ⋯⋯」

 レイちゃんに両腕でしっかりと抱きついた。

「初めて会った時、アヤさん、手を握ってくれましたよね。そのおかげで顔合わせも上手くいって、ヤマトにも馴染めたんです。だから今度は私がアヤさんの役に立たせて下さい」

「うん⋯⋯ありがとう。じゃあ、甘えさせてもらうね⋯⋯」

 彼女も抱きしめ返してきてくれた。

 あぁ、やっぱり私、玲ちゃんのこと⋯⋯


 「うわ、アヤさん⋯⋯腰細い⋯⋯これ内臓入ってます⋯⋯?」


 私よりも一回り小さく、それでいてスマートで鍛え抜かれた身体に、彼女の並々ならぬ努力とファンに良いパフォーマンスを見せ続けたいと言う覚悟を感じた。

 この小さい体で、彼女は戦っているんだと思うと愛おしく、そして隣で支えるべきは、絶対に自分だと言う決意がより強く確かなものになった。

 この人は命をかけてでも守る。自分が愛すと決めた。

 今の想いは誰に何を言われても友情ではなく、恋にしたい。

 恋にはしたくないな、と言いたくない。

「入ってる入ってる。試しに触ってみる?」

「⋯⋯え?」

 こっちの気持ちも知らないで、アヤさんは続ける。

「いいよ。ほら、どうぞ」

 ヤバイヤバイヤバイ、予想外すぎる。

 耐えなきゃいけないのに、恋愛感情を自覚してしまったせいで、元から彼女のビジュアルが好みだったのに、今のアヤさんは私にとっての最も綺麗で魅力的な女性だと思っている。

 誘惑される形になっている。

 だめだ、こんな不埒な思いで体に触れるのは不誠実だ。

「こら、収録中なんだから戻りますよ」


 煩悩よ去れ煩悩よ去れ⋯⋯

 冷静になれ斑鳩レイ、落ち着け、クールになれ。


「レイちゃん、女の子同士って、どう思う?」

 こんな事、聞くつもりじゃなかった。

 玲ちゃんが私のことをどう思っているのだろうって。

 心が弱っていたところに、優しくされたからだけじゃない。ずっと真剣に、私だけを見てくれていたのは知っていて、彼女になら、本当の自分を見せても受け入れてくれるかもしれないと思うようになった。

 そして、私を満たしてくれるかもしれないと期待してしまっている自分がいた。

 玲ちゃんに、私のことをもっと知ってほしいと思うようになった。

 どうしても今聞きたい。

 ずっと何もしないでいることはできなかった。

「私のこと、どう思ってるの」


「わ、私は⋯⋯っ!」


 マネちゃんから心配の連絡がかかってきた。

 急いで配信を再開した。

 その後、どうやって再開した配信のトークを繋いでいたのか、どのルートでマンションの自室に帰ったか覚えていない。



 その日、レイちゃんから返事を聞き出すことはできなかった。



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