第151話 大会の閉幕

 九条のバットが空を切った瞬間、スタンドが爆発したみたいに揺れた。


 「バッターアウト! ゲームセット!」


 ――審判の声は歓声にかき消されたけど、俺の耳にははっきり届いた。


 金城先輩の渾身のストレート。九条は最後まで食らいついたけど、結局は振り負けた。


 あの嫌な笑みを浮かべる姿はもう見たくなかったが、打席に立ち尽くす背中は、不思議と目が離せなかった。口では挑発ばかりの憎たらしい奴だったけど……実力だけは認めるしかない。


「やったああああ!」


 真っ先に叫んだのは春日だった。マスクを放り投げて金城先輩に飛びつく。その勢いに釣られて俺たちも一斉に駆け寄る。


「最高でした、金城先輩!」


「九条を三振だぞ! しびれぜ!」


「マジでエースだわ!」


 誰もが叫びながら笑い合った。俺も汗で目の前が滲む中、客席の方に向けて手を振っていた。


 整列して迎えた表彰式では、主将の神宮寺先輩が優勝旗を掲げた瞬間、スタンドの歓声がさらに膨れ上がった。


 金色に輝くトロフィーが眩しくて、「この瞬間のためにやってきたんだ」と体の芯から震えるようだった。


 控室に戻ると、選手たちは一気に緊張が解け、わいわい騒ぎながら荷物を片付け始める。


「おい山岡、タオル泥だらけじゃねえか!」


「お前に言われたくねえよ、てかお前の顔の方が泥だらけだぞ!」


 猫宮先輩が「おーい皆! 集合写真撮るよ!」と声をかけると、みんなが「やべ、俺の髪直さねぇと」「ちょっと汗拭くから待ってろ」なんて言いながら集まってくる。


 その横で――監督は報道陣を呼び込んで、一人で饒舌に語り始めていた。


「いやぁ、今日は私の采配が完全にハマりましたね。風間を四回から送り込んだのは、私の目が正しかったからですよ」


 そんな監督の声を聴いて、選手たちは白い眼をしているが……当の本人は気にする事無く、報道陣に話を続ける。


「いやぁ、一年生を決勝の舞台で起用するのは確かに、英断でしたね」


「まぁ、確かに他の監督ではなかなか出来ないでしょうね。ただ、選手たちもよくやってくれました。ですが、勝利の方程式は私が作ったのもたしかですね」


 ……聞こえてくる言葉は、本来コーチ達の手柄の筈なのに横からかすめ取った物ばかり。


 そんな監督を見て、俺たちは顔を見合わせて苦笑した。


「また始まったな」


「“俺が俺が”ってな」


 倉田先輩がぼそりとつぶやき、春日も小声で「本当にうちの監督はしょうもないな」と笑った。


 そして帰りのバス。優勝旗とトロフィーが座席の真ん中に置かれ、自然とそれを囲む形になった。


「おい風間、旗持って写真撮れよ!」


「いやいや、俺は途中から投げただけで――」


「バカ言え! お前がいなかったら九条抑えられなかっただろ!」


「そうそう、しかも投げただけじゃ無く打点まで上げたんだからな!」


 笑い混じりの声に押されて、俺は優勝旗を手にした。重たい布の感触に胸が熱くなる。


「金城先輩! 最後、どんな気持ちで投げたんですか?」


 猫宮先輩が前の座席から身を乗り出すと、金城先輩は静かに笑って答えた。


「お前らが必死で繋いだ点数を、俺が守らないでどうする。そう思っただけだ」


 その言葉に一同「カッケェ……」とため息混じりの声を漏らす。


 バスの窓の外、夕焼けに染まる街並みを見ながら、俺は思った。


(この仲間と一緒に……甲子園に行くんだ)


 歓声の余韻と、やり切った充足感が、胸いっぱいに広がっていた。

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