第138話『俺、奢る』



「起きなさい!起きなさいって……!」


(……うるせぇな……今俺の脳、まだ夢の中……)


ぺちぺちとほっぺを叩かれ、強制的に現実へログイン。

薄目を開けると、目前にツバキの顔。機嫌は……まぁ、見てわかるレベルで最悪。


「ほら降りるわよ!」


彼女がスタスタと先に降りるのを追うようにバスを出ると、そこは町外れの無人駅。

背後でバスが走り去っていき、俺たちを置いていった。


(うわ、無人……誰もいねぇ……てか俺、なんで女に殴られて起こされたんだっけ?)


「さっきはよくも殴ってくれたな!!」


唐突に怒声。顔を上げると、またツバキが睨んでる。

さっきより明確に怒ってる。いや、キレてる。


「仕方ないじゃない!今までフラれたことなんてなかったし!それに、あんな人前で堂々と!」


「……はぁぁぁ? フラれただ? いやいやいやいやいや!」


思わず額を押さえる。


「ミリも告白なんて雰囲気でもなかったし、てかお前出会ったばっかりだったろ!? どこの恋愛スピードランだよ!?」


「言ったでしょ!? 私に思い通りにならないことなんてなかったって! あんたのせいよ!!」


「うるせぇよ天竜人かよ!!! どこで暮らしてたらそんな思想になるんだよ! 金で空気でも買ってんのか!? えー!? コラ!!」


ツバキが無言で拳を振り上げた。


その予備動作に、俺は自然と反応してしまう。


──スキルウィンドウ展開!


【格闘(Lv8)】

⇒発動。


ツバキの拳が俺の頬を掠める寸前。

俺はスッと身を捻り──その軌道を紙一重でかわす。


ひらり。


風を切る音。


ツバキの勢いに乗った拳は虚空を割って抜け、俺の頬に一筋の風圧だけを残す。


その瞬間──彼女のスカートの裾がふわりと舞った。


(……って、え?)


ちらりと見えたのは。


「ふむ……ピンクか……」


「黙れえええええええええええええええええッッ!!!!!」


ドカッ!!!


──再び、俺の顎に衝撃。


(またかあああああああああ!!!)


今度の一撃はさっきより重かった。


情けない声を漏らしながら、俺の意識はスローモーションで途切れていく。


(ピンクで殴られるってなんだよ……)


俺は──今日二度目の気絶をした。


──ぺちぺち。


「起きなさい! 4200円よ! 払いなさい!」


「……は?」


目を開けると、ツバキとバスの運転手がこちらを見ている。


反射的に財布を取り出して支払う。

俺は……寝起きに請求された男として、今ここに──


「おい!!なんで俺が払ってんだコラァァァァ!!!」


「仕方ないでしょ? 今日はあえて現金支払いでってお願いしておいたんだから」


「だったら自分で払えよ!」


「ほんとバカねぇ……私が裏口から出るときに封筒渡してたの、見たでしょ? あれがすべてよ、ドヤァ」


「ドヤァじゃねーよ!!こちとらポテチ我慢して小銭集めてんだぞ!煮干しすら値段見て買ってんだぞ!!」


「安心なさい♪ バス代はちゃんとあなたの財布から払っておいたから、無賃ではないわよ?」


「だからどこに安心ポイントあるんだよ!!!逆だよ!!!財布の防犯レベル下がってんだよ!!!」


「そんなことより、行くわよ」


──気づけば、そこは静かな墓地。


「……寺か? いや、墓だなこれ」


ツバキは墓の列を歩き、ある一つの墓の前で立ち止まる。


──大蔵家。


「お母さん、久しぶり……来れなくてごめんね……」


思わず俺も手を合わせて黙礼する。

ツバキの横顔は、今までで一番まともだった。


「……えーと、少し話してきなよ。俺、向こうで座ってるわ」


石に向かって、まるでそこに誰かがいるように話す彼女。

内容までは聞き取れないが……たぶん、ちゃんと家族だったんだろうな。


(まぁ……ポテチ我慢してまで来た甲斐はあった、か)


それにしても──


(大蔵……? どっかで聞いた名前だよな……財閥の……なんか……)


そんな中、ツバキが立ち上がると、元気よくこちらに歩いてくる。


「もういいのか?」


「ええ。それより今から遊びに行くわよ!」


「……は?」


「当然でしょ?今日は見張りもいない、完全フリーよ!さ、タクシー呼びなさい!」


「いやいやいや待て、俺のスマホ返せよ」


「あーあれね。追跡防止のために、バスに落とし物として届けといたわ♪」


「お前の自由の代償で俺の個人情報が大移動してるんだけど!?!?!?」


「さぁ行くわよー!」


「ふざけんなぁぁぁぁぁぁ!!」


後書き


【あとがき小話】


 


作者『ねぇ読たん、最近……暑くない?』


潤『急にどうした。っていうかそのニヤついた顔なに?』


 


作者『暑いならね、こう、涼しい服が必要だと思うんだよ。』


作者『スッ(布みたいな何かを取り出す)』


 


潤『おい待て、それ布じゃねぇ!“もはや布”だ!!ていうか薄っ!?どこに着る余地が!?』


 


──読たん、危険を察知し震える。


その姿は、まるで──


 


潤『……怯える子うさぎだ……』


 


ノア『潤様、視線が危険です。視姦罪で訴訟しますよ?』


カエデ『それウチが着るやつやん!って思ったら読たん用ぅ!?どゆこと!?』


ミリー『わぁっ!かわいいーっ!じゅんくんもこれ着るー!?』


ユズハ『それ着て一緒に街歩きますぅ?“先輩、誰にも見せませんよ?”って言ってあげます♡』


リア『……あらゆる法と秩序が死んだ瞬間ですね。逮捕、ですね』


エンリ『ふふ……涼しい服も大事ですが、心が涼しくなるような過ごし方も、大切ですよ?(にっこり)』


 


作者『いやだって夏だしさ!薄着でこう、開放的に──』


潤『──はい出た、“夏だから許されると思ってる理論”。裁判で最も無力なやつ!!』


 


──その後、怯えた子うさぎ(読たん)は、ノアに保護され、エンリに包まれ、ユズハに煽られ、カエデに巻かれ、ミリーに全力で飾り付けられた。


潤『……あ、今ので完全に“もはや布”じゃなくて“もはや祭壇”になったな……』


 


【次回予告】


“読たん、空調服(?)で飛び立つ”


──まさかの扇風機内蔵で空へ……


 


潤『なんでこの作品、最終的に空を飛びがちなんだよ!!』



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