第27話

「お母さ…」

崖の前で立っている人物——それをお母さんと断定したあたしは声を出しながら駆け寄るが、そんなあたしを止めたのは麗だった。

「なんで…!お母さんが死んじゃう!」

今すぐにでも飛び降りそうなお母さんを、ここで放っておくなんて選択肢、あたしの中——人間ならあるはずもなく、麗に必死に訴えかけた。

そんな麗から帰ってきたのは——。

「残念ながら僕たちには何もできない」

自分の無力さを呪うように、麗は俯いて事実を告げた。

そんな麗の様子にあたしも反省して、荒めて自分達の無力さを呪った。

「だから今は待とう」

「待つ?」

「あぁ。お父さんをね」

その麗の言葉に、あたしは小さく顎を引いた。

今のあたし達に出来ることは、お母さんを見守ることだけだ。

ただ万が一——。

ダメだ。考えちゃダメだ!

でも——。

万が一そんなことがるのなら、あたしはどうなってしまうのだろうか。目の前で親を失う恐怖があたしにはまだ分からない。でも、あたしがあたしでなくなってしまうような、そんな感じがするのだ。

だったらいっその事逃げてしまいたい。

——何を言っているあたしは。

信じるんだ。あたしはお母さんもお父さんも信じて、待てばいいんだ。ただそれだけだ。その時の事は——来ない。

そう信じるんだ。

「律花…?大丈夫」

すると麗があたしの顔を覗き込むようにしながら聞いてきた。

「う、うん」

あたしの不安は表情にまで…。

「信じよう」

「——え?」

「もう信じるしかないんだよ」

「——」

なんて返せばいいのかあたしには分からなかった。そうだね!と言えばいいのか、それとも——。

でも、あんなお父さんあたしは見たことが無かった。

あんなにお母さんのこと好きで、お母さんは幸せ者だな〜。

将来の夢、お母さんみたいな人で、お父さんと結婚する。これもあたしの想像する以上に難しい夢かもしれない。特に後者が。

「大丈夫そうだね」

「うん!信じてみよう——」

そんな中、森の静けさに重なるは木々の擦れる音と川の流れる音。そして、

「奈々、俺と帰ろう」

一人の男の声だった。

「はる…き」

お母さんはお父さんんの顔を見て名前を呼んだ。その時のお母さんの顔、どこか安心していたような気がしたのはあたしだけではないはずだ。

やっぱりお母さんは——、

「近づかないで!」

突如森の中に響くのはお母さんの声だった。

何かとあたしが確認すると、

「お母さん…?」

両手を前に出して、お母さんはお父さんを拒絶していた。

だが、お父さんは決してその拒絶に屈しなっかった。

「悲しむのは律花もだぞ」

そうだよ。お母さん。あたしお母さんが死んじゃうの悲しいよ。あたしの分まで生きてほしいし、お母さんが死んじゃうとことなんて見たくないよ。

お母さんは優しいし、お母さんは愛されてる。

死んじゃうのは勿体無いし、罰当たりだよ——。

「そんなことない!だって律花、いつもなんであたしだけって私に言うんだよ!」

「律花がそんなこと言うはずないだろ!」

そんなこと思ったこと、あたし一回もないよ、お母さん。

お母さんのこと大好きなのはお父さんもだけど、あたしもだよ?

「私がダメな母親だから来たんだ」

——そんな事ないよ。

「私がダメだから…」

——そんな事ない。

「来ないでよ!」

——こんなんになっちゃったのはあたしのせいだ。

「来ないで!」

——お母さん…

「来ないで!」

——お母さん…、

「来ないでぇぇぇぇ!!」

——お母さん…!

「うわぁぁぁぁぁぁ!」

「——お母さん…お父さん…ごべんなざい…!」

『…へ?』

瞬間、あたしは二人の前に飛び出していた。

だが、今までと大きく違うのは一点。お母さんもお父さんも、あたしと目が合っていた。



「律花…?」

そうだよ…お母さん、お父さん。二人のあたしだよ…って、え?

あたしの顔もお父さんもお母さんも、3人とも鼻水と涙で顔がクシャクシャだ。だが、そんな状況を笑えるほど、あたしは肝が座っていなかった。

混乱と驚きで目の前が真っ白になっていた。

「なんで、律花が…」

律花、奈々、春樹の3人は固まって動かない状況に、3人とも困惑しているという不思議な状況だった。だが、そんな時間に痺れを切らしたのは、

「来ちゃった…て、てへ」

律花であった。

「——」

「——」

だが、二人はまだ固まったままだ。

「ほらお母さん。お父さん。仲直りだよ」

固まって動かない二人だが、視線だけはずっとあたしを見ている。そんな動くことすらしずらい状況下であたしは、固まっているお父さんと、お母さんの手を合わせて——。

「律花…律花だ…ッ」

あたしがお母さんに触れた瞬間、お母さんが泣きながらあたしに抱きついてきた。あたしの腕に涙まみれの顔をぐしぐしと押し付けてくるが、懐かしさに思わずあたしは泣いてしまいそうで——、

「律花…」

すると、次はお父さんがあたしに抱きついてきた。

「や、やめてよぅ!くすぐったいよぉ」

やめてとは言ってるものの、あたしは満更でもなく、人との触れ合いでの暖かさに思わず涙が一粒、二粒と。

「律花…どうして泣いてるの?」

「——」

別に答えたくないわけじゃない。でも、答えたくは無かった。

矛盾した自分の意見には、驚きもするが、それでもあたしは言葉を発せなかった。

嗚咽が止まらず、息を吸うと鼻水が絡まって咳き込んでしまう。

もし喉付近が映像化されたら、地獄映像必須だが…。

ううん。ふざけてる場合じゃない。

「律花…どうしたの?」

「ううん。なんでも…な…うぅ…ほら仲直りしようよ!」

そんな中でも、あたしはお父さんとお母さんの仲直りをさせようと促した、このままだと、あたしは心残りで——。

なんで泣いてるのかな。

心に決めたはずなのに。一回会えればいい。一回喋れればいい。

なのに、なんで…こんなに寂しい気持ちになるの?

「うん。わかった律花。わかった。私たちはもう仲直りしたよ、ね?」

と、春樹の方を見上げた奈々の突然のフリに驚きつつも、春樹は、

「そうだよ。喧嘩なんてしてない」

「嘘だよ」

だって、さっきまで喧嘩してた。

「もう大丈夫。律花を見てたらもうどうでも良くなっちゃったの」

「そうなの?」

「うん。そうだよ。春樹も私も」

「そっか!じゃあ…」

「律花…」

突然あたしはお母さんに強く抱きしめられた。

まるであたしの遮られた言葉がわかってるかのように。

「ねぇ律花、なんで来てくれたの?」

「お母さん達に謝りたくて」

「謝りたい?」

「そう。だってお母さんもお父さんも、自分のせいだーって。でも違うの。全部あたしが悪いの」

「——」

「そっか。律花は優しい子だな」

そう言いあたしの頭を撫でたお父さんは「でもね、」と話を続けた。

「律花は何にも悪くないよ。それは本当」

「ううん、あたしが悪いんだよ…」

「そんな事ない。悪いのは誰でもないんだ」

「誰でもない?」

「そう。だから自分を責めちゃダメなんだ」

「わかった。でも、お母さんたちあたしが死んじゃったから喧嘩したんでしょ?」

「——ッ」

一秒時間をあけて、唇を強く噛んだ春樹は律花の頭を再び撫でた。

「でも、律花は今こうして会いに来てくれた。な?」

「そうよ。律花は私たちの元へ来てくれただから——」

「そっか」

あたしがそういうと、二人は目を大きく開いてあたしを見た。

何かとあたしは身体中を見渡すが——ぁ。

「時間もう少しみたい」

あたしの体を見ると、地面がうっすらと見えていた。

いつか来ると分かってはいた事だが、やっぱり消えるって怖い。

それに、もう少しお母さんとお父さんと喋っていたかったな。

「そ、そっか」

「じゃあさ律花。私たちに何かしてほしいことある?」

何かしてほしいこと…正直何も浮かばない。

考えると同時に、ふと地面を見ると——、

「花…?」

黄色い綺麗な一輪の花が咲いていた。

花…か。綺麗だな。なんか懐かしい…懐かしい…?

——懐かしい。

そういえば——。

「花、見たいな」

何故今まで忘れていたのか分からない。でも、すっぽりとそこの記憶だけ切り取られていたような、そんな感覚があるが、あたしは思い出した。

お母さんと毎日水をあげて育ててきた、道端の花。

あは。なんかすごく懐かしい気がする。

「——」

だが、そんんあたしの言葉にお母さんは否定するのでも、肯定するのでもなく、俯きを返事として返すのだった。

そんなお母さんの様子の答えを知っているような様子で同時に俯く、お父さんだが、数秒時間をあけて口を開いた。

「分かった。行こう!」

「うん!」

元気に言うお父さんで、それに次ぐ勢いで返事をするあたし。ただ、そんな中で一人だけ乗り気ではないのか、俯く人が一人——お母さんは気まずそうに下を向いて静かに立ち上がった。


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