五枠目 人気ヴァーチャル配信者のうらおもて

「レイアヤの」

「壁~~~!」


 アヤさんのテレ顔という超弩級のファンサービスをもらって、なんだか妙にむず痒い空気が流れたが、一見私達の関係は大きく変わっているなんて思えない、いつも通りの配信が始まった。

「というわけで、昨日の視聴覚室とライブお疲れ様でした」

「そうだね、ヤマトの全員での初めてのステージだったけど、誰も怪我することもなく、舞台上でも誰もミスなく上手くいってホッとしてるよ」

 ボーカルレッスンに通って三ヶ月のステージはキツいものがあったが、アヤさんという心強い存在がいたおかげで乗り切ることができた。

 アヤさんにも練習を見てもらっていて、配信外でも力になってもらった。

 事務所で歌唱の一番実力があるのは彼女だったので自分から声をかけた。

「レイちゃん頑張ってたよね。そばで見てたから分かるけど」

「アヤさんのおかげですよ。壁のとき以外にも私の家に来てくれて、ご飯も連れてっていてくれたり、作ってもらったり、喉に良い食品とかルーティンも教えてもらったりしてありがたかったです」

 アヤさんのおかげでハイトーンが出るようになった。私のなかにずっとあった歌うことへの恐怖感を消し去ってくれた。アヤさんは、私の光になってくれたんだ。

 私のところに会いに来てくれる、配信を見に来てくれるファンの為に、が口癖なのを知ることができた。

 隣にいて思うが、人として尊敬できる女性だと思う。

 同じグループのメンバーとしても、事務所に所属するライバーとしても、世界になにか一つ爪痕を残したいという野望の為にともに走る同志としても。


 ⋯⋯カッコつけた言い方してるけど、要するに、彼女のひたむきさと真面目さに、表現者として誠意を持ってファンへ向きあって自分を高めている姿に、より一層、惚れてしまったのである。


「そうそう、あと一緒にお風呂入ったりしたよね」

「ちょっ⋯⋯!それ言わないでくださいよ!」

 そう、ありえないことが巻き起こっていた。自分の中にある想いは果たして親愛なのかそうではないのかの確信を持つためだった。何考えてんだ、アホか。

 え?

 なんですって?

 おいおい供給がやべえ

 公式最王手すぎる

「⋯⋯誘ったのは私ですよ一応言っときます」

 こんなアホな私の願いすら取り合ってくれる。天使すぎる。

「それ言うんだ⋯⋯うん、びっくりしたよ、急に真剣な顔したと思ったら、アヤさん、私とお風呂入りませんか、一緒にってキメ声で言ってきて、やっぱりレイちゃんって本当に面白くてちょっと変な子だけど、そこが可愛いんだよなあって急に愛おしくなっちゃって、いいよって言ったの」

 いいのか(歓喜)

 一緒にお風呂ってすごいね

 てえてえ超えてる

「あの、あえて言いますけど、えっと⋯⋯キモかったですよね⋯⋯」

「ううん。レイちゃんだったら体見せて良いかもって思っただけ」

「そう⋯⋯ですか⋯⋯、ありがとうございます」

 それって、意識されてないってことかぁ⋯⋯

 もう今の自分はそれを不満に思うようになった。

 推しとかてえてえじゃなくていわゆる「友情百合」でもない、もっと先の景色が見たいと思っている自分が確かに居た。

 持っている感情に近いものは、恋愛感情だと思う。

 何度も自問自答しやっと結論が出た。

 アヤさんの隣りにいるのは、他ならぬ私がいい。

 静かに闘志の火が灯った。

 悟られないように別の話題へ移った。

「視聴覚室にもね、皆さん来ていただいてありがとうございました」

「そうそう、好評だったみたいで。私もあやめいとに会えて嬉しかったなあ」

 視聴覚室はリスナーと直接会うイベントである。

 まさか私に会えたのが嬉しくて感極まる人がいるなんて思っていなかった。

 誰かの中にこんなにも私への思いが滾っているということは、少なくともそのリスナーの世界に傷跡を残せているということだ。それがとても嬉しかった。

「もっと頑張らないとって思いましたね」

 色々と、ね。

 自分もアヤさんの世界に残り続けたい。

 その為ならどんな手でも使う覚悟だ。勿論、彼女が拒むならすぐに引き下がる。

 あくまでも誠実に、正々堂々と彼女にアプローチしていこう。

 第一歩として、私の想いが本物であるということを伝えなければならない。

「そうだね。レイちゃん見てると私もやる気が出てくるよ」

「ありがとうございます、アヤさん」

 目を見て手を握ってみる。

 彼女も同じように握り返してくれた。

「そういえば、控室でもいっぱいお話したよね」

 アヤさんを明確に意識するようになったのは、イベントが始まってからだった。

 休憩時間はずっと二人で過ごしていた。

 たわいない話をしているだけだったが、彼女とは空気感がやはり合う。

 アヤさんは、ああ見えて考察勢で、今回の視聴覚室でも、あのシーンのあそこは映画のパロディで、会うたびにそんな会話をして二人で盛り上がっていた。

 アヤさんは、私の取り留めもない話もじっくり聞いてくれる。

 言われているようにアイドルの経験がありながらも、彼女はいつも周りに気を配っていて、スタッフさんやマネージャーにも誠実に接している。

 その真面目さに、私はこんなにも惚れ込んでしまった。

「そうそう。大きい箱のイベントに参加したのが初めてだったんで、控室にあったケータリングなんて始めて見たからどうしたらいいのか分からなかったんですよ」

「その時のレイちゃんも可愛くてね。ずっと私の後ろについてきて、こ、これって食べていいんですかって聞いてくるの。怒られないから大丈夫だよってマネちゃんにも言われててさ」

 アヤさんのそばに居たかったからわざと分からないふりをした。

 勿論それは周りにバレバレで石動に「めぐメロのパクリですかぁ?」と煽られたので、MC用の台本でいい音でぶっ叩いてやった。

「いたーい!えーんメロおおおおお⋯⋯先輩叩いたああああ⋯⋯」

「あーはいはい、紙なんだし痛くないしアンタが悪いんだから耐えてー」

 アヤさんが頭を撫でていた。

 ちくしょう、ズルいぞ石動ぃ⋯⋯

「よしよーし、大丈夫だよ。レイちゃん、音は大きいけど痛くないように叩ける子だから」

「そうだよ、だからもう一発やらせろっ!」

「やっべぇ⋯⋯逃げるか⋯⋯」

 魔界陸上部はや⋯⋯だが逃さんぞ!

 見事に逃げられて「ねぇ⋯⋯レイちゃん、のぞみちゃん、二人はライブ前に何やってるのかな?」とアヤさんに笑顔でキレられた。

「めぐるちゃんにはもっと優しくしてあげないと駄目だよ、辞めちゃうから」

【石動めぐる】辞めちゃうからとか言うのやめれる?

 辞めんなよ石動

 草

 辞めたらお姉さんが養ってあげる♡

「養ってくれるってよ、良かったな石動」

【石動めぐる】書類審査あるんですけどそれでも良ければどうぞ

「条件はめぐるちゃんの配信で聞けるから通知とチャンネル登録してあげてね」

「大丈夫ですかそんな誘導しちゃって」

 アヤさんは薄く笑う。

「うん。私は見たくなった時に来てくれればいいから良いの」

「それに、すぐ見たくなる時が来るだろうから大丈夫」

 本当にアヤさんっておもしれー女だよね。

 自信家であり謙虚な人。

 知れば知るほど味わい深い。

 さらに沼にハマっていく音が脳内に響き渡る。

「かっこいいわアヤさん⋯⋯」

「私はかっこよくて可愛いってこと。ふふふ、知らなかったの?」

 

 私はこの人から離れるのは一生無理だろうな、そう思わずには居られなかった。


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