よかった
第30話
「ほら、もう起きろ」
目を開けると、そこには酒鬼さんが。
と言うことは…あたし…。
「久しぶりだな」
「……スゥーハァー」
あたしは大きく深呼吸をした。
「いきなり会って深呼吸って…」
「ううん。ごめん。なんか安心しちゃって」
不安がないといえば嘘になるが、安心したと言っても、嘘にはならない。
なぜなら、あたしは今すごく落ち着いてる。これからのことが分かっているにもかかわらずだ。
「安心、か」
「麗は?」
ふと頭をよぎったのは麗だった。
「あいつはこれを渡してどっか行っちまったよ」
すると酒鬼さんは、白い紙を渡しながら言った。
そっか。
麗は居てくれると思ったんだけど、麗も麗で忙しいらしい。
それならしょうがないけど、なんか寂しい気もする。
「後で読んでやれ」
「うん。分かった」
短く返すと、酒鬼さんは優しく微笑んであたしの事を見た。
「なんか大きくなったな」
「そう?」
「さっきと違って、棘が取れたように、柔らかくなってる」
さっきはあたしに棘があったと。ふむふむ。次があるなら、女優になる選択肢だけはやめておこう。
でも、酒鬼さんの言っている事は間違ってないかも知れない。
だって、今のあたしは何も怖いものがない。
「そうかもね。あはは」
「じゃあ、行こうか」
だけど、酒鬼さんは後ろを向いて短くそう言うのだった。
その言葉に、あたしは素直に付き合うだけだ。
「うん!行こ!」
元気に返したあたしは、酒鬼さんが指差した方向に先陣を切って歩き出した。
「本当にいいのか?」
酒鬼さんはあたしの方を見て、今度は真剣な表情で言ってきた。そんな質問、
——愚問だ。
「麗と会えないのは寂しいけど、何も心残りはないよ!」
えへへと笑って、あたしは酒鬼さんに返す。
そんな返事を受けた酒鬼さんは小さく一言、
「この一瞬で大きくなったな」
そう、あたしもギリギリ聞こえないくらいの声量で零すのだった。
「でも、麗のやつどこ行ったんだか」
「うーん、忙しいんじゃないですか?」
「何か仕事あったけなぁ」
まあ麗にも色々あるのだろう。
神様の事をあたしはまだ理解していないが、少なくとも麗の様に、酒鬼さんの様に。人間らしい神様もいることをあたしは知れた。
それだけで十分だ。
是非とも全世界の人に麗や酒鬼さんを紹介したい。だけど、それをすると二人とも消えちゃうんだよね。
神様も大変だ。神としての仕事をしても、人間みたいに褒められて、時にはご褒美をもらったりして。そんな事が一切無いのだ。
嫌にもなるだろうに。でも、自分の仕事を全うする神様は、本当の意味で神様なのかも知れない。到底あたしには出来ない事の数々だ。
「どうかしたか?」
考え事をしていたあたしに気をつかってか、酒鬼さんは心配そうに訊いた。
「神様達は人間みたいで。そして大変だなって」
「神様が人間…か。あながち間違って無いかもな」
「…え?それてどういう…」
「ほら着いたぞ」
あたしの質問には答えようとしないのは勿論のこと、質問さえ最後まで言わせてくれない酒鬼さんにあたしは「ちぇ」と不満を漏らしつつも、あたしは酒鬼さんを見た。
「酒鬼さん。ありがとうございます」
「どうって事ねぇ」
「では、麗に——」
「律花!」
あたしの目の前にはバス停がある。その周りには数本の花が咲いていた。それが揺れるのが見え、遠くからはバスが見える。そんな中、あたしは声のする方を向く。
「——麗…」
酒鬼さんの後方数メートルの所で麗があたしを見つけて名前を呼んだ。
そして同時にあたしの前にはバスが到着してしまった。
最初の方に酒鬼さんからはバスには乗り遅れるなと釘を刺されていた。だからこれを乗り過ごすという手は無かった。
でも、来てくれた麗に話したいことが沢山あった。だけど、それでもあたしはバスに乗って…。
「律花!」
再び麗があたしの名前を叫んだ。もうあたしはバスの中だ。
バスの中には誰も乗っておらず、バスの中にいるのはあたしと運転手のおじいさんの二人だけだ。
急いで椅子に座り、あたしは窓を開けた。
見えるのは呆れている酒鬼さんと——涙を流している麗…だ。
「律花!」
再び麗はあたしの名前を叫んだ。もう麗とはそこまで離れていない。なのに、麗は大声であたしの名前を叫ぶ。
「麗…」
あたしは再び麗の顔を見て静かに零す。
ひどい顔だ。
涙でもうぐちゃぐちゃだ。忙しい中来てくれたのかな。そしたら申し訳ないことしたな。
だけど、あたしは最後に麗の顔が見れて嬉しかった。この一週間は麗が居ないとどうしようもできなかった。麗に頼りっぱなしで、なんでそんなにしてくれるの?ってくらいサポートしてくれた。
そんな麗にあたしはまだ言えてないことがあるんだ。だから——
ポロポロと大粒の涙を流しながら必死に叫ぶ麗。そんな麗にあたしは短く一言。
「ありがとう」
聞こえたか分からない。なぜなら同時にバスが発車してしまったからだ。
次第に麗達が小さくなっていき、寂しさが代わりに近づいてきた。
「……!……!」
その間も麗は何かを叫んでいたらしく、手を振ってそして——その場に膝から崩れた。
「麗…」
そして、もう麗達が豆粒くらいの大きさになり、あたしはゆっくりと椅子に腰掛けた。
もふもふとした椅子の座り心地は非常に良く、あたしの体を飲み込むように低反発の椅子は軋んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます