第139話『俺、ラーメン食べたいだけなのに』



──寺の住職に電話を借り、タクシーでようやく街へ戻った俺たち。


「そろそろ何か食べたいわね……」


「ようやくまともなセリフ出たな……!ここからは、普通の観光でしょ?飯食って、帰って、終わりだよな?」


「そうね。お昼は軽く済ませましょう。例えば……ファミレスとか?」


「意外と庶民派……」


「……何よ、悪い?」


(ツンとした顔で言われると、なんか謝る気にもならんのだが……)


──結局、ファミレスじゃなくて近くの人気ラーメン屋に入ることになった。


中は意外と混んでいて、カウンター席に並んで座る。


「……この『濃厚味噌爆弾ラーメン』ってやつ、いかにもって感じね」


「頼むんだそれ!?けっこうガッツリ系だぞ?」


「いいじゃない、見た目と違って、私、けっこう食べるのよ?」


(見た目と違ってって、自分で言うなよ……!いやまぁ、たしかにそういうギャップに惹かれるヤツが出てくるのはわかるけども)


──数分後。


「『濃厚味噌爆弾ラーメン』、お待たせしました〜!」


──ラーメンが、届いた。


いや──ツバキのラーメンだけが届いた。


どんぶりが目の前に置かれた瞬間、彼女はふわりと頬をほころばせた。


「……来たわね。これよ、この香り……。ずっと待ってたのよ」


(いや俺も待ってるからな!?ていうか俺のも同じタイミングで頼んだよな!?)


「ふふっ、これ……絶対当たりだわ」


嬉しそうにレンゲをすくうツバキ。

その仕草はまるで──王侯貴族の晩餐会の一幕。


──ずずっ。


「……ん~~、っは……!美味しい……。スープの深みが舌に絡みつくようで……」


(語彙が美食家のそれ!!なんでそんな幸せそうな顔できんの!?)


「潤、見て。見てこの湯気……ふわぁぁ……なんて尊いのかしら」


(尊いのはお前のリアクションの方だわ!!!)


ツバキは感嘆の息を漏らしながら、今度は麺に箸を伸ばす。

慎重に持ち上げ──ちゅるん、と、唇へ吸い込む。


「……っふ、細麺なのにコシがある……この反発……クセになりそう」


「あと、見てこのチャーシュー……脂の照りがまるで宝石……いや、芸術……」


(あーもうダメだ。これ完全に“食レポ中の隣の腹ペコ”ポジじゃん俺!!)


「ふふっ……潤はまだ来ないの?かわいそうに」


(お前が一番の原因だよ!!!楽しそうに実況すな!!)


俺はただ、目の前で繰り広げられる“幸福の摂取”を、

口元をピクつかせながら見守るしかなかった。


店内に広がる芳醇なスープの香り。

ツバキの至福そうな表情。そして……


(……まだ俺のラーメン、運ばれてないんだけど!?)


──そして、ついに。


厨房の窓口、ステンレス台の上。

白い陶器のどんぶりがそっと置かれ、湯気が立ちのぼる。


(来た来た来た来た来た来たッ! あれが俺の味噌チャーシューだッ!)


店員が箸をそろえ、木札の伝票を添え──

トレイを構えてこちらへ一歩。


(よし──あと十歩! 九、八、七──)


 


「すみませぇぇぇぇぇん!!」


店内に甲高い声が響いた。

店員がピタリと止まり、視線をそちらへ向ける。


「ちょっとコレ! 髪の毛入ってんだけど!? どういうつもり!?」


──別テーブルの中年男がラーメン鉢を片手で掲げ、店員を呼びつけている。


(……え。今それやる!? 俺のラーメンを持ってからにしてくれよ……!)


店員は申し訳なさそうに会釈し、俺のラーメンを窓口に戻す。

湯気が──そこで一瞬、たゆたった。


(ちょ、ちょ、待って待って!! あの湯気、命なんだって!!)



──1分経過。


「だからぁ! 見てよ! これ絶対あの女店員の髪でしょ!? 責任者呼んでよ!」


(…………まだやってんの!?)




──2分経過。


「謝れば済むって問題じゃないって言ってんの! どう落とし前つけてくれんの!?」


(湯気……完全に消えた……)



──3分経過。


「はぁ? 替えの一杯? そういう問題!? こっちは気分が台無しなんだよ!!」


(スープ……表面に膜張り始めてるんだけど……!?)



──5分経過。


「慰謝料とか考えたことある? SNSに書かれたくなかったら──」


(……もう麺、膨張確定じゃん……)


額にうっすら汗。

拳を握りしめたまま、唇を噛む。


(ダメだ…… “黙って待つ善良な客役” も限界だ……!)


ツバキは横で、ほぼ完食状態。

レンゲで最後のスープをすすり、満足げに小さく息を吐いた。


「……潤? 顔、引きつってるわよ?」


(そりゃあ引きつるわ!!)


俺の理性の糸が、湯気と一緒に立ちのぼって──

今、ぷつりと切れかけている。


(お願いだ……誰でもいいから、あのラーメンを俺に届けてくれ……!)


――次の瞬間、椅子がきしむ音とともに、俺は立ち上がっていた。



俺は、深く息を吸い込んだ。


(……スキル、発動だ)



 【名推理】

 【演者】対象:見た目は子供 頭脳は大人の名探偵



「……あれれ〜? おっかしーなー……」


俺は首を傾げながら、わざとらしく厨房の奥を覗き込んだ。


「おじさん、『髪の毛が入ってた』ってクレームしてましたよね?」


クレーム男は腕組みしながらふんぞり返り、鼻を鳴らした。


「そうだよ! 見りゃわかんだろ! オレのラーメンに! 一本!!」


俺は、すっと一歩、前に出る。


「でも、その髪の毛……厨房から出たものにしては、ちょっと不自然なんだよね」


「……はあ?」


「まず、ラーメンのスープに完全に沈まず、浮いたままなんだよね。油の粘性から考えても、調理中に落ちた髪ならもっと沈んでるはずなのに」


店内の空気が微かにざわめいた。


「それに、その髪の根元が乾いてる。ラーメンのスープって、温度85度以上あるんです。もし直前に落ちてたら、根元がふやけてるはず。でも、ふやけてない」


男の眉がピクリと動く。


「さらに決定的なのが……髪の特徴です」


俺はポケットからメモ帳(空っぽ)を取り出し、勝手に情報整理風な動きをしながら──


「白髪交じり、短髪、そしてワックスの残留物あり。対して厨房スタッフは全員帽子を着用してるし、髪は黒。……あれれ〜? おっかしいな〜?」


ニヤリと笑って、俺は一歩、男に詰め寄る。


「しかもさっき、あなた──左手で頭かきましたよね。時計の金属部分に光が当たってた。あのとき落ちた髪の毛と、色も質感も長さも一致してるんです」


店内に、どよめきが走った。


「え、マジで……?」


「つーか、それ自分の毛じゃね?」


「ってことは、クレーム……嘘だったってこと?」


「……常習犯じゃねぇの?」


男は視線を泳がせ、口を開きかけ──


「う、ウルセェ! 入ってたのは事実だわ!! SNSにあげてやるからな!!」



俺は――スキルを発動する。


【演説(Lv6)】

【演者】対象:某海賊漫画の頂上決戦を止めた英雄


「そこまでだァア~~~~!!!!」


俺は涙を流しながら叫ぶと、店内は静まりかえる。

クレーマーも、店員も、他の客も――呆気に取られていた。


そして俺は、感情をぶつけるように吠える。



『もうやめましょうよ!!!

もう これ以上争うの!!!やめましょうよ!!!!ラーメンがも゛ったいだいっ!!!!

お客さん1人1人に…!! ラーメンを楽しみに来てるだけなのに!!!

こんなに美味しそうなラーメンがあるのに…!!!

俺のラーメンが伸び続けてるのに…!!!ラーメン代に欲をかいて………!!!

今提供すれば美味しいラーメンを見捨てて…!!!

その上にまだ犠牲者を増やすなんて 今から伸びていく麵たちは………!!!

まるで!!!

バカじゃないですか!!?』



ジャンプ屈指の名言と、スキル演出によるカリスマ補正が店内を支配する。


一瞬の静寂の後――

クレーマーの男が、ガタッと膝をついた。


「……俺が……悪がっだぁ……」


涙を流し、嗚咽交じりに崩れ落ちる。


「ただラーメン代をせびろうと……俺はなんて……俺はっ……!!」


他の客ももらい泣きし始める。


「今日は……ラーメンが……しょっぺえなぁ……」


厨房の奥からは、すすり泣く声。


「うっ……店長ぉぉ……!!!今、いい演説でしたねぇ……!!!」


「……はやくラーメン出してこい……あんな真剣な訴え、今の時代、無いぞ……!!」


数秒後、俺の前に――静かに、ラーメンが運ばれる。


「……大変お待たせしました」


震える手で器を置く店員の顔も、涙で濡れていた。


俺は席に座る。


(……何この謎の感動展開)



「……意外とやるじゃない、あなた」


ツバキは、俺をチラと見て笑った。


「ふっ……たまにはな」

俺は鼻で笑いながら、運ばれてきたラーメンを──


(……うわ、完全に伸びてる)


スープは麺に吸われ、麺は膨らみ切って──デロデロの海と化していた。


(今さら……文句も言えねぇよ……!)


さっきあんな熱い演説した奴が、「このラーメン伸びてるんですけど」なんて言えるわけねぇ!


「いただきます……」

泣きそうな顔で、箸を構えた──。


後書き


【あとがき小話】


作者『普段の俺……意外とリアと話してること多いかも。哲学的な話とか、なんか頼りになるっていうかさ』


リア『稚拙ではありますが……思考を深める機会を得られるのは、有意義ですね』


ミリー『ぶーぶーっ!リアちゃんばっかりずるいよぉーっ!!』


ユズハ『そうですよぉ〜、優遇イベント連発とか、ほんとぉ〜にズルすぎます〜〜♡』


作者『いやだって、お前ら……難しい話始めた瞬間、ミリーは寝っ転がるし、ユズハはリアにちょっかい出して怒られて終わりじゃん』


リア『……事実です』


ユズハ『だってぇ〜! 難しい話してるリアちゃんが一番ちょっかいかけたくなる顔してるんだもん♡』


ミリー『ふふっ、リアちゃんってね〜、怒るとき口がキュってなるの!可愛いよ〜!』


リア『感情を……おもちゃにするのはやめてください』


作者『たまにはさ、他のメンバーとゆっくり話してみようとは思わんの?』


ユズハ『えぇ〜? ノアさんとか一人の時は、だいたいトレーニングとかお料理とか“自分磨き”してて……』


ミリー『近づくと「シャーッ」って音したよ!猫なの!?』


ノア(後ろから登場)『“近づく者は排除します”……それだけです』


潤『重っ!!それ修羅場でしか聞かんセリフだよ!?』


作者『エンリのとこは?平和そうじゃん』


ミリー『えっとね!エンリおねーちゃんのとこ行くとね……』


ユズハ『……秒で毛布かけられて、お昼寝コース一直線♡』


作者『デフォルトで介護力が高すぎるんだよな……』


リア『なら、カエデに行けばいいのでは?』


ユズハ『うーん……カエデちゃんはぁ、あたしとミリーちゃんと混ざると──』


ミリー『もれなく“混ぜるな危険”案件に発展しちゃうの!』


作者『……何があった』


ミリー『この間ね?潤くんの部屋にかくれんぼしてたら……音響機材と──ビデオを発見しちゃって……』


潤『やめろぉぉぉぉぉぉぉ!!あれは……この間バイト代貯めて……!!』


ユズハ『みんなで鑑賞会、開催済みで〜す♪ “ふぅん、こういうのが好きなんだ〜?”って』


潤『あっぎゃあああああああああああああああ!?!?!?』


ミリー『ミリーちゃん、途中で恥ずかしすぎて卒倒しちゃった……でも、潤くんの趣味、知っちゃったの♡』


潤『やめでぇぇぇぇぇ!!そんな羞恥……耐えられない……もう……お嫁に行けない……ぐすん……』


作者『……読たん、見てはいけないものを見た顔してるな……』


読たん(子うさぎのように震えながら、そっと顔を背ける)


──あとがき小話、今日も誰かの羞恥で幕を閉じました──。

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